マルコ班長と夜の魔法 夕食から就寝までの自由時間、宿舎で書き上げた班長日誌を提出に行き、また宿舎へと戻る途中。 ちょうど男子棟と女子棟との分かれ道となる通路脇に背を預ける人影があった。 頼りなげな小さなランタンを提げ、水差しを抱えたその姿は朧げで、だいぶ近づいてようやくその表情を浮かばせた。 「……ナマエ? どうしたの?」 「あ……うん。 マルコ、今は行かないほうが……」 「え? あ……」 ナマエが背を預けている角から向こう側、少し離れたところに恋人達がいて…… ……ぎくしゃくとナマエの方へ後退する。 「その……邪魔したら悪いと思って……」 「う、うん、そうだね。 ここにいるのもなんだし……そうだ、少し話をしようよ」 ◇ 節約しようと私のものより少し大きいものだったマルコのランタンひとつを残し、宵闇に包まれるささやかな暖色の中、ふたり並んでもと来た方へ歩きだした。 今日の演習だったり、晩のスープの具材だったり……とりとめのない話をして、同期の話題もひと通り出終わると、横に腰掛けていたマルコはにこにこと相好を崩さないままとんでもない事を聞いてきた。 「ナマエは……好きな人とかいないの?」 「……え!?」 「あっ! ご、ごめん! 嫌だったら答えなくていいんだ! ……ははっ、フランツとハンナにあてられちゃったかな」 忙しなく鼻の下を擦り、首に手をあててふにゃりと笑う。 他でもないマルコからの質問にどきりとしたけれど、つられて笑ったらマルコは少し、ほっとしたみたいだった。 引っ込み思案で、そのくせちょっとへそ曲がりな私だけれど、マルコにはいつでも素直に受け答えすることができていた。 それはマルコが決して私のことを否定したりせず、真摯に受け止めてくれた上で、きちんと評価してくれる人だったから……だと思う。 だから…… 「うらやましいな……って、思うかな」 「うん……そうだね」 「……マルコは? マルコはいないの?」 あーあ、傷つくことが恐いくせに……この雰囲気に耐えられなくてつい、口走ってしまった。 ゆるやかに、密やかに。 積もっていく木の葉のようにそっと思いを募らせてきた彼は。 皆から頼りにされ、期待を背負いながらも、私には手の届かないほど高みにいて…… でも、こうして分け隔てなく温かな手を差し伸べてくれる彼に。 とろりと揺れたランタンの明かりに。 肩の触れ合いそうなこの距離に…… 気づかぬうちにささやかな私の恋心は掻き乱れていたようだった。 でも、彼の言葉が私を傷つけたことはこれまでに一度たりともなかった。 だから、今度だって……きっと大丈夫。 そう信じたけれど、やっぱり私にとっては孵さないまでも大事に温めていた思いだから、どうしても臆病になってしまって……ああ、マルコの横顔がぼやけてきてしまった。 目頭がじんと熱を持っている。 でも、そのぼんやりとした横顔はゆっくりとこっちを向いて、微笑んだようだった。 「こうして……ナマエとゆっくり話をしてみたかったよ」 ◇ 愛しくて、愛しくて。 手を伸ばして、触れ合って。 見つめ合って、キスをして…… そんな恋人達が…… 「うらやましいな……って、思うかな」 そう言ってはにかんだ横顔に、僕は。 ランタンに誘われた羽虫の鱗粉に惑わされでもしているのか…… ……今までにない感情に支配されたんだ。 ◇ 「じゃあ……おやすみ、ナマエ」 「おやすみ。 その……マルコ、ありがとう」 「いや、僕のほうこそ。 ナマエと話せてよかったよ」 そう言って、目を細めたマルコが私のランタンに火を移す。 その睫毛の先にも灯った小さな煌めき達がぴかぴかと、私の心を瞬かせていた。 通路脇から恋人達の姿がないことを確かめて、別の方向へ歩みはじめる。 振り返ればぼんやり揺れる小さな明かりと、遠ざかってゆく背中…… 不思議な時間を共有したことがふたりだけの秘密事のようで、なんだか嬉しくて、くすぐったくて。 あの角を曲がるまで、彼の背中を見送りたくなって立ち止まる。 毎日くたくたになるまで訓練に明け暮れて、寝床にもぐればすぐに睡魔が訪れてしまうのだけれど。 それでも…… 「……いい夢を」 吐息に乗せるように、ふぅと呟いたその時。 不意にマルコが振り向いた。 お互いに驚いて、けれど笑って小さく手を振って。 この長いようで短い、優しく愛おしい時間を。 暖色の明かりに包むようにしてそっと胸にしまいこんだ。 |