Nicol's2011

「ゴメン、ニコル…」
「いえ…用があるなら仕方ありません。ではまた、明日」
「うん、じゃあな。ニコル」

カガリは手を振ってその場を後にする。
走っていく後ろ姿を、ニコルは寂しげに見送った。
下校の誘いを断られたのは、今日を含めて6日連続の出来事。
本当は知っている。
カガリが彼氏であるニコルの誘いを断ってまで優先している理由を。
それは音楽室に行く事。
そこでカガリはレイからピアノを教わっている。
なぜ、よりにもよってレイに教わるのか、カガリの真意がニコルには解らない。
ピアノはニコルにとってカガリ同様、掛け替えのないモノ。
腕前だってレイに負けていると思った事は一度もない。
けれど、その事を問詰める勇気がない。
別れを切り出されたらと思えば恐ろしくて聞ける訳がなかった。
そして、一日が終わる。
6日間、その繰り返しだった。



次の日。
丁度一週間目。
ニコルは今日、独りで帰るつもりだった。
この日、下校の誘いをカガリに断られたら、立ち直れないと解っているから。
傷付かない為、授業後素早く教室を後にすると、逃げるように下駄箱へ向かう。
走るつもりはなかったが、歩くスピードは普段より早い。
下駄箱に手をかけ上靴を履き替えれば、学校を後にするだけ。
それで今日という日が終わる。
本来なら楽しみでならなかった筈なのに、今は何事もなく終わる事ばかり考えてた。

「ニコル!!…」

名を呼ばれただけで、胸が高鳴る。
振り向けば息を切らして此方を見ている可愛い人。

「カガリさん…」
「おまえ…歩くの早いな…走らないと追い付けなかったよ…」

呼吸を乱しているが顔は笑みそのもの。
何気ない微笑みですら、ニコルの心臓を跳ね上げさせる。

「…何か用ですか?」

心を読まれないように敢えて冷静な声色で口にした。

「ん…おまえに用があるんだけど…でも、急いで帰るって事は、何か用事があるのか?」
「えっ…ええ、まあ…」

用事なんてある訳がない。
早く帰って平穏に今日を終わらせたい、ただ、それだけ。

「そっか…そうだよな…でも、ちょっとだけ付き合ってくれないか?」

じっと見詰められる。
カガリのお願いを無条件で聞き届けてやりたい。
けれど、臆病な心がどうしても見え隠れする。

「…今日じゃないと駄目ですか?」
「うん、今日じゃないとダメなんだ…本当にちょっとだけでいいから。頼むよ…」

頭まで下げられて、断れる心の強さなど、今のニコルには持ち合わせていない。

「解りました…少しだけなら…」

小さな声で返答すれば、いつもの麗しい笑顔を送られた。



連れて来られたのはよりにもよって音楽室。
慣れた感じで入っていき、グランドピアノの横にカガリは椅子を持ってくる。

「ここに座ってくれ」

言われてニコルは腰を降ろす。
一方のカガリはピアノの前に座った。
そこで、ピアノを弾くのだと理解する。
しかし、記憶が正しければカガリはピアノが弾けない。
勿論、彼氏としてカガリにピアノを教えた事は何回かある。
しかし、世の中にはどうにもならない場合があると、この時ニコルは初めて知った。
カガリには恐ろしい程、音楽センスがなかった。
何度も練習するが、一向に上達しない。
それでもニコルは根気よく教えた。
しかし、サジを投げた。
ニコルではなくカガリが。
そんな訳でそれ以来、ピアノを教えてはいない。
だからこそ、レイに教わっていた光景がニコルにとっては苦しい。
ニコニコと笑っているカガリを直視出来ず、ニコルはつい俯く。
カガリが大きく深呼吸をする音が聞こえると同時に、よく知っている曲が流れ出す。



Happy birthday to you〜
Happy birthday to you〜
Happy birthday dear Nicol〜
Happy birthday to you〜



お世辞にも上手いとは言えない演奏。
それでも、カガリが心を込めて歌い弾いてくれたのが伝わってくる。

「誕生日おめでとう、ニコル!!」
「…有り難うございます。覚えて下さったんですね」
「当り前だろ。彼氏の誕生日なんだから」

彼氏という言葉に今まで不安で潰されそうだったニコルの心は急に軽くなる。

「それにしてもよく弾けましたね。“ピアノは弾くもんじゃない。聞くもんだ”とおっしゃてましたのに」
「うん。今でもそう思ってるよ」
「じゃ、どうして?」
「誕生日にはサプライズが付き物だろ。だから、こっそり弾けるように練習したんだ」
「練習…」
「ああ、一週間、大変だった……」

しみじみとカガリは言う。
ニコルは一週間という言葉に引っ掛かる。

「一週間…もしかして、僕の為にレイにピアノを教わっていたんですか?」
「えっ!?知ってたのか!?」
「すいません。貴女が何をしているのか気になって…跡を追ってしまいました……」
「そっか…別に隠すつもりは……ああ、サプライズを狙ってたから隠すつもりはあったか……」

カガリは苦笑いを浮かべる。

「あっでも、レイにピアノを教わるのは、もうこれっきりだ。だってアイツ、鬼だからな。スパルタ過ぎる」

思い出して大きく溜息を吐く。
一方、ニコルの顔に全く笑みがない。

「…や、です…」
「ん?」
「嫌です…例え、僕の為とはいえ、貴女が僕じゃない人にピアノを教わるなんて…嫌なんです…」

カガリとは少し違うオレンジの瞳を濡らすニコル。
雫が一粒流れて落ちていく。

「ニッ、ニコル、泣くなよ!!」

涙に慌てたカガリ。
慰めようとニコルの側まで来たが、どうしていい変わらず狼狽える。
アワアワしているカガリの体をニコルはギュッと抱き付く。

「…すいません。僕は…弱い人間なんです…貴女が…カガリさんが僕から離れていってしまうと思って、この一週間ずっと…悲しかったんです……」
「バカだな。ニコルは……離れる訳ないだろ」

今度はカガリから強く抱き締める。
愛されている事にニコルは満たされていく。

「カガリさん、僕は貴女が大好きです」
「私も大好きだぞ//」

色んなお詫びを込めて、カガリは滅多にしないキスをニコルの頬に送る。

「違いますよ。カガリさん」
「うん?」
「大好きのキスはこうするんです」

最上の笑みと共に触れ合う唇は愛の証。


Happy birthday Nicol!!



誕生日おめでとうニコル!

ほのぼのでラブラブな感じを
イメージしてみました★

2011.3.1










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