World navigator
遙か彼方に飛んで行きたい。
と、白い頭をした男は言った。(実際には独特のイントネーションがついていたけれど)
その"遙か彼方"ってのが例えば地球の裏側のことなのか、それとも地球を飛び出して宇宙まで行っちゃって、それからまだまだ遠い、人類がまだ到着したことのない星のことなのか、たった数秒では判断がつかなくて(正しくはめんどくさくなって)、俺は昼ご飯のあんパンを頬張りながら「ふーん」とだけ答えた。
仁王はそんな俺の反応には気にも止めず(慣れてるだけなのかもしんないけど)、「行ってみたいのぉ」と繰り返した。
「なに、じゃあそこに行けたら仁王は幸せになるわけ?」
「どうじゃろな」
もぐもぐと俺はあんパンを食べることに熱中しながら、片目で仁王を盗み見る。奴はお昼の時間なのにさっき一緒に購買で買った菓子パンを食べることはせず、屋上の冷たいコンクリートの上に寝ころんで眩しいほどの青色をひたすら凝視していた。(この様子だと遙か遠くにある星のことを言ってるのか?こいつは)
それから仁王はあーあ、なんてらしくないため息を盛大について、すたすた高いフェンスまで近付いて、それからまたあーあ、と言って空を仰いだ。
俺は食べ終わったあんパンの透明の袋をくしゃくしゃに制服のポケットにねじ込んで、もう一つ買ったクリームパンの袋を開けてこんがり焼き目が付いた丸いぴかぴかのそいつにかぶりつく。安っぽいクリームのねっとりした甘さに満足しながら仁王を見れば、奴は片手をポケットに突っ込んで眼下に広がる神奈川の街を眺めていた。(なに、お前は地球の裏側に行きたいの?)
無機質な街を見下ろしながらその時仁王が考えてることなんて俺にはちっとも分からなかったけど、白い髪の毛が空の青色にとてもよく映えて、俺にはまるで雲のように見えた。
このまま仁王がどこかに行っちゃうようなそんな気がしたけど、俺は何も言わずにひたすらクリームパンを食べ続ける。パンと一緒に買ったパックのリンゴジュースを飲みほしたら、世界はいつのまにやら秋だった。
fin.
――――――
全国大会決勝後。