信号@

これ以上、進んではいけないって、そういう信号が出ている。
そう、何度も。
だから、俺は理解しているはずなんだ。
先へ進めば、きっと戻れなくなるって。
解っているはずなのに、どんどん溺れて深みに嵌まっていく。
解ってて溺れるなんて有り得ないはず。
俺はどうかしてる。



「ディアッカ〜!!」

呼ばれて振り返ると、俺とは違う金色の髪を揺らして走ってくる。
宇宙空間の中で走るという表現はおかしい。
むしろ、跳ねているが正しいだろう。
あっという間に距離が縮まって、俺の目の前まで来た彼女はそのまま抱き付いてきた。
ただ、勢いがよすぎて抱き合ったまま壁まで流され、どんっと壁にぶつかる。
当然、彼女を守るような形をとった。

「危ないじゃん、姫さん」
「あっ、ごめん」

俺の言葉に彼女は苦笑いする。
それでも、抱き合ったままだ。

「アスランなら、AAにはいないぜ」

彼女の用事は多分、奴だと思って俺はそう言った。
でも、彼女は不思議そうな顔をしている。

「なんで、アスランなんだ?」
「えっ、アスランに用があるんじゃないの?」

俺が聞けば、彼女は首を左右に振る。

「違う、今日はおまえに用があって来たんだ」

にこりと笑う。
その笑顔に脳内から、信号が送られる。
危険だって。
でも、俺はその信号を無視して彼女に話し掛ける。

「俺に用なの?」
「うん」
「どんな用事?」
「実はおまえにシミュレーションのコーチをしてもらおうと思って」
「シミュレーションって…もしかして、姫さん、モビルスーツに乗るの?」
「うん、私用の機体があるんだ」

嬉しそうに笑って俺を見詰めてくる。
その笑顔は無防備過ぎるという言葉がきっと当てはまる。

「別に、俺は構わねぇけど…」
「ほんとか!だったら早速、クサナギに来てくれ。私の機体があるから」

彼女は俺から離れ、今度は手を握って引っ張りだす。
猪突猛進ってこんな感じかと思いつつ、何故、白羽の矢が俺にたったのか気になる。

「あのさ、何で俺なの。こういう事なら、アスランでもいいんじゃねぇの?」

俺の問いに彼女の顔は見る見ると不機嫌になり、子供みたいに口を尖らせる。
まずい、地雷踏んだかも。
俺は慌てて言葉を付け足す。

「別にさ、姫さんが俺をご指名ならそれはそれでいいんだけど」
「……だって、アイツ、モビルスーツに乗るなって言うんだ」

俯いてちょっと涙目の彼女。
まぁ、奴の言ってる気持ちも解らないでもなかった。
好きな子を危険な目には合わせたくない。
それは自然な発想だ。

「ん〜、じゃさ、キラでもよかったんじゃない?」
「キラも駄目だ。アスランとグルだから」

キラに手を回してまで彼女にモビルスーツを乗らせないようにしたのか。
それだけ奴の本気さが伺える。

「はぁ〜、なるほどねぇ。あっ、ほら、あの地球軍のおっさんは?あれでも、一応凄い人なんだろ。何とかの鷹って呼ばれてたらしいし」

そこまで言ってはっとする。
やばい、また地雷踏んだかもしれない。
彼女がまた、不機嫌そうな顔になる。

「む〜、おっさんは……駄目だ」
「何で駄目なの?」
「だって……………教えて欲しかったら……キスしてとか言うんだ//」

語尾は小さくなって、恥ずかしいのか頬が桜色に染まる。
それにしてもあのセクハラ親父、ろくな事思い付かねぇな。
心の中で軽く舌打ち、彼女にはポーカーフェースで接する。

「ふ〜ん、それで俺に白羽の矢が立ったのか」
「うん…駄目か?ディアッカ?」

上目遣いでお願いポーズ。
これを断れる奴がいるなら、是非、お目にかかりたい。

「姫さん、さっき、OKって言っただろ」
「じゃあ、ホントにいいんだな」
「ああ、ディアッカ様は嘘吐かないぜ」
「ディアッカ!大好き!!」

手を握っていた状態から、飛び付くように抱き付いてきた。
彼女の言葉に計算はない。
素直に思った事を口にしただけ。
俺は一応、女の子とそれなりの付き合いをしてきた。
正直、これが計算ならそれらしい対応も出来る。
でも、裏表のない彼女にこっちがまいってしまう。

