約束C

カガリの顔は明らかに落胆する。
一方、男達は舐めるように見下ろしてくる。
厭らしい視線に嫌悪感を抱いたカガリはまた顔を下ろした。
その内の一人がカガリに声をかける。

「ねぇ、何してるの?」

答える必要もないカガリは口を聞かない。
暫く、沈黙が続く。

「暇してるならさ、俺達と遊びに行かない?」

にやついた顔でめげずに誘う。
その言葉にカガリはつい顔を上げる。

「…大人は子供とは遊ばないんだろ」

今朝のイザークの態度を思い出し、カガリは目の前の男を睨み付けてふてぶてしく返した。
けれど、男は一瞬驚くが、すぐににやついた顔に戻る。

「確かに、大人は子供とは遊ばない。でも、子供が大人になれば一緒に遊べる、そうは思わないかい?」

男の言葉にカガリは訝しく凝視する。

「俺達と一緒にくれば君を大人にしてあげるよ」

黒い笑みのままで男はカガリの手を差し伸べる。
カガリはじっとその手を見詰める。
大人にしてあげるという言葉は今のカガリにとって魅惑的すぎた。
大人になれば今度こそイザークにお嫁さんとして、認めてもらえるかもしれないといやでも考えてしまう。
自分達の言葉に心揺らいでいるカガリの姿が手にとるように解った男は駄目押しをする。

「ほら、大人になる為、俺達と一緒においで」

差し出されて手をカガリは無意識にとってしまっていた。
握られた手を持って男達はカガリをブランコから立たす。

「さぁ、いこう」

下心を隠してあくまで優しく接する。
カガリは頷いていた。
大人しく自分達についてくる姿に男達は含み笑いをするが、カガリはその事を気付いていない。
走りに走って懐かしい公園にイザークは漸く辿り着いた。
すぐさま園内に入ってブランコを目指す。
予想通り初めて出会ったブランコの前にいたカガリの姿に、イザークは胸を撫で下ろす。
視界に姿をとらえた事に安心したイザークは、傍らにいた男達の存在まで認識していなかった。
全速力で走ってきて息の切れているイザークは膝に手をつ下を向いたまま喋りかけた。

「ハァ…ハァ…カガリッ…気付いてやれなくて…酷い事を言って…約束も…忘れてて……ホントに…済まなかった…」

イザークは照れもあって顔を見て言う事が出来なかった。
それでも、誠意を込めて言葉にした。
もう探しに来てくれないと諦めていたカガリにとって、イザークが来てくれた事だけで心は熱くなる。
カガリは堪らずイザークの元へ駆け寄ろうとするが、突如、男達に両手を捕まれそれは叶わなかった。

「何するんだよ!離せよ!!」

睨み付けて怒鳴るカガリ。
だが、その程度で男達は怯まない。

「お嬢ちゃん、大人してあげるって言っただろ。それに、大人っていうのはな、自分の行動に責任を取る事なんだよ」

カガリを誘った男は厭らしく笑うと、力ずくで連れて行こうとする。
必死に抵抗するが力では叶わない。

「離せってば!!」

カガリの叫び声にイザークは目の前の状況を漸く理解する。
助けようとカガリの元へ向かうが、もう一人の男がイザークの邪魔をする。

「可愛い年下の彼女と痴話喧嘩でもした?悪いね。あの子を大人するのは、俺らだから引っ込んでてくれる」

言うや否やイザークに殴りかかる男。
寸前で交わし、拳を食らう事はなかったが、無理によけた為足元がふらつく。
男はさらに容赦なく攻撃を仕掛ける。
よけるだけで精一杯のイザーク。
後退しながら避けている最中、目の端に捉えたのは軽薄な男が無理矢理カガリを公園の外へと引っ張っていく姿だった。
自らが先刻描いた状況に余りにも酷似した場面に、イザークは一瞬で頭に血が上った。
男が繰り出す拳をぎりぎりでよけると、体内を巡る怒りを吐き出すように男の鳩尾に拳を決める。
鈍い音と呻き声は同時に響き渡った。
公園の外には男達の車があり、カガリは乗せられそうになる。
現状に恐怖を抱き何とか逃れようと暴れるが、男はカガリを決して離さない。

