『永遠』なんて無いのは知ってる


それでもずっと傍にいたいだなんて

嗚呼、自分はいったいどこまで墜ちてしまったんだろう…



等身大の愛を君へ




「じゃーん、切原赤也登場っ!!」


放課後、ブイとピースを作って日吉の前に現れた切原は、真っ赤な自転車に乗っていた。


「お前、それ…」

「ん?」

「神奈川から乗ってきたのか?」

うん!と元気に答えた彼に、はぁとあからさまに呆れたため息をつく。


「良くやるな…」

「今日は学校も部活も休みで暇だったからね、夕方の電車まで待ち遠しくて朝からうずうずしてたらいつの間にかチャリ漕いでた」


朝からってことは一体何時間漕いできやがったんだ、こいつは。ほとほと訳の分からないやつだと、日吉は視線をそらした。


「ね、おれやりたいことあるんだ!」

「何だ」

「ここ乗って、ここ!」


身体を半分ひねって後ろの荷台をぺちぺちと叩く。


「二人乗りしよう!」

普通だったら嫌だといつもの癖で否定してしまうのだが、なんだか今日はそれができなかった。

「え、マジ?ほんとに良いの?」


鞄を籠に入れ、無言で荷台に跨った。

「うるさい。早く進め」
「よっしゃー!!」

ビュンと身体が動き、周りの景色が一緒くたに溶け込んだ。

下校する氷帝学園の生徒の視線が突き刺さる。

いったい自分たちはどのように写っているのだろう。

友達?
部活仲間?
親友?

それとも――…


切原のTシャツを掴むと、そこは汗でしっとり濡れていた。



ビュンビュンと風が耳元でうなる。


「おい!」
「何?」
「どこ行くんだ」
「んー…適当」


何が楽しいのか、クククと笑っているのが背中ごしに分かる。


「日吉くんがいればおれはどこでもいいよ」
「ばっ、道でそんなこと言うな!」
「大丈夫だって。誰も聞いてないよ」


チッ、馬鹿が…と呟くと、またクククと切原は笑った。

後ろで良かったと、頬の火照りを冷ますようにTシャツを握る指に力を込めた。


しばらく走って切原の赤い自転車が止まったのは、駅前のゲームセンターの前だった。


「お前…」
「ん?」
「何でここなんだ」
「とりあえずおれが一番行きたかったとこに来てみたんだケド…」

嫌だった?そう聞かれ、いやと一言残してさっさと店内へ足を踏み入れた。

基本的に騒がしい場所は好まない。あらゆる機械が鼓膜を破壊するかのように騒音をまき散らしているこんな場所は以ての外だった。


それでも、ここがおまえが一番行きたい場所なら――…


店内は、ありとあらゆる色のライトが点灯していて、騒音と重なってどこか知らない国のお祭りのようだった。初めての場所と雰囲気に圧倒されていると、悠々と歩いてきた切原があれをやりたいとカーチェイスのゲーム機を指さした。

「二人で対戦できるからやろうよ」
「いや、おれはいい…」
「二人でやりたい」
「…」
「日吉くんとやりたい」

緑色の瞳に真っ直ぐに見据えられ、渋々ハンドルやブレーキがついている仮想の運転席に座った。

切原が慣れた手つきでお金を入れ、やり方が分からない自分の分まで設定してくれた。どの車が良いかと聞かれ、迷わず赤いスポーツカーを選んだ。

エフワンさながらのコースと、本当の車を運転してるんじゃないかという臨場感溢れるゲームに没頭し、慣れない手つきで必死にハンドルをきりアクセルを踏んだが、結局大層な差で切原の黄色い車に負けた。ぶいとピースのサインを作って満面の笑みを投げ掛けてくる奴がウザくて、それから何回も対戦を申し込んだが、結局結果が覆ることはなかった。


「日吉くんてほんと負けず嫌いだよねー」
「うるさい」
「負けたら勝った方にキスするとか条件つければよかったな」
「しね」
「まぁ次は頑張ってよ」
「…下剋上だ」

二人で肩を並べて出口へ向かっている途中、日吉くんらしーと笑った切原が、あ!と話を遮った。


「あれ欲しい!」

バタバタと走っていって興奮した様子で切原が指さす先には、アホみたいにデカいクマが、デンと透明なアクリルの中に座っていた。おれUFOキャッチャー得意なんだよねなんて言いながらポケットからジャラジャラと小銭を出して、ボタンを操作する。

