足りないモノ

細くて長い指先は巧みに鍵盤を弾く。
美しい旋律は何もかもが完璧だった。
弾き終わればカガリは透かさず拍手を送る。
笑顔には花が咲いてた。

「…有り難う」
「いつ見ても、レイの指先って凄いよな」

うんうんとカガリは頷いて感心している。
先程弾いていたのは、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。
今度、行われるコンクールの課題曲。
現在、レイが音楽室で毎日のように弾いている。

「……うーん、でも」
「でも?」
「あっ…いや、何でもない」

カガリは慌てて手を降って言い掛けた事を誤魔化した。
その姿にレイは首を傾げる。
ミスタッチなどしていないはずと。
そもそもミスタッチをしても、カガリが解った事など一度もない。
では何が言いたいのか。

「カガリ」
「ん?」
「言いたい事があるなら言ってくれないか?気になって仕方がない」

レイはクールで通っているが、ピアノの事に関しては意外にも繊細だった。

「えっ…でも…よく解りもしないのに言うアレかなと思って」
「いや、構わない」

はっきり言い切ったレイに、カガリは大袈裟に息を吐く。

「…さっきの曲さ」
「ああ」
「何ていうか…何か足りない気がする」

カガリの言葉にレイは大きな衝撃を受けた。
何故なら、数日前にピアノの師であるデュランダルに全く同じ事を言われたからだ。
まさかの出来事にレイは固まってしまう。
その様子にカガリはアワアワする。

「ゴッ、ゴメン…弾く事も出来ないのに偉そうな事言って」
「いや…そんな事はない」
「でもっ…」
「…それより、カガリは何が足りないと思う?」
「えっ!?」
「足りないと思ったんだろ?何だと思う?」

純粋に知りたかった。
師であるデュランダルからは、自らで探しなさいと言われて答えを教えてくれなかった。
何度課題曲を弾いても、レイは足りないモノは解らずにいた。
カガリは腕組みしてうーんと唸っている。
何かが足りないと感覚的に思ったのだろう。
けれど、その答えを解ってはいない。
レイにしてみればその感覚すら解らないので、答えの糸口でも教えて欲しかった。

「あっ…」
「ん、解ったのか?」
「いや…その…」
「??」
「アレ、弾いてくれないか?」
「アレ?」
「うん、いつも弾いてくれる運動会のヤツ」

カガリのお願いにレイは自然と笑みがもれた。
因みにカガリ曰く運動会のヤツとは、体育祭のBGMで掛かる曲の事。
高校生にもなって運動会というのはご愛嬌だ。
何回かタイトルを言ったにも拘らず覚えていないのもご愛嬌。

「解った。それでどっちがいい?」
「うーんとな…」

どっちがというのは、地獄のオルフェこと通称『天国と地獄』と『クシコス・ポスト』の二択の事である。
『天国と地獄』とはジャック・オッフェンバック作のオペレッタ、その中で使用されている曲で一番有名な部分。
『クシコス・ポスト』とはヘルマン・ネッケ作の楽曲。
カガリは何故かこの曲を好む。

「…チャンチャラランの方で」
「フッ…了解」

カガリの擬声語だけでどちらか解る自分に苦笑しつつ、椅子を座り直し改めてピアノに向き合う。
因みにチャンチャラランがクシコス・ポストで、チャーンチャララが天国と地獄を表している。

よく互いを理解した関係ではある2人なのだが、決して恋人同士ではない。
気の合う友達どまりである。
レイの方はかなり意識してはいるが、カガリの方が全くなので進展しない。
とはいえレイに今の関係を壊す勇気がないので、一番近くて居心地の良い場所にいつ迄も居座っている。
奏でるメロディに合わして、カガリも体を揺らして口ずさむ。
いつもの音楽室での光景。

「あっ!?」

何か気付いたかのように声を上げるカガリ。
演奏を続けたまま、レイは横目で見やる。

「どうした?」
「解った!!」
「えっ!?」

手が止まる。
答えを知りたくてカガリを凝視する。

「おまえが楽しそうじゃないんだ」

カガリが導きだした答えにレイは眉間に皺を寄せる。

「さっきの曲のヤツは…何か機械っぽい感じがした……それに比べて、運動会のヤツはとっても楽しそうだったぞ」
「それは…カガリが…」

言い掛けてレイはハッとした。
カガリの言っている意味が漸く解ったのだ。
クシコス・ポストはカガリが楽しそうにするから此方も楽しくなる。
レイ自身が何よりも楽しませようとしていた。
けれど、課題曲はどうだろう。
楽しく弾けた試しはない。
美しく、丁寧に、ミスタッチをしない、そんな事ばかり考えていた。
カガリに聞かせていたにも拘らずだ。
楽しませるなんて余裕がなかった。
自らの情けなさにレイは自嘲気味に笑う。

「レイ…」

急に黙り込んでしまったレイを心配して、小さく名を呼ぶ。
カガリが座っているレイの真横に来てそっと覗き込んでいる。
不安気な顔にレイは安心させる笑顔を作る。

「有り難う、カガリのお陰で足りないモノが解った」
「本当か!?」
「ああ…」
「そっか、よかったな!」

言った途端、笑顔になったカガリに変わりすぎだと思いつつ、レイは笑みを深めた。

「じゃあこれで、コンクールも優勝だな!」
「えっ…」

今度はとんでも発言するカガリに呆気にとられる。

「だってさ、足りないモノが足りたら、レイは最強だろ。負ける訳ないって!!」

楽勝的な物言いに内心では激しく冷汗を垂らすレイ。
コンクールがどれ程のものが全く解っていないカガリらしい言葉なのだが。
優勝なんてそう容易いものではない。
皆、一番になりたくて、その日の為に血の滲むような努力をしている。
レイも御多分に漏れずだ。
しかし、目の前にいる大切な人はキラッキラッとした輝き溢れる視線を送ってくる。

「……そうだな。カガリがそういうのなら」

どこかで負けてもいいという感情はカガリの言葉で吹っ飛ばされて、今あるのは優勝という二文字のみ。
それに優勝すれば言えるかもしれない。
胸に燻っている淡すぎる思いを。
それに間違いなく、カガリの為に、カガリを思い、カガリを楽しませようと弾く。
だから、きっと一番になれる。




恋人未満のレイカガです
『ツリー』と一緒に思いついたので
終わり方もよく似てます

2011.6.15










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