「やだ!!助けて、イザーク!!」

名を大声で呼ぶが、男は鬱陶しそうにカガリを車の中へ力ずくで押し倒す。
座席に倒され怯えた目でカガリは男を見上げると、ニヤニヤと薄笑いを浮かべていた。
車のドアを閉めようとした瞬間、男の手は止まった。
ゆらりと動いたと思えば、そのまま地面に倒れ込む。
状況についていけないカガリは呆然と倒れた男を見ていた。
すると、強い力に働きカガリは車の中から引っ張り出される。
気付けばイザークに抱き締められていた。
驚きのあまり硬直しているカガリは何も紡げない。
視線を横にすれば艶のある銀の髪。
感じるのは暖かな体温。

「間に合ってよかった」

心の底から安堵している声。
今起きている状態をカガリは漸く理解する。
イザークに助けられたのだと。

「イザーク!」

助かった喜びとイザークが来てくれた喜びが、一つになってカガリは力一杯抱き締め返した。
互いに存在の大きさを思い知らされたイザークとカガリ。
今まで、欠けていたモノが埋まっていくのを感じる。
流れる時間がこの瞬間だけ止まっていた。
確実に。
イザークとカガリの時が止まっていたとしても、周りの時間は動く。
地べたに倒れていた男が意識を取り戻し、ゆっくりと立ち上がる。
その光景がカガリには見えていた。
男が意識を取り戻した事を逆を向いているイザークに知らせる為、カガリは離れようと試みたが力強く抱き締められておりそれが出来ない。

「イザークッ!!」

先程発した歓喜の呼び声とは違い悲痛な声でイザークを呼ぶ。
が、イザークは全く気付いてない。
完全に立ち上がった男は薄く笑うと、イザークの頭を目掛けて強く握った拳を振り下ろす。
カガリは恐怖の余り瞑ってしまう。
暫くしても、カガリが恐れていた事は起こらなかった。
不思議がっていると、男の情けない悲鳴が聞こえてきた。
恐る恐る目を開けたカガリと、声に驚き振り返ったイザークの視野に入って来たのはよく見知った人物だった。

「イチャつくのは現状を解決してからにしようぜ。イザークちゃん♪」

ふざけた感じで注意してきたのはディアッカだった。
姿を脳で認識した途端、慌ててカガリから離れるイザーク。

「どっ、どうして貴様が…ここに!?」

会社で別れた筈のディアッカが目の前にいる事に、驚きを隠せないイザーク。
カガリは状況についていけず呆然とディアッカを眺める。

「どうしてって、おまえを心配して来てやったに決まってんじゃん」
「そうか…でも…貴様はそんな素振りを見せなかったじゃないか」
「ん?邪魔しちゃ悪いかと思ってだな…こっそりとつける事にしたんだ♪」

軽く笑いながら行動を吐露するディアッカ。
反対にイザークのしかめっ面になる。

「貴様っ!!」
「そんなに怒るなよ。俺は兄心としておまえが心配だっただけじゃないか」
「嘘だな。貴様は面白がってここに来ただけだろ!」
「まぁ、一理あるけどね」

睨むイザークと楽しそうにするディアッカ。

「てめぇら!無視してんじゃねぇよ!!」

ほったらかされた男は堪らず声をあげる。
いつの間にか離れた場所に男が立っている。
イザークに倒された男も走ってきて合流する。
男2対2で牽制しあう。
身体を震わして縮こまるカガリに気付いたイザークは、後ろに立たせて身を隠させる。
男達は不機嫌そうに睨みつけて引く気配はない。
闘志全開のイザーク。
一人、飄々としているディアッカ。
カガリは心配そうに光景を見守る。

「あのさ〜、何かやる気満々みたいだけど〜、止めといた方が君達の為だよ〜」

ディアッカは軽い感じで話し掛ける。

「ハッ!ビビってんのかよ!!」
「ん、いいの?じゃあ、連絡しちゃおっかな〜」

不敵な顔して意味深な笑いを浮かべているディアッカ。

「ハァ!?」
「俺の親、刑事なんだよね…おたくら、一度世話になってみる?」

ディアッカの一言で二人の男は一瞬で凍りつく。
その様子を見ていたディアッカは徐に携帯を取り出す。

「知ってる?警察ってさ、身内には甘いんだよ。特に上の人間の立場には、さらに弱いんだよね〜…所謂、警察官僚ってやつ?」
「そっ、そんな脅しにのるかよ!!」
「やれるもんなら、やってみろよ!!」