しばらくするとやったーという切原の歓声とともに、アホみたいにデカいクマが、デンッと取り出し口に落ちてきた。

***


クマのぬいぐるみを抱き抱えながら嬉しそうに笑う切原とゲームセンターを後にすると、外はすっかり陽が落ちてかろうじで残る夕日が街を紫色に染めていた。どうやら思っているより数倍長い時間を、この無機質な空間で過ごしてしまったようだった。


「日吉くん、大変ッ!!」

切原の切羽詰まった声にどうしたと視線を向ければ、

「こいつデカすぎてカゴに入らないー」

ぎゅうぎゅうと自転車の籠へクマを押し込んでいる最中だった。

そりゃあ一目見れば分かるだろうがと言いかけて、それが出来ないのがこいつだったと思い直す。

「ちょっと待ってろ」


近くの百均に駆け込んで、透明のビニール紐を購入した。そして何何?と目を白黒させる切原を無視して、背中にデカいクマを結び付けた。


「帰りはおれが漕ぐ。こうすればクマも持って帰れるだろ」
「ちょ…ちょっと待って、日吉くん」
「なんだ」
「これって…おれものすごく恥ずかしくない?」
「…我慢しろ」

マジで?おれマジでこのままチャリ乗んの?と騒ぐ切原につられて背中のクマの手足もパタパタ動く。


「早くしろよ」

羞恥からか頬を蒸気させ、目を潤ませている切原を急かす。なんだかその姿が酷く滑稽で、どこか可愛いかった。


「大丈夫だ。似合っているぞ、クマ」
「うぅ…。日吉くんのドS」
「おまえに言われたくない」

切原が渋々荷台に乗ったのを確認すると、ペダルを踏んだ。


「どこに行けばいい?」

「どこまでもって言いたいんだけど――今日はもう暗いししょうがないから日吉くんの家でいいよ」

大通りから一つ裏路地に入って、街頭がポツポツ照らす人通りの少ない道を選ぶ。暗い道を自転車のか細いライトが照らして、何だか自分達だけ世界から切り離されてしまったような、そんな感じ。

虫の声が心地良い。


「ねぇ、日吉くん」


ふいに切原が口を開いた。


「このクマが子供だとしたらさ、俺たち家族みたいだね――…」


言葉は返せなかった。ただゴーゴーと風の音が鼓膜を揺する。


自分と、切原と、そして子供。

もし世間一般的に言われる正しい愛の形であったとしたら、実現していたかもしれない遠い未来。こうして家族三人で遊びに行って、同じ家に帰って、今日のことを振り返りながら笑いの絶えない食卓を三人で囲む。


すこしだけ想像して、すぐにやめた


それはあまりにも幸せすぎた。


『ほんとは「どこまでも」って言いたいんだけど――…』


やれるもんならとっくの昔にやってるさ、このバカ。


後ろの切原は、もうそれ以上は何も言わなかった。ただ背中に彼の高い体温が伝わってくるから、そこにはいるのだと安心する。

耳を澄ますと、静かな虫の音の中に、パタパタと風の抵抗でクマの手足が揺れてる音がした。

***

しばらくして、今と未来を駆け抜けた自転車は、現実世界の日吉の家の前で止まった。

「日吉くん、今日はすごい楽しかった」

切原はへらっと笑って、また会いに来るからねと付け足した。

「勝手にしろ」

「うん、そうする」

そしてあ、そうだと思い出したように自分とクマを繋いでいた紐を解いた。


「これ、あげる」
「は?」
「ほんとは日吉くんにあげたくて取ったんだ」

強引に顔に押しつけられ、イライラとそれを剥がすと、渋々クマを受け取る形となった。

うん、似合う似合うと切原は笑って自転車に乗った。


「じゃあ、また」
「ああ」
「元気でね」
「決まってる」
「何かあったら連絡ちょーだい」
「気が向いたらな」
「好きだよ」
「…るさい」
「大好き」
「――ッ!!」


バイバイと切原は笑って手を振り、自転車を神奈川へ向けて滑らした。


「はッ!!おれ明日朝練間に合うの?ていうか、学校間に合うの?」


今更のようにぎゃあぎゃあ騒ぎながら、あっというまに赤い自転車は見えなくなった。


残ったのは切原によってかき乱された夜の空気と、腕の中のデカいクマ。そっと茶色い毛並みに鼻を当てるとふわりと切原の匂いがして、それからほんの少しだけ淋しくなった。



fin.




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