「はいはい、解ったから早くクサナギへ行こうぜ」
「うん!」

彼女はまた自然に手を握って、引っ張るように廊下を進む。
俺は流されるままついて行く。
いや、連れて行かれているの方が正しい。
彼女は俺が了承した事がよほど嬉しいのか、鼻歌を歌っている。
誰かさんに見られたら大変な事になるなと思いつつも、俺から手を離すつもりはなかった。



今、俺はパイロットスーツに着替えて彼女を待っている。
パイロットスーツは彼女ご指名だ。

「ディアッカ〜!!」

振り返ると、さっきと同じ要領で彼女はやって来る。
勢いよく俺に抱き付く。
まるっきりデジャヴだ。
ただ、違うのは彼女もパイロットスーツを着ているという事。
オーブ用の赤を主体にしたパイロットスーツ。
体のラインがはっきりとでているけど、胸のラインがよく解らないのでそこはとても残念。

「なぁ、姫さん。バスター持ってきた方がよくなかったか?」
「いいんだ、これで。機体を使ったシミュレーションで、うっかり損傷させたらエリカ達に怒られる」

舌を軽く出して茶目っ気たっぷりに笑う。
俺の中で、また、信号が発せられる。
でも、俺はその信号に慣れつつあった。
彼女に引っ張られて俺は格納庫に連れて行かれる。
そして、目の前に現われたのは薄紅の機体だった。

「これが姫さんの機体?ストライクによく似てんな」
「うん!ストライクルージュって言って、私用にカスタマイズしてもらったんだ」

彼女はご自慢の機体なのか、機体まで軽く飛んでって嬉しそうに足の部分を撫でている。
俺も彼女の後についていってストライクルージュの真下に立つ。

「んで、これからどうやってシミュレーションするの?」
「あっ、あのな、ルージュに乗ってするつもりなんだ」

そういうとラダーを降ろして彼女はそれに掴まる。
俺が黙って見ていると彼女は手招きする。

「ほら、ディアッカも来て、一緒に上がるぞ」

呼ばれて一緒にラダーに掴まる。
いやが応でも体が密着する。
俺は意識してしまうが、彼女の方は全く意識などなさそうだ。
完全に振り回されている。
そんな気がする。
まぁ、悪くないけどね。
数秒でコクピットに到着。
俺達は二人でそこに立つ。

「ディアッカが先に座ってくれ」
「ああ、解った」

そう応えて、俺は操縦席に座る。
すると、見ていた彼女は俺の膝の上に座った。

「えっ、姫さん?」
「うん、なんだ?」
「これって…」

正直、まずいと思う。
幾ら何でも膝の上に座るのは。
とはいえ、彼女は全く気にする事なく、しまいにはコクピットを閉めてしまった。

「ちょっ、ちょっと、姫さん」

薄暗い密室に二人きり。
俺はこの状況に焦って声を掛ける。

「ん?なんだよ、ディアッカ?」
「まずくない、これ?」
「何の事だ?」
「だから…この状況」

密室で膝の上に座っている状況。
俺からは金の髪と背中しか見えないけど、手を少し動かせば簡単に抱き締められる。

「もう、何だよ!これでいいんだよ」
「えっ、これでいいの?」
「うん、ちょっと待ってて、今、シミュレーターを動かすから」

彼女は機体を起動させ、内部にあるシミュレーターを稼働させる。
手を動かす度に軽く足が揺れ、俺の足にも揺れが響き足が触れ合っている事を意識させられる。
柔らかい感触と少し重みのある圧迫。
普通の人間ならイチコロだと思う。
この俺だってやばいんだから。
あまたの信号が送られて、気付かないふりをするのに必死。
心中で大きな溜息を吐きながら、現状を冷静に受け入れる。

「なぁ、姫さん。俺、一つ疑問があんだけど」
「なんだ?」

モニターを見ながら返事する彼女。

「このシミュレーションなら、パイロットスーツに着替えなくてもよかったんじゃない?」

モビルスーツを使わないシミュレーションなら、着替える必要なんてない。
俺の疑問に彼女は振り返る。
モニターの光しかない薄明かりの中、金の髪を揺らして彼女は言った。

「雰囲気だ!」

汚れの無い透き通ったオレンジの瞳を細めて鮮やかに微笑む。
幾多も発せられていた信号が意味を成さなくなった瞬間だった。



溺れるのが怖かったのか、溺れる自分を認めたくなかったのか。
最早、俺にはもうどうでもよくなった。
信号の意味を理解しつつ、無視して進んだ未来はどうなるか解らない。
まぁ、元から未来なんて解らないものだから。



Aへ続く










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