顔を引きつらせながらも強がる男達。

「あっ、そう。じゃ、権力使っちゃお…そうそう、素行の悪い奴なら小さな犯罪でもパクれるんだよ。暴言で侮辱罪。殴ったら傷害罪。あっ、殴りかけたから傷害未遂かな」
「何言ってんだよ。先に手出したのはてめぇらだろ!!てめぇらの方が捕まるだろうが!!」
「あれ〜、聞いてなかったの?身内には甘いって。俺達の罪なんてなかった事に出来るんだよ。世の中って、よくできてるよね〜」
「「!!…」」

顔を見合わせて、完全に黙り込む二人の男。

「ああっ!!一番大きな罪があったわ〜。略取誘拐罪。しかも、未成年者略取のおまけつき。これは……重いんじゃねぇ?」

ディアッカはにやりと意味ありげに笑う。
男達が動揺しているのはカガリにも解るぐらい明白だった。

「…あっ、もしもし。親父?今、カグヤ公園にいるんだけど。鬱陶しそうなのに絡まれてんだよ。近くの交番警官呼んでくんない?」

携帯を掛けながらちらりと男達に意味深な視線を送る。
男達は慌てて乗ってきた車へと走り出し、車の傍にいたイザーク達は退く。
すると、男達は車に飛び乗り、すぐさま発進させてその場を後にする。
イザークとカガリはただ目の前の光景を眺める。

「じゃあね〜」

ディアッカだけがヘラヘラと軽々しい笑いを浮かべたまま、去っていく車に手を振っていた。



漸く方が付いた状況にイザークは深い溜息を吐く。
3人は互いの顔を見渡した後、同じ様に安堵の笑みを浮かべる。

「それにしても知らなかった。ディアッカのお父様が警察官だったなんて」

カガリは目をクリクリと大きくして驚いた表情でディアッカを見上げる。

「実はそうなんだ。姫さん、驚いた?」
「うん!」

ディアッカは楽しそうに答えて、カガリは興味津々の様子だ。

「コラ!カガリに嘘を教えるな!ディアッカ!!」

ディアッカの態度に堪らず怒鳴りつけた。
イザークの言葉にカガリは首を傾げる。

「うそ?」
「コイツの父親は警察官じゃない」
「えぇっー!!ほんと!?」

驚愕の事実にカガリは何度も目を瞬きさせる。
ディアッカは肩を震わして愉快そうに笑う。

「さっきの電話も実際は掛けてないだろ」
「よく解ったな」
「伊達に貴様と長年一緒に付き合ってきてない」
「嘘も方便って言うっしょ」
「何が方便だ…と言いたい所だが、貴様のお陰で大事にならなかった事には感謝している」

照れくさくディアッカの顔を見ず、イザークは礼を言った。

「何、照れちゃってるの?俺とイザークの仲じゃん!」

ディアッカは楽しそうにイザークの肩を組む。
イザークは嫌そうにしながらも顔は笑っていた。
カガリも釣られて笑う。
空気はまるで6年前に戻っていた。

「仲良く思い出話に浸りたい所だけど、俺はでここで帰るわ。邪魔しちゃ悪いし〜」
「えっ、ディアッカ、帰っちゃうのか?」

カガリはぎゅっとディアッカの裾を掴み、帰らないで欲しいと態度で示す。

「うん、本当は一緒にいたいところだけど、この状況ですら青筋立ててる奴がいるんだよね〜」
「あおすじ?」
「そう、嫉妬全開で睨み付けてくる奴」

ディアッカはカガリの後方を見やる。
促されるようにカガリも振り返る。
そこにはやや不機嫌な様子のイザークが此方を見ていた。
「?…どうかしたか、イザーク?」
「いや…別に…」

イザークは平静を保とうとはしているが、不機嫌さは隠せていない。

「ククッ、ホント解りやすいな〜、イザークって」
「煩い!!用が済んだら貴様はとっとと帰れ!!」
「そんな言い方するなよ!ディアッカは助けてくれたんだぞ!」
「その事に関して礼は言ってる!」
「でもっ!」
「元々、コイツは面白がって俺の後を追ってきたんだからな!!」
「そうかもしれないけど…そんな言い方、よくない!!」



Dへ続く










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