未来永劫


 暗闇に、光が差す。それと同時に沸き起こる歓声が、人々の年明けの合図だ。

 一月一日、初日の出スポットと呼ばれる海岸で、大勢の人々が初日の出を迎えた。神々しい初日の出が現れた瞬間は、皆一斉に歓声をあげる。太陽光に煌めく漣と、光に塗りあげられてゆく夜空は圧巻で、目が離せない。そんな光景を眺め、人々は今年も始まったと意気込むのだった。

 そんななか。

「綺麗だね、栄吾」
「そうですね」

 のんびりと会話を交わす二人。申渡栄吾と、辰己琉唯。もう何度も二人でこの光景を見てきている。一年に一度のこの光景を美しいと思うし、特別なものだとも思うが、慣れてもきていた。周囲の人々のようにはしゃぐことはなく、ゆるゆるとした調子で新年を祝っていた。

「栄吾」

 辰己がちらりと申渡を見つめて、微笑む。小首を傾げれば、その色素の薄い髪が光に照らされきらきらと光を纏った。瞳のなかで星屑のように瞬く反射光はあまりにも綺麗。見惚れる申渡に、辰己はいたずらっぽく笑う。彼の言いたいことはわかった。「今年もよろしくね」、と言っているのだ。でも、二人でいることが当然の二人に、言葉はいらない。申渡も同じようにふっと微笑んでみせると、辰己は嬉しそうに頬を染めた。



***



「あけましておめでとう、栄吾くん」

 初詣から帰ってくるころには、すっかり朝になっていた。正月は申渡家と辰己家で宴会をすることになっているため、申渡も辰己も二人で辰己家の家に帰ってきた。

 二人を出迎えたのは、辰己の母。当然のように辰己の隣にいる申渡に、にっこりと微笑んで新年の挨拶をする。

「あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします」
「ふふ、こちらこそ。うちの琉唯のこと、めんどうみてあげてね」

 彼女が申渡に辰己のことを頼むのは、毎年のことだ。そして、彼女と一緒に辰己もしれっと「よろしくね」と言うのも。「そろそろ栄吾くんから卒業しなさい」と苦笑いしながら彼女に言われて辰己が「ふふ」と笑うのも。辰己は申渡に一緒にいてもらうことが突然だと思っていて、それが永遠だと思っている。だからこそこの会話が毎年繰り返される。申渡としては辰己のお世話を任されることが嬉しい、というより辰己にとって一番近い存在でありたいと思っているから、新年のこの会話が正直楽しくて仕方がない。辰己の親にそれを認めてもらえるのだから。

「夜の宴会のお手伝いしますね」
「本当? 助かるわ! 栄吾くん、本当に頼りになるから琉唯のお婿さんにほしいなあ。……なんちゃって」
「あはは、なんですか、それ」

 他愛のない会話。ふざけ半分の彼女の言葉に、少し動揺しそうになった。まさか、彼女は自分たちの関係を知っているのか、なんて。

 申渡と辰己は、恋人同士だった。ずっと一緒にいて、誰よりも隣が居心地良くて……気付けば、恋人に。恋人になったからといってあまり今までと関係は変わっていないけれど、キスとかその先をするようになったという変化はある。親がそんなことを知ったらびっくりするだろうなと思った申渡は、今のところはできれば彼女には黙っていたいと思っていたため、彼女の発言に動揺してしまった。

 でも、やはり彼女は冗談で言っただけのようだった。からからと笑っている。しかし。ホッとしたのも束の間、

「うんうん、俺のことお嫁さんにしてよ、栄吾」

 なんて辰己が言ってきたから、申渡はおもわず顔を赤らめてしまった。



***



「栄吾、ね、栄吾」

 宴会は、夜。挨拶回りももう少し経ってからだということで、二人は少しだけ辰己の部屋で休むことになった。二人きりになると、辰己がもそ、と申渡にくっついて甘えたように名前を呼んでくる。

 可愛い。普段はみせないこの甘えたな態度がたまらなく可愛い。

 申渡がぷるぷると震えながらその感動を抑えるように真顔になっていると、辰己がしたり顔で囁く。

「俺のお婿さんになってくれないの?」
「……た、辰己」
「くれないの?」
「……死ぬ時まで一緒にいますよ。ずっと」
「真面目ー。結婚しよ、くらい言ってよ」

 辰己はくすくすと笑いながら頬を染める。

 申渡は真面目だから、男同士で結婚はできないから「お婿さん」とか「お嫁さん」とかいった言葉を言わない……というのは、辰己はわかっていた。でも、それに代わる最上の告白を貰えたため、辰己は嬉しくてにやけてしまったのだ。恥ずかしそうにむすっとしている申渡の横顔を見つめながら、満足そうに目を閉じて肩に頭を乗せる。

