止まっていた空気が動き出し、吹き込んだ風が無数の赤い破片を連れてきた。その正体を確かめている間に、量を増していく。
それは、赤い花のかけらのようだった。連想したのは、何故かあいつによく似合う棘を持つあの花で、おそらく正しいのだろう。
そして大量の赤い花びらが舞うその中に、そいつの背中はあった。俺より色彩の濃い制服が、赤い鱗片によく映える。やはりこの花は、こいつのモノなのだろう。
「おい、」
声をかける。これはなんだ、と聞くつもりだった。しかしオレの問いを無視して振り返ったそいつの、見たことのない穏やかな微笑みに、思わず言葉を失った。
「オレのダイスの目は消えた。よってお前の勝利だ」
満ち足りた、そんな顔だった。これで心残りはない。そう言っているのが、分かった。きっとオレも、闘いの儀の後にはこんな顔をしていたのだろう。相棒の気持ちが、少し分かった気がした。
ごう、と強く風が吹き込む。その流れに乗って赤い花びらが一斉に動き出し、オレの視界を塞いだ。世界が赤く染まる、その中で、声を張り上げた。
「お前も友を信じる気持ちや、悪を許せない正義の心や、もうひとりの自分を大切だと思っていただろう!!」
目の前を駆け巡っていったのは、戦いの記憶だった。
バクラは高笑いを上げながらダイスを振り、オレの出したスーパークリティカルをあざ笑うかのように同じ目を繰り出した。
同値なら、マスターの勝利。
先制を奪われれば、全滅は免れない。オレを信じて戦ってくれたみんなと、離れたオレのもう一つの心が、深い絶望に落ちていくのを感じた。もうひとつの心が死ぬ時は、オレの心も死ぬ時だ。
オレ達は、死を覚悟して目を閉じた。
「しっかりして、もう一人のボク!」
その声で我に返ると、相棒がオレの肩を掴んで身体を支えてくれていた。何が起こった? ぐちゃぐちゃにひっかき回されたような頭の中を整える。
相変わらずどこを向いても視界に入る花びらを除けば、学校の屋上を模した空間自体は変わった様子はない。あえていうなら相棒が開けたと思われる校舎に続く扉が開いていることぐらいだろうか? ……違う。それじゃない。もっと、変化があったはずだ。思い出せ。ここは学校を模して形作られた異空間で、扉を開けてオレが屋上に出て、ここには、
ここには、オレと相棒しかいなくなっていた。
「アテム?」
「……あいつは、負けたかったんだ」
記憶が全てを語るわけではないが、今なら、全てが分かっていた。他人だったなら、別の人格だったなら、全てを理解することなどなかっただろう。
記憶を失った後に、得た記憶は異なると言うのに、それを含めた全てが、オレになっていた。
「自分自身に負けて、終わらせたかったんだ……!!」
声がかすれた。理由は分からなかった。今まで闘ったどんなゲームでも、勝って、こんな心になるのは、初めてだった。
「大丈夫だよ、もうひとりのボク。あの二人は、ボクとキミなんだから」
「……あぁ」
「きっと無事に終わることが出来るさ」
祝ってやるべきだ。オレ達とは別の存在になってしまったオレ達の、新しい旅立ちを、その終わりを。
拡 散 する 赤
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あとがきと言い訳
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