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マルコが風邪


「マルコォォォ……!!」


 バターン! と騒々しい音を立てて転がり込んだ私達を驚いた顔で見おろしていたのは、マルコとよく似た、マルコのお母様とおぼしき……


「はっ、はじめまして……っ!」


 ジャンと私は玄関で折り重なったまま、勢いよく頭を下げてしまい……したたかに床へ額を打ち付けた。


「あ! わかったわ! 当ててみるから名乗っちゃ駄目よ?
 ジャンくんと……ナマエちゃん! でしょう?」


 お、大当りですお母さん……
 額を押さえて涙目の私達を交互に指差して、両手を合わせて喜ぶお母さんの笑顔に、ああ、マルコはお母さん似だ……と思う。
 しかし、ただ名乗っちゃ駄目と言われただけなのに、いまだ折り重なったまま微動だにできない私達……母子そろってなんなのこのスキル。
 ……遺伝?

 学校で、マルコが風邪で休んでいると聞いて……それからはいてもたってもいられなかった。
 でも、授業を放り出して行こうものならきっとマルコは怒るだろうし……こんな時だからこそ、余計な心配はかけたくなかった。
 休み時間ごとにジャンと相談しては、マルコの負担にならない程度に連絡を入れてみる。
 大丈夫だと返信があったので、何か欲しいものはないか、と再度連絡を入れたところで返信が途絶えていた。
 今か今かと終礼を待ち、上靴を靴箱へと突っ込みながら革靴を引っ掛け、とりあえずドラッグストアに立ち寄る。
 風邪薬は……病院に連れて行くつもりだから買わず、とりあえず飲み物と、プリンとゼリーと……

 ドラッグストアの袋を提げ、先を行くジャンに「遅せェ!」と手首を捕まれて……ここまで疾く走ってきた。
 さすがにジャンは走るのも馬のように早……おっと、早くて。
 こんな速度で走れたことのない私の脚は、縺れそうになりながらもここまで風の如く駆け抜けてきた。

 

「ごめんなさいね、寝ちゃってるの」


 お母さんが来てくれているのなら、なにも私達が出しゃばることはないだろう。
 むしろかえって安心だ。
 マルコに会えなかったのはちょっと寂しいし、顔を見るまではやっぱり心配だけれど……
 それでは、お大事に……と、ぺこりと頭を下げて、スカートをはたき、帰ることにする。


「でも、あなた達を帰らせてしまったと知れればマルコはがっかりするだろうし……きっと私も叱られちゃうわ。
 よかったら待っててあげて頂戴?」


 さあ、外は寒かったでしょう、上がって。
 そう言って招いてくれたお母さんは、なんとなく……だけど、私達が来ることをはじめから知っていたような気がした。

 加湿器のつけられた、ふわりと暖かい部屋。
 枕元でそっと、マルコの様子をうかがう。
 赤い頬をして、鼻先まで布団を被り……
 長い睫毛は伏せられて、秀でた額には冷却シートが貼られている。
 心なしか苦しそうな呼吸に……切なくなってくる。
 かわれるものなら今すぐにでも、かわってあげたい。
 早くいつもみたいに笑って欲しい、叱って欲しい。
 大丈夫だよ、って、抱きしめて欲しい……

 その時、そっと髪を撫でられた。
 その優しい手つきには、いつもはもう少し大きな手のひらだけれど……覚えがあった。


「マルコはいいお友達がいるみたいで幸せね」

「……ううん、私達だけじゃないんです。
 マルコは、みんなに好かれていて、頼りにされていて……」


 どうしよう、撫でる手のひらの優しさに、胸を締め付ける切なさに……涙が出そうだ。


「……ぐすっ」

「まあまあ、泣かないで?」


 ああ、困ったように笑った顔までよく似てる……


「マルコを一人で住まわせることに、これでも心配していたのよ?
 でも、あなた達がいてくれて、本当によかった。
 ジャン?
 これからもマルコをよろしくね」

「……はい」


 今日はこたつにスライディングすることもなく、大人しく体育座りのジャンが返事をする。
 でも、マフラーを外すことも忘れてじっとしているから、ジャンもたぶん、少なからず動揺しているんだと思う。
 今まで体調を崩すことなんてなかった、自己管理だって完璧そうなマルコだったから。


