常闇に射す輝き

此所は暗くて、冷たい。
見渡す限り拡がる暗黒。
この暗闇から抜けだそうと全身を使ってもがくが、どうにもならない。
そうして、やっとこれが暗闇ではなく、常闇だと理解する。
常闇(とこやみ)。
それは、永久に続く闇。
無限に拡がる黒き世界。
永遠に光射す事はない。
それを理解すれば、体を動かす事に意味はない。
そう、自らは死んだという事なのだから。
死とは、こんなにも容易く訪れる。
生ある者に訪れる死は絶対たる定め。
何人も逃れられない。
ただ、受け入れるのみ。
冷たくて暗い世界を。
何もない静かな黒き世界は、急激に動き出す。
常闇には射さない輝きが辺りに拡がる。
遠くから声がする。
誰かが呼んでいる。
冷たく眠っている僕を。

「おい!しっかりしろ!!」

閉じていた瞳をゆっくりと開けると、吸い込まれそうな空があった。
雲一つない空は何処までも透き通っている。

「よかった!目を覚ましてくれて…本当に…」

冷えきった体に暖かい体温を感じる。
視線を降ろせば、眩しいくらいの金色。
誰か解らないこの金色の人物に、力一杯抱き締められる。
強く抱き締められれば抱き締められるほど、冷たい体は暖かみを持ち出す。
生きている事を実感する。
重い体を動かし、光る金色に触れてみた。
すると、金色の人物は顔を上げた。
そこにはまばゆい輝きがあった。
太陽の光を纏った人は、慈愛の笑顔で見詰めて、優しく頬を撫でる。
まるで、太陽が人間になったような人。
全ての生き物に分け隔てなく柔らかな光を注ぐ、それが太陽。
例え、どんな生き物だろうと。
暖かい輝きはとても心地良かった。
心地良さに身を任せていると、再び、意識が遠のいていくのが解った。
声がする。
必死に呼ぶ声。
それを聞きながら意識を失った。



目を開けると、そこは真っ白な世界だった。
何処かの医務室のようだ。
独特の匂いがする。
目だけ動かしていると声を掛けられた。

「起きたか」

声のする方に顔を向ければ、金色の少女が座っていた。

「痛いとこないか?」

柔和な顔で微笑む。
体を少し動かしてみて、全身が怠くて重いけれど痛い所はない。
返事をする為、首を軽く振る。

「そっか、よかった」

心底嬉しそうな顔をする。
白くて細い綺麗な手で髪を優しく撫でる。
とても心地良い。
そのまま、身を委ねていた。

「私はカガリだ。おまえの名は?」
「僕?」
「そう、おまえの名前を教えてくれ」
「僕は…」

頭を働かせると全体に靄が掛かっている。
答えられず黙っているとカガリは不思議がる。

「どうした?」
「……たぶん、アウルだと思う」
「だと思う?」
「頭がぼうっとしてよく解らない。誰かがそう呼んでたからそうだと思う」
「おまえ記憶がないのか?」
「…記憶ないのかな?」
「それすら解らないのか?」
「…ごめん」
「別に、謝る事はないぞ」

笑ってクシャクシャと髪を弄る。
やっぱり心地良い。
カガリを見ると優しく微笑んでいる。
穏やかな時間が続く。
離れた所でドアが開いた音がした。
そちらを見ると、茶色の髪をした少年が入ってきた。

「あっ、目が覚めたんだね。よかったね、カガリ」

カガリとよく似た顔の少年が笑う。

「うん!」

嬉しそうに返事する。
二人が並ぶと本当に似ている。

「ねぇ、二人は顔がよく似てるね」

この言葉に二人は顔を見合う。
すると、カガリは少年の肩を抱いてにこっと笑う。

「だろ!なんたって双子なんだからな!!」
「僕はキラ。一応、カガリの弟なんだ」
「一応ってなんだよ」
「僕的にはカガリが妹なんだけどな」

キラはおどけた顔をする。

「私が姉だってば!」
「そうやって向きになる所が、妹なんだって」
「違う!キラの方が弟だ!」

カガリはキラの胸を叩いて抗議する。
キラは慣れたようにいなす。
二人の仲の良さを現した光景。
何故か心が苦しい。
どうして?
記憶らしいものがないのにどうして、心が苦しい?
羨望の目で二人を見ているのが、いやでも解る。
心が苦しいのは、望んでいるものが目の前にあって、それが僕にとって永遠に手に入らないものだと解っているから。
何も思い出せないのに、何故かそれは断言出来た。

「どうした?気分が悪いのか」

いつの間にか俯いていた僕を心配してカガリは覗き込む。

「えっ…どうして?」
「急に顔色が悪くなったから…やっぱり、どこか悪いんじゃないか?」
「そんな事ないよ。カガリは心配しすぎじゃない?」

笑ってごまかす。
残念だけど、こんな手しか思い付かない。
それでも心配させないように笑う。
本当の笑顔で。
人の感情に敏感なカガリを誤魔化せないから。
必死に笑っても、納得いかない顔をして見詰めてくる。

「でも…」
「だから、大丈夫だって、気にしすぎ」

世の中には天の助けが存在する。
まるで助けるかの様にお腹が鳴った。

「…おまえ、お腹が空いたのか?」
「うん、そうみたい…」

恥ずかしかったけど、カガリの気がそちらに向いててくれてほっとした。

「じゃあ、ご飯、持ってきてやる。待ってろよな」

カガリは笑いながら、僕の髪を軽く撫でた。

「ほら、キラも一緒に取りにいくぞ」
「解ったよ」

カガリはキラの背中を叩いて、一緒に医務室を出ていった。
独り残された僕。
急に静かな空間になった部屋は異常な程寂しく感じる。
太陽を失った花のよう。
でも、太陽は何度でも昇る。
カガリは此所に戻って来てくれる。
そして、光を注いでくれる。
常闇に射す輝きを。



「ねぇ、カガリ…解ってるの?」
「何がだ、キラ?」
「彼は連合のエクステンデッドだよ」
「…だから?」
「だからって、何考えてるのさ、カガリは!?」
「……」
「カガリッ!!」
「…確かに、アイツはエクステンデッドかもしれない。でも、人間には変わらないだろ」
「でもっ!!」
「それにアイツは記憶を失ってる。このまま、何も思い出さなきゃ普通の人間として生きていける…」
「本気で言ってるの!?」
「あぁ。それとも何か、キラはアイツを連合に返して、また、戦争の道具として生きた方がいいって言うのか!?」
「それは…」
「キラ、おまえの気持ちは解る。連合の人間を近く置くなんて危険だって言いたいんだろ?」
「……」
「私だって解っているつもりだ。でもな、アイツがどんな奴だろうと人間で、私やキラと同じでこの世界に生きる者なんだ」
「……」
「エクステンデッドの事は色々と聞いている。薬漬けのせいで、体が副作用を起こすって…」
「そうだよ。彼はここに居ても長くは持たない…」
「だから、お前に連合のメインコンピューターをハッキングして欲しいんだ」
「それ、本気で言ってたの!?」
「ああ。薬の成分さえ解れば、アイツの命も長らえさせれるだろ」
「……」
「キラ、頼む。この通りだ」
「…どうして?見ず知らずの彼の為にそこまでするの?」
「深海に沈んでいた機体を見つけた時、正直、パイロットはもう死んでると思った」
「僕もそう思ったよ。あの破損状況から生きているとは誰だって思えない」
「でも、確かめるまで何も断定出来ない。機体を地上まであげて調べたら…アイツは生きてた」
「うん。瀕死の状態だったけど、カガリの適切な処置のお陰で命を繋いだ」
「私が命を繋いだんじゃない。アイツが生きる事を望んだんだ。だから、その時が来るまで、生かしてやりたい」
「……」
「なぁ、キラ。エクステンデッドとか連合とか、今のアイツには要らないんだ。アイツの名前はアウルで、今、お腹減っている。それだけでいいんだ」
「……」
「知ってるか?」
「?」
「命に違いはないんだ。アイツも私もキラも。ううん、この世に生きる全ては等しいんだ。不必要な命なんてない」
「…カガリって凄いよね」
「ん?何がだ?」
「ほんと、無意識だからもっと凄い」
「だから、何だよ!」
「…僕を救って、彼も救うんだね」
「救う?」
「うん、僕はカガリに救われたんだ」
「私はキラを救った事はないよ…救われた事はあっても…」
「…気付かない内に僕を救ったんだよ」
「そう…か?」
「そうだよ」
「う〜ん…」
「ほらカガリ、考え込んでないで、彼のご飯取りに行かなきゃ」
「えっ、あっ!うん、行こう」



