ひたすらただそれだけに向かって突っ走ってきたけど、いざシャボン玉がはじけるみたいにパッと無くなってしまえば残ったのは今までテニスに使ってきた膨大な時間と有り余った体力で、だけど少し外へ目を向けると世界はやたらと明るかった。


「あーあ、」

寝転んで屋上の上でついたため息は、秋の色あせた青色へあっさりと溶けていった。
少しやけになってもう一度繰り返す。声がさっきより大きくなったけど、結果は変わらなかった。

(一体何をしているんだか)
(真田に聞かれたらたるんどるって怒られるんだろうな)
(うるせー堅物ゴリラ)
(お前だって所詮思春期の男子中学生だろぃ)


「あーあ…」

今度は手足をだらんと前に投げ出したような、呆れた感じで。
空はゆるりと透明にため息をさらっていく。

いくぶん冷えた風がさらさらと、露出した肌に心地良かった。


首だけ動かして右を向けば、いつもいるはずの銀色はいない。

あの大馬鹿野郎がいなくなって、一週間が経とうとしていた。


***
仁王が姿を消すようになったのは、全国大会も終わり部活を引退したそんな時だった。

誰にも何も告げずにある日突然いなくなってしまった仁王に家族はもちろん部員はとても焦って心配していたけど、俺は別段驚くことも動揺することもしなかった。

(何となく分かってたんだ)
(来るべき時が来たような、そんな感じ?)


きっとテニスがなかったら、ずっと前から仁王はそんなことをしていたと思う。

(てかあんな気ままな奴をずっと縛り付けてたテニスってすごくね?)
(きっともう誰にも出来ないことだ)


しばらくしたらようやくみんなは、そんなに心配しなくてもそのうち戻ってくるだろうとあいつの猫みたいな性格に気付いたようで、大騒ぎをすることはなくなった。

そしてそれは的中。
数日後のある朝いつも通りに登校すれば、失踪したはずの銀色頭がまるでいつものことですみたいな顔して椅子に座ってた。

「おはよ、ブンちゃん」
「…みんな心配してたぞ」
「ありがたいの」
「どこ行ってた」
「その辺とか適当」
「真田の制裁食らうだろうな」
「そんなまぬけに詐欺師は務まらん」


そんなことを言ってたくせに、昼に屋上でご飯を食べたときには左の頬にくっきりと大きな手形がついていた。

「まぬけに詐欺師は務まらないんじゃなかったのかよぃ」
「出会い頭にやられた。言葉よりも先に手が出るなんて、あいつもまだまだじゃの」
「…またやられるぞ」
「それは困る」


こんな顔じゃ女の子達に泣かれるのぉ、とのんきなことを言いながら仁王は頭に手を回して眩しそうに目を閉じた。

太陽は相変わらずきらきらと世界を照らしていた。

それから度々仁王はいなくなった。
突然消えたと思ったら、しばらくしたら何事もなかったかのようにひょっこり帰ってくるので、仁王の家族も部員達もやつの失踪にはあーまたかという適当な反応になっていったのだった。


***
右隣から再び空に目線を向ければ、薄く伸ばされた雲の間を一羽の鳶が優雅に飛んでいた。

相変わらずどこで何をしているのかは分からないけれど。


「あーあ、」

(いいなぁ…)

もし仮に自分が突然いなくなったとしたら。

両親は血眼になって探すだろうし、部員達だって絶対心配する。

まぁブン太のことだから、なんて誰も思いはしないのだ。

(生き方の問題なのか、)
(生まれつきの問題なのか、)
(それとも生きてる世界の違いなのか)


「あーあ」

(世の中はいつも不公平)



あいつの世界はいつも広くて、
俺の世界はいつだって屋上よりも狭いのだ。




格差世界


fin.




back

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -