信号A

二人羽織りの状態でシミュレーターを動かす。
中身はシューティングゲームのようなもの。
機体を動かしながら、的を当てていく。
体を触れる度に送られていた信号は今や違うものに変わった。
受け入れてしまえば楽なもの。
ほぼ俺が動かしていて、彼女はコントローラーを握っているだけ。
的を撃破する度に彼女は楽しそうな声を出している。
俺の実力であっという間に規定をクリアしてシミュレーションは終わる。

「やっぱり、凄いな〜。私の記録を一回でクリアしちゃった」

振り返って俺を見詰めながら感嘆の声をあげる。

「まぁね、だてに赤は着てないから」

俺は笑って返した。
彼女の笑顔を見ながら、ふと、思い付いた。
このチャンスを活かせないかと。

「なぁ、姫さん」
「ん?」
「せっかく、コーチしたんだから、なんかお礼ないの?」

地球軍のおっさんみたいに彼女を困らせる事は言わない。むしろ、彼女に自発的なお礼をしてもらう。

「お礼か…」

彼女は少し首を傾けて考えている。
薄明かりの中、光を放つ金の髪と何度も瞬きする瞳はとても魅力的。
しかも、着ているのは体のラインがはっきりと解るパイロットスーツ。
人並み以上の理性がなければ大変な事になっているだろう。
俺は理知をわきまえた男だから大丈夫だけど。
でも、ちょっとやばいかな。

「あっ!!」

彼女は何か閃いたのか、ポンと手を叩いて笑顔で俺を見詰めてくる。

「ディアッカの分のケーキをとっておいてやる!」

ビシッと俺を指差して言った。
思わぬ展開に俺の方が惚ける。

「へっ?ケーキ?」

完全に裏返った声で言う。

「うん!実は、朝からラミアス館長達がケーキを作っているんだ。ほら、宇宙に上がってから甘い物がなかなか食べられないだろ?」

そんな計画があったとは全く知らなかった。
でも、疑問も残る。

「なぁ、姫さん」
「ん?」
「なんで姫さんは、ケーキ作りに参加しなかったの?」

俺の質問に彼女は解りやすく態度で表す。
頭を掻きながら目を逸してばつが悪そうに言葉を紡ぐ。

「あ〜、その〜、料理とか得意じゃないんだ…」
「あっ!解った!姫さん、料理とかしたら、怪我するタイプだろ?」
「!!…う〜、なんで解ったんだよ//」

グイッと顔を思いっきり近付け、頬を染めて見詰めてくる。
少し俺が近付けば、唇すら触れられる距離。
非常にまずい。
今、俺、彼女にキスしたいとか考えちゃってる。
常識人の俺が彼女の天然っぷりにそこまで溺れるなんて、完全にどうかしている。
とは思いつつ、彼女にそっと手を伸ばす。

「う〜ん、それは俺と姫さんの生きてきた年月の差かな」

俺の手は彼女の体に触れそうな所で触れれなかった。
彼女が急に立ち上がったからだ。

「あっ!急いでAAに行かなきゃ」
「へっ?」

彼女の言葉に俺はふぬけた声をだす。
一方の彼女はコクピットを開けて、ひょいっと外に出る。

「ケーキは早い者勝ちなんだ。早く行かないとキラに取られちゃう。アイツ、甘い物好きだから」

彼女は上から見下ろして綺麗に笑う。
その姿に俺はつい見とれる。

「ほら、ディアッカも早く」

屈んで俺の方へ手を出す。
掴もうと手を伸ばした瞬間、格納庫に怒鳴り声が響き渡った。

「わぁ!!」

そのせいで彼女はバランスを崩す。
ふらついた彼女を支える為、咄嗟に俺は彷徨っている彼女の手をしっかりと捕まえる。
支えを取り戻した彼女は安堵の笑みを俺に送る。
そして、俺も笑って返す。
徐に声の主の方へ向いて、彼女は喋り掛けた。

「なんだよ、アスラン!叫んだらびっくりするだろ」

そう、先程、彼女の名を怒鳴りつけたのは奴。
彼女は俺に微笑む同じ顔で奴に笑い掛ける。

「なんだじゃない!カガリがいなくなったってキサカさん達が大騒ぎしてるんだぞ!!」

奴の言葉に彼女は悪戯が見つかった子供のように顔を逸す。
よほど、ばつが悪いのか金の髪を軽く掻きながら外方を向く。

「あ〜、その…なんて言うか…ん〜…え〜と…」

良い言い訳が思い付かないのか、パニクっているのか解らないが何一つ言葉になってない。
早い話が誰にも知らせないでこのシミュレーションを彼女は計画したって事だ。

「言い訳は後だ!早く降りて来い!」

奴の有無を言わせない物言いに、彼女は小さくなる。
仕方なく、彼女はラダーを動かすが、俺が片手を握っているため降りる事は出来ない。
生まれたての子猫や子犬は庇護欲をそそる為、可愛らしい姿をしていると聞いた事がある。
本当かどうかは解らないけど、今、俺の目の前にいる彼女が正にそうだ。
眉は下がって困った顔をしている。
そして、明らかに助けを俺に求めている。
その姿が可愛いと思ってしまう俺は必然の感情だろう。
彼女を落ち着かせる為、俺は柔らかく笑いゆっくりと立ち上がる。
俺の鼓動は大きく脈打つ。
俺が姿を表した時、奴がどんな反応するか。
それが楽しみなのか、そうでないのか。
自分でもよく解らない。
ただ、間違いなく奴と対峙する事になるだろう。
彼女をかけて。

「そう、怒んなよ。姫さん、怖がってるぜ」

操縦席を出て、俺は外に立つ。
その時の表情は、俺が想像した域を超えていた。
驚愕と嫉妬。
これが入り交じっている顔。
奴とは長い付き合いだが、あんな顔を今まで一度も見た事がない。
俺は奴の予想以上の反応に可笑しくなったが、顔には出さずあくまでも普段の俺を通す。
立ち尽くし俺を見上げている奴の目の前で、彼女の腰に手を回し、上がってくる時とは逆に俺がラダーの主導権を取る。
すると必然的に彼女は俺を頼る事になる。
無垢な彼女は意識する事なく俺に抱き付く。
俺は見せつけるように、彼女を抱き寄せたままゆっくりとラダーで降りる。
呆然と目の前の光景を見ていた奴は、俺達の足が付くのを見て我を取り戻したのか慌てて近寄って来た。

「どうして、ディアッカがここにいるんだ!!」

俺を睨み付けて怒鳴る。
余裕のない表情だ。
俺が奴に答えようとして口を開いたが、声を発したのは彼女が先だった。

「あっ、あのな。ディアッカは悪くないんだ。私が無理を言って来てもらったんだ」

奴に怯えながら、俺を庇う彼女。
俺的には嬉しいけど、奴には火に油を注ぐだけだ。
オーラで言うなら真っ赤なオーラが全身を覆っているだろう。
正に、色んな意味で赤の騎士そのものだ。

「シミュレーションぐらいで目くじら立てんなよ」

俺はいつもの軽い感じで話し掛ける。

「黙れ!ディアッカ!」

俺を怒りに任せて怒鳴りつけると、彼女の方へ向き直る。

「カガリ!」

名前を呼び付けられただけで、彼女はびくりと震える。
おどおどしながら、奴を見上げる。

「あれ程、モビルスーツに乗るなって、言っただろ!」
「うぅ…でっ、でも、私だって戦いたいんだ。自分の出来る事したい」
「君一人加わった所で大した戦力にはならない」

彼女は力を全否定された事に、瞳を潤まして今にも泣き出しそうだ。
俺は堪らず言い返していた。

「そんな言い方、よくないんじゃねぇの」
「おまえなんかに話してない!」

奴の緑色の瞳は暗く澱んで嫉妬の炎が見える。
普段は熱くならない男が、彼女の存在で我を失っている。
こんな奴、まともに相手をする方が馬鹿らしい。
俺は彼女の肩に手を置いて、耳元にそっと口を近付けた。

「ここは俺に任せてAAへ先に行ってて」

俺は彼女を安心させる為、出来るだけ優しく、そして、プレッシャーを与えないように笑う。

「でも!」
「大丈夫!それにさ、早く行かねぇとケーキ無くなっちまうだろ」

彼女は俺の言葉に驚いたのか、何度も目を瞬かせる。

「ケーキ頼むぜ。俺、楽しみにしてっから」

そう言って、彼女の背を軽く押す。
急に彼女が歩き出した事に奴は慌てる。

「待て!まだ、話は終わってない!」

奴に言われて足が止まる彼女。
俺は後ろから気にするなって、片目を瞑って合図を送る。
俺の姿に安心したのか、気にしながらも彼女は格納庫を後にした。

「話なら俺が聞くぜ」

俺は奴の目を見て言った。

「おまえなんかと話す事なんてない」

目を逸して、彼女の後を追いかけようてする。

「逃げんのか」

厭味っぽく笑って挑発する俺。

「逃げるだと」

立ち止まって睨み付ける奴。

「ああ、俺から逃げてんじゃん」

俺は奴を見据えたまま言った。

「おまえは何が言いたいんだ」

イライラしているのか、奴は不機嫌そうに俺を睨み付けてくる。

「おまえの気持ちは解らないでもない」

俺の言葉に奴の眉はピクリと動く。
それを見ながら俺は続ける。

「好きな子を危険な目に遭わせたくないってそう思ってるんだろ?」

俺が核心をつくと、奴は驚愕して目を見張った。

「でも、俺は自信があるぜ」

奴は俺の言った言葉の意味が解らないらしく、怪訝な顔をしている。

「言葉通りだよ。俺なら愛した女は命懸けで守る。どんな時でも、どんな場所でも、どんな状況でもな」

俺の宣言に奴は微動だにしない。
いや、動けないのかもしれない。
予想外の人間からの挑戦状を叩きつけられたのだから。

「ディアッカ…おまえ…」

絞り出すように声を出す。

「先に出会ったのはおまえかもしれない。でも、世の中、早い者勝ちじゃないところを見せてやるよ」

俺は不敵に笑うが、奴は無表情のままだ。

「それに俺さ、負けるの嫌いなんだよね」
「へぇ…偶然だな。俺も負けるのが嫌いだ」

対峙する紫玉と緑玉。
その先にあるのは金色の光輝。




長いわりには結構勢いで
書いていたので何だか最後の方が
うまくまとまらなかった(泣)
何が書きたかったというと
ディアッカがアスランに
宣戦布告するところを
描きたかったんです!
だから、最後が
一番重要だったんですけどね…
でも、初のディアカガを
楽しく書けてよかったです

2008.9.8
2010.10.29移転










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