「ナマエちゃんは……そうね、こんなに泣き虫で可愛らしい女の子、マルコが可愛がらないはずないわ。ね?」


 また、ぶわっと溢れた涙。

 ぽろぽろと涙をこぼすナマエの、真っ赤な鼻と、への字口まで愛らしくて……


「母さん、なにナマエのこと泣かせてるの……」

「ほら、ね?」


 そう言ったお母さんと、笑いあって涙を拭う。


「はぁ……」

「マルコ、まだ無理して起き上がっちゃ駄目だよ。
 日頃の疲れが溜まっているんだから少しは休みなさいって、きっと神様の思し召し」

「それ、さっきも同じこと聞いた気がするな……」

「ほらみなさい、ナマエちゃんも同じこと言うじゃない」

「大丈夫だって言ったのに……頼むからうつらないでくれよ?」

「……馬鹿はなんとやら、って言うだろ?」

「なによ、ジャンなんか馬のくせに」

「んだと」


 そうよ、鹿さえもくっつかない、ただの馬のくせに……なんてね。
 ようやくいつもの口の悪さが出てきたジャンも、やっぱりマルコのことが心配だったんだろう。
 うずうずと動いている足の指先と……派手な靴下の柄が、可愛い。

 さっき、キッチンへ立ったお母さんは、炊いたお粥を温め直しているようだった。
 マルコはおもむろに枕元の体温計を取り、もそもそとパジャマの裾から腋に挟む。


「はぁ……熱が下がるまで学校には行けそうにないな……
 ジャン、悪いんだけどノートを頼める?」

「んなのわーってるよ。ほら、今日の分」


 なにそれ……すごい。
 やっぱり馬鹿は私だ。認める。
 マルコが欠席と知って、私はただおろおろするばかりだった。
 だけどジャンはちゃんと、その先のことまで見越していた。


「……ジャン!」

「うおっ!? 何だよ!」

「ジャンはすごいね!」

「わかった! わかったから離れろ!
 ……ぐふっ!」


 ほら見ろ……ナマエを首に巻き付かせたまま、なんで俺が脇腹に一発、隠すようにしてお見舞いされなきゃいけない?

 しかもマルコに……だ。

 礼は言われても、殴られる筋合いなんざねえ!
 この、マフラーみたいなナマエを引っぺがして……って、あ、まだマフラーしたままだ。

 はぁ……くそっ、実際お見舞いされてんのはお前の方だってのにな。

 ……あ、俺、今うまいこと言った。

 

 あれから……マルコのお母さんが剥いてくれたりんごを三人でいただいて、ドラッグストアで買ってきたプリンやゼリーも冷蔵庫にしまってもらった。
 帰り際に飲ませてくれたココアで、今もまだ身体がぽかぽかと暖かい。

 ジャンとふたり、駅までの道を歩く。
 今日もジャンはマフラーでミイラで、車道側を歩いてくれている。
 早くミカサがジャンのこういったところに気がついてくれるといいなあ……と思うけれど、期待薄か。


「マルコのお母さん、マルコに似てたね」

「ばーか、マルコが母親似なんだろうが」

「ジャンもお母さんに似てるの?」

「あー、止してくれ」

「……エロ本見つかったくらいでなによ」

「ちょ、ば……っか! おま、これはだな、非ッ常ーにデリケートで、且つ、由々しき問題なんだぞ!?」

「でも、男の子はみんな持ってるものなんでしょ?」

「だとしても机の上にエロ本整頓して置かれてみろ」

「それは……ご愁傷様です」

「手ェ合わせんな」

「……ねえ、ジャン、マルコも持ってるのかな?」

「……さあな。
 あーもうこの話は終わりだ終わり!」


 ジャンとこんなふざけた会話ができるのも、今日、マルコに会えたからこそ、だ。
 改めて、マルコのお母さんに感謝する。

 ジャンと知り合って、そこからマルコと出会った私。
 マルコのこととなると、私達の協力っぷりといったらなかった。
 それは今思い返すと笑ってしまうほどで。
 私達はマルコのことが大好きだ、思い知った。
 でも、マルコのことをいちばんよく解っていたのは、私じゃなくて……やっぱりジャンだった。
 それが嬉しいような、羨ましいような、悔しいような……
 複雑な気持ちで見上げたジャンは、んだよ、なんて言いながら……ひどく優しい目で私を見ていた。


「まあ、よかったな」

「うん……
 ねえ、ジャン。私、ジャンと会えてよかった」

「俺は……どうだかな?」

「相変わらずひっどいなあ!」


 楽しそうに笑って、お前も風邪ひくなよって、私の頭をぐりぐりして……ジャンは駅の改札へ向かった。

 マルコの風邪もこの分ならきっと、すぐに良くなるだろう。



 みなさまも風邪にはお気をつけて……

 10,000HITのアンケートに、マルコと……ジャンも! とおっしゃってくださった方がいましたので、マルコ前提で、ジャンの出番の多い話を。
 それから『ジナエ町滞在記』を進めるにあたり、捏造も甚だしいのですが、登場させざるをえないマルコのお母さんを、手始めにまずは現パロでジャブ!


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