「ずっと一緒ね、栄吾」
「はい、辰己」

 ちらりと申渡が辰己を見下ろす。ぱちくりと瞬きをした辰己が、ふ、と微笑んだ。そのまま、導かれるように唇を寄せていったが……

「だめです、今日は元日ですよ!」
「……え?」
「姫始めは二日からです! 性的な触れ合いを元日にしてはいけないのです!」
「ひ、姫始めって……どこまでも真面目だね、栄吾。っていうかキスくらいいいんじゃない?」
「念には念を、です」
「ええー?」

 お堅い発言と共に、申渡は口付けを拒否した。あんまりな彼の行動に辰己は吹き出しそうになりながらも、むー、といじけてみせる。そんな辰己の表情にしまった、と思ったのか。申渡はぎゅっと辰己の手を掴んで、呟いた。

「二日になったら、しましょう」
「えっ。う、うん。そうだね、栄吾」

 申渡はきっと、何も考えないで言ったのだろう。しかし、それを言われた辰己の心境といえば。「明日抱かれる」と頭の中に焼き付けられてしまったのだから、とてもじゃないが平静ではいられない、ものすごく恥ずかしい……そんなものだった。らしくもなくカーッと顔を真っ赤にして、俯いてしまった。



***



「今年もありがとう、栄吾くん。今日は泊まっていくの?」
「そうですね……いいですか?」
「ええ、もちろん」

 無事、夜の宴会も終わる。なかなかの人数で開かれた宴会はそれはそれは賑やかで、夜遅くまで続いた。申渡も辰己も、お酒を飲んだりはしなかったが、場酔いをしてしまってくらくらである。そんななか床に就こうとする二人を、辰己の母が見送ったのだった。BGMは、二次会を始めだした父たちの歓声だ。

「琉唯も栄吾くんと一緒に客間で寝るのよね。お布団、客間に敷いておいたからね」
「うん。ありがとう」

 お泊りの時は客間で二人で寝る、というのがいつもの流れだ。小さい時からのことだから、家族も当然のようにそう考えている。寝る直前まで二人で会話をしているのだから、せっかくだから辰己もそのまま客間で寝てしまえ、という考えのことだ。

 辰己の母に見送られながら、二人は客間に向かった。宴会場から、だいぶ離れた部屋。広い辰己の家は、部屋が離れれば騒音も聞こえてこない。

「あっという間に今日が終わっちゃうね」
「お正月は慌ただしい」
「うん、まったくだね、栄吾」

 客間に到着すると、先ほどまでの騒ぎは嘘のように静寂が佇んでいた。なかにはいって、ぱたん、と扉を閉じる。

「うーん、疲れた」

 今日は朝早くから行動していたし、もう眠いな。辰己がそう感じてまっすぐに布団に向かったときだ。

「辰己」

 ぎゅ、と。後ろから、申渡が抱きしめてきた。

「……栄吾?」

 静かな空間。ひんやりと冷たい空気。そのなかの、しっとりとした声と、熱を帯びた肌。妙にどきっとしてしまって辰己が何気なく顔を上げたときだ。

 視界に入ったのは、時計。時刻は――

「抱いていいですか、辰己」
「……ッ、」

――0時を越えていた。

「我慢していたんです。今日一日、ずっと辰己にこうして触れたかった」
「え、栄吾!? ま、待っ……ん、」

 いつも、生真面目な性格が体現されたような表情をして。自分から触れ合いをしようとはあまりしてこなかった申渡が。あんまりにもストレートに欲求を言葉にしてきたものだから、流石の辰己も動揺してしまった。

 ちゅ、と首筋を吸われて、辰己の体がぴくんと跳ねる。こんなこと、いつもしてこないのに……と辰己の肌はみるみるうちに紅に染まっていく。

 二日だから、姫始めとやらをする日だから、こんな調子なのだろうか。いや、違う。今日一日辰己に触れることができなかった申渡は、焦れていたのだ。一日中そばにいて、甘い言葉なんかも交わしