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※暴力表現あり
かきむしるような焦燥感が、彼の心臓を襲った。それは今まで経験したことのない心臓の動きだった。どくどくと、聞いたことの無い音を内側で響かせている。
似た音なら聞いたことはある。敵と対峙して、賭けをしているその瞬間だ。ゲームの勝利が確定するまでの数秒間、心臓はこれに似た音をたてる。楽しいのだ。己とのゲームを始めた者は皆、敗者となり罰を受ける定めにある。敵は勝てる筈がなかったし、己は負ける筈がない。何故なら彼は“遊戯”なのだから。
しかし、これは何だ。
どくどくと、不穏な音をたてる心臓は何かと対峙しているようだった。楽しくない。ゲームは楽しくなくてはならないというのに、オレは全く楽しくない。敵が居る。確かだった。ゲームに持ち込んで勝てば止まるのだろうか。うるさい。今回の敵は何だ?
うるさい。うるさい。うるさい。
そうか、すでにゲームは始まっているということか。敵は居る。間違いない。だが見付からない。つまりそれがゲームだ。探し出して見付ければ、オレは勝者となれるだろう。
面白い。
かくれんぼというわけだな?
倒していた身体を起こすと、彼は口を歪め、目を開いた。ぎらぎらと光る赤い眼が“敵”の姿を探しはじめる。
正常な赤
「魔王がおかしい?何を言っているんだ王様。それはいつものことだろう?」
「……そうだな」
自分と同じ顔をした奴に呆れたようにそう返されてしまえば、その通りとしか言いようのないことだった。オレは会話を諦め、背を向けて歩き出す。
確かに、あいつはおかしい。
初めて見た時から違和感があった。あれは、恐らく昔の、目覚めたばかりのオレ自身だろう。それは分かる。だが、ならばどうして今のあいつから気力のようなものが抜け落ちていくのを感じるのか。
オレ達がこちらに来てからどれぐらいの時間が経ったのかは分からないが、あいつから時間の経過と共に行動意欲とでも呼ぶべきものが失われているように思えた。いつからか倒れている姿しか見ていない。
オレ達がここに来てから十代くん達が現れるまで、時間は動いているはずだった。しかし、昼夜のないこの世界は時間感覚を鈍らせる。
「時は人を狂わせる、そうだろう?」
突然背後から声を掛けられ、振り返る。そこには堅い椅子の上で膝を組んだオレと同じ顔の男がいた。発した言葉とは裏腹に、口元が楽しげにつり上がっている。
「名前を失い、記憶を失い、それから流れた時で、自分を失った。俺とお前、そしてあいつが違うのは、失った後に得た時間の違いだ」
「何が言いたい」
「狂っているのさ。お前達は既に、同じ人間とは言えない程にな」
会話の成立を諦め、再び背を向ける。こいつはこいつで、どこかおかしい。
そう考えることを諦め、
目を閉じて、
耳を塞いだのは、
オレ自身だった。
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