全くもって私という人間には運というものがないらしい。
ついてないとしか言いようが無い。

気分が悪かったから向かった保健室。
周りなんて気にもしなかった、というか気分が悪すぎて何も考えられなかった。
なんとかたどり着いた保健室、ドアを開けたらそこには。

カーテンも引かずにお楽しみ中の男女がいた。
それを目にした瞬間耳に入るひたすら甘ったるい女の声。
そして、私の眼下で動きを止める男。
でもその顔は何もなかったかのようだ。眉一つ動かない。
しかも、男の方は顔見知りだった。
っていうかこの男の知名度でいけば、多分知らない人なんていないんじゃないだろうか。

男子テニス部の仁王くん。
ちなみに彼は私のクラスメートだ。
クラスにいなかったとは。そういや帰り際に丸井くんが探してた気もしないでもない。

ああ、どうしてあのまま帰らなかったんだろう。
今日は保健医がいないことだって知ってた。
なんで、少しでいいから横になりたい、なんて。

何か、仁王くんの口が動いてたような気もしたけど、何て言ってるのか聞き取る前に逃げた。
全くわからないけど、多分大丈夫だろう。
明日からまたなんてない顔して過ごせばいい。彼はその辺上手そうだし、私も特に気にしない。強いていうなら、何でも面倒そうにかわして自由を謳歌し、恋愛に興味があるのかすら謎だったあの仁王くんにも彼女がいて、保健室で行為に到っちゃうくらいの性欲というものがあったことに驚いたくらいだ。
さて。明日、もしも話し掛けられたら?
今まで通りでいいでしょう、とか通じるだろうか。今まで通りったって接点はほぼ皆無に近しいが。あ、とりあえず邪魔したことを謝るべき?

逃げた先にあった屋上で、私はひとりで考えていた。
気が逸れたからか、随分と気分がマシだ。
そろそろ帰れるだろうかと体を起こし、視線を上げた私は絶句した。

「なんでここにお前が、って顔じゃのう。間宮」

全くもってほんとにその通りだよ。
どうしてここにいるんだ仁王くん。さっきの彼女はどうした。

「言うとくけど、あの子とは何でも無いんよ。」

うわ、心読まれてるみたい。だから嫌なんだ。何考えてるか全く分からない。

「…じゃあなんで」
「向こうが誘ってきてのう、俺はそれに乗ったまでじゃ。向こうの名前も知らん。」
「………」

返す言葉もない。
読めない読めないとは思ってたけど、ここまで性格が腐ってたとは。
…ああ、あいつの顔が過ぎる。本当に信じられない。せっかく良くなってきた気分がまた悪くなりそうだ。
そう考えてたら、なんか仁王くんの顔を見るのも少し嫌になってきて、私は顔を逸らして聞いた。

「……で?私に何を言いに来たの?」
「ああそうじゃ。さっきのことじゃが…」
「口止めなら心配しないで。別にいう気もないし、口止め料も要らないから」
「ほぅ、変わった事を言うのう。普通ならここで何か要求しそうなもんやけど」

少し驚きながら、興味深そうに私を見る仁王くん。

「理由を聞きたいところやね」
「理由なんて、別に…私が興味無いだけ」
「というと?」
「テニス部の人にも、他の男の子にも、恋愛にも。興味が無いから」
「珍しいな、そういうやつもおるんか」
「恋だの愛だの、わめいてる人の気が知れないの。どうせ、いつかお互いが好きじゃなくなる時がくるのに」

なんで私、いつになくこんなぺらぺら喋ってるんだろう。
まぁ、今まで私の恋愛論なんて聞いてきた人もそういなかったけど。

「…お前さんなかなか面白い考え方をするな」
「はい?」

一歩、仁王くんが足を進めた。
私は一歩足を引く。
けれど、私の背中はすぐに冷たいコンクリートに当たった。
にも関わらず、彼の足は止まらない。
そしてとうとう、私と仁王くんの距離は間近になり、顔の横に腕を立てられた私は言わば壁と仁王くんの板挟みになった。
え、何これちょっと何これ。

ついぞ仁王くんの顔が間近に迫る。
なるほど確かに綺麗な顔だ。
碧みがかった瞳に筋の通った鼻、薄い唇。
目を引く銀髪は思いのほか滑らかそうだ。
うーん…周りの女子が騒ぐだけのことはあるかもしれない。私はそんなことしないけど。
っていうかこんな冷静でいいのかな、駄目な気がするんだけどな。
意を決して、私は眼前の仁王くんを見据える。

「あの、仁王くん?ちょっと一体何を…」
「気に入った」
「は?」

「間宮、俺と付き合わん?」








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