ヒーロー





結局生きているのなんてこんなもんか。

転がる石ころを夕焼け空に蹴り上げてみせると、隣のきれいな彼はいつも堅く結んでいる口元をさらに結んで空を飛べなかった石ころを見つめていた。


「何で?」

「理由はない」

「そんなんじゃおれはちっとも納得できないよ、日吉くん」

「………」

「おれが嫌いになった?」

「そんなんじゃない」

「一緒にいるのが辛いとか?」

「違う」

「一般的な理由としてはそれしかないんだけどね」


つぶやくように空を仰ぐと、まるでこの状況を楽しむかのように鮮やかに染まっている雲があって、舌打ちが自然に漏れる。


「すまん」


それが自分に向けられたと思ったのか、日吉くんは小さくぽつりとあやまった。


「あのさ、納得できないんだけど」


それに便乗して口調に苛々を含ませてみる。


「理由もなく別れようなんてヒドすぎじゃない?」

「…お前は男で、俺も男だ」


彼は堪忍したようにその切れ長の目を伏せるとそう言った。


「だから?」


「お前は幸せにはなれない」


気付いたときには右拳が日吉くんの頬にめり込んで、彼は足元にうずくまっていた。

整った顔は赤く腫れあがり、ごほごほと咳き込んで地面に血を吐いた。

気温と反比例した冷たい風は錆臭い秋の香りを含んでいて、半袖に隠し切れていない腕をチリチリと焼いた。


「……」


立ち上がろうとしていた彼の腹を、次は靴で蹴飛ばした。

もはや声とは呼べぬ醜い"音"が口から漏れて、彼は腹を抱え込んで地面に吐いた。

汚い

汚い汚い

汚い汚い汚い汚い汚い。


日吉くんはいつもきれいなはずなのに…。




こんな汚い生物は、日吉くんじゃない




うずくまっている彼の顎を、つま先で力一杯蹴り飛ばした。


バキ

骨の折れる音。

のけぞった体はそのまま抵抗もなく地面に叩きつけられて、そのまま動かなくなった。


興奮から胸が高鳴る。


ねぇねぇ!!

日吉くんにすり替わってた悪者を倒したよ!!

俺はヒーロー!!

祝福してよ!



息を弾ませながら見渡すと
街はただただ静かにそこにあって、人々の歓声も拍手も紙吹雪も見当たらない。



ああ、なるほどね。
とどめを刺さなきゃいけないんだ。



日吉くんのふりをしている悪者の上に馬乗りになると、日吉くんと同じように細い首に手をかけた。

ギュッと手に力をこめると、親指が皮膚の下にある気管にのめり込んでいく。

ひゅうっと音がして、細い呼吸が止まる。


顔面が赤く腫れ上がり、口は血と唾液と汚物にまみれてドロドロになっているのに、目を閉じてるその顔はきれいできれいで

夕焼けがとても良く似合っていた。


ごぽと血を吐きながら彼の口がわずかに動く。



『 好 き 』



声のないその言葉はすぐに秋風がさらっていって、何だか良く分からない涙が出てきてそのまま泣いた。





君がいるだけで俺は幸せだよ。

たぶんきっとそんなことを伝えたかったのだろうと、真っ赤な夕焼け空は笑った。





fin.







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