「彼女出来た」


その時に俺は気付いたのだった。
――正確には、気付いてしまった。


「前から好きだった娘じゃけぇの、命に代えても守りたいと思うのは男の性かの」

人を好きになるって気持ちを初めて知ったといつもより少しトーンの高い声で嬉しそうに語る仁王を見て、ああ俺ずっと前から仁王のことが好きなんだなって、至極自然に思ったのだった。



***

昼休み。

いつもの時間いつもの屋上でいつものようにパックのジュースを傍らに、菓子パンにむさぼりつく。むしゃむしゃと咀嚼する音が頭の中に響く。今日も変わらず空は青くて、雲はゆっくり流れていた。

ただ一つ違うのは、いつもいるはずの銀色頭が隣にいないこと。

(彼女の手作り弁当か…)
(美味いんだろうな)


そして片手の菓子パンを見て、

(いつもこんなん食ってるけどさ、)
(俺だって料理出来るんだぜ?)
(ばーか)


どさっとコンクリートの地面に大の字に倒れた。一年の時から何だかんだで二人で過ごすのが当たり前だったから、コンクリート張りの屋上は今日は何だか広く冷たく見えた。


「あーあ…」


空は相変わらず広くて平和で、それが逆に苛々を募らせる。泣きそうになって、慌てて鼻をすすった。

(まるで空っぽだ)
(この屋上も、)

(心も)




***



「よっ、丸井」


仁王が屋上に現れたのは、それから1ヶ月と少しが経った昼休みのことだった。

(今まで"ブンちゃん"なんてふざけた名前で呼んでたくせに)
(何で突然他人行儀になってるわけ?)
(なにおまえほんとムカつくんだけど今すぐ消えろ)


「酷い顔じゃの」
「しょせん俺はブスでデブですぅ(そしてお前と同じ性別です)」
「最近寝とらんじゃろ?」
「…」
「部活の時から気になってた」

(なにそれ)
(今まで放置してた償いでもしてんの?)
(そんなカスみたいな優しさいらないから)


仁王はしばらく俺の顔を見てたけど、すぐに飽きたのか手を頭の後ろに組んで寝そべった。


「今日も良い天気じゃの」
「…彼女は?」
「いっつもラブラブしとうよ」


くすくすと仁王は嬉しそうに笑った。


「ほんとにあいつ可愛いんよ。いつも手を繋ぐことすら拒むんじゃけぇの、たまに淋しいのか俺の制服の端を掴んだりしてあからさまに誘ってきてほんとにいくら俺の理性が強くても、こればっかりはいかんぜよ」

「ふーん」


適当な俺の相づちにも仁王は気付いていないようで、目をつぶって幸せに浸っている様子だった。

(今日はお昼どうしたんだって意味で振ったんだけど)
(そんなおのろけ聞きたくない)


自分にはもう叶わないことで。
どう足掻いても届かない気持ちで。
ましてや彼女と同等な立場に立てるわけもなく。(毎日毎日張り裂けそうだ)





「この世に届かない気持ちを持ち続けてる奴はなんて馬鹿なんかの」


突然仁王は伸びをしながらそんなことを言った。


「とっとと忘れて新たな恋をすればいいんに。想われてる方も迷惑じゃ。全く、それでも好きだなんて気持ち悪いことこの上ないのぉ」

「…ッ!!」


気持ち悪い?俺が?まぁそれはそうだろうよ気持ち悪いんだ俺は馬鹿だよ死ねばいいんだこんな気持ち悪い奴なんかなぁなぁなぁなぁかみさまおれってきもちわるいやつなんだってよ(ソレデモヤッパリニオウガスキナンダアアナンテキモチワルイ)しねばいいんだおれなんてそしたらみんなしあわせにいきれるのにな

(結局どうやってもおれは女にはなれなくて、たとえ仁王とつきあえてもやっぱりお互いに試練ばかりで結局は辛いだけなんだ)
(いったいどうしておれはおとこなの?)
(なんてこの世は不公平)


ああもう忘れなきゃ忘れなきゃ忘れなきゃ忘れなきゃ忘れなきゃ忘れなきゃ忘れなきゃ忘れなきゃ。仁王を、忘れなくちゃ。




ふと気づいたら、いつの日からか持ち歩いていた果物ナイフを、仁王の胸に突き刺していた。


「ごめん」

(お前が気付いているのかどうかは分かんないけど)


「忘れなきゃいけないから、」

(口に出すことも許されない感情を消す方法)


「ごめん…」

(こんなやり方しかなくて。)
(おまえが好きで)



涙が頬を伝って、みるみるうちに視界はぼやけていった。だけど目の前にいるぼやけた仁王は、胸を刺されて大量の血が吹き出しているのに、刺さったナイフを抜くこともせず、わめくこともせず、こちらをにこにこと見つめているようだった。


「どうし…ッ!!」
「ごめん、ブンちゃん」
「何が…?」
「俺は最低な奴じゃき、忘れてくれ」
「どういうこと?」
「わざとじゃよ」
「は?」


慌てて涙を拭いて視界を確保したら、やっぱり仁王はこちらを見て笑っていた。


「どういうことだよぃ…」


「ブンちゃん、」





































好きになってごめんね








































***

屋上に血を大量に流した銀色の頭をした少年の死体がある。血はまだどくどくと溢れていて、コンクリートを赤黒く染めていた。

その隣で血と同じ髪色をした少年が、まるで狂ったようにわんわんと空に向かって泣いていて、それとは対照的に銀色の少年は嬉しそうに笑っていた。



例えばそれが最善の方法だとして。
君を忘れるにあたって



fin.




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