体が思うように動かないので、ただ天井を見る。
拡がるのは白のみ。
常闇と違って明るい世界。
白くて無音の世界はまるで時が止まっているかのよう。
心臓が忙しなく動いている事だけが解る。
すると、離れた場所から声がする。
楽しげで明るい声。
声は声でしかないのに、何故か色を持っている気がした。
表すならオレンジ。
活力を表して全てを生かしていく。
命を成してないものまで。
生きさせる、そんな声。
それはカガリの声。

「アウル〜!ご飯持って来たぞ」

豪快にドアを開けると、カガリは走ってベッドの所まで来た。
因みに、食事のトレーを持っているのはキラで、カガリは小さなものを持っている。

「…カガリは何持ってるの?」

聞くとカガリは花が開いたように笑って、それを僕の目の前に差し出してくれた。

「ジャーン!これ、いいだろ」

それは、容器に入ったままのプリンだった。

「プリンはなぁ、なかなかの貴重品で簡単には食べられないんだぞ」

カガリは自慢げに言う。
どう反応していいか解らず適当な相槌を打っていると、カガリの顔が急に曇りだした。

「…おまえ、嬉しくないのか?プリン…嫌いなのか?」

捨てられた子猫のような顔をしているカガリに、慌てて首を降る。

「違う、違う。別に、嫌いじゃない…むしろ、好き」

僕の言葉に途端、太陽の如く眩しい笑顔になる。

「じゃあ、早速食べてくれ」

そう言うと、カガリは包装のビニールを外し、プリンを目の前にとろけるような笑顔で差し出す。

「ちょっと、カガリ!どうしてデザートから先に渡すの?」
「えっ、だって…」

キラが怒鳴ると、怒られた小さな子供のように拗ねるカガリ。

「ぐずってないで、テーブルを用意して。トレーが置けないでしょ」
「解ったよ」

キラに言われて、口を尖らせながらもカガリはベッドに備え付けられたテーブルをセットする。
そして、キラは持っているトレーを置いた。

「全くカガリは…先にご飯でしょ!」
「だって…」
「だってじゃない!」
「う〜…」

キラに怒られるカガリ。

「フフッ…」

その光景に堪らず笑ってしまった。
二人が同じ顔で此方を見る。

「あっ、ごめん…」
「いや、別に気にする事ないぞ」

カガリは笑って応える。

「で、何がおかしかったの?」

疑問の目で見るキラ。
同じく僕を見るカガリ。

「…言ったらカガリが怒る…」
「何だよ。簡単には怒らないぞ」
「だってさ。だから、言ってみて」

キラが喋るように促す。
仕方なく大袈裟に息を吐いて二人を見据える。

「…カガリの方が妹っぽいなって…」
「なんだって!!」
「ほら、やっぱり怒った!」
「うっ…」

僕が指差すとカガリはばつが悪そうな顔をする。

「でしょ!カガリが姉なんておかしいもん」

キラは得意満面に笑う。

「私が姉だってば!!」

必死に姉と言い張るカガリ。
我慢する事なく僕は笑う。
すると、二人も笑う。
流れる空気は何処までも温かくて心地良い。
そう部屋にいるにもかかわらず太陽の光があった。
カガリが太陽なんだ。
自ら光を放ち、輝きを注ぐ。
そして、僕は光に包まれ生かされる。
人は光なしには生きられない。
光は強くなくても構わない。
仄かに光る輝きだけでもいい。
小さな輝きも、常闇に射せば眩しく感じる。
その光を頼りに常闇から抜け出せる事が出来る。
だから、柔らかな光で輝ていて。
煌めく輝きに救われる者がいるから。




何とか終わりました!
若干
無理矢理終わらした感が
ありますが…
当初
描いていた感じにはなりました
今度はアウカガのラブラブな話が
書きたいですね♪

2008.7.29
2010.10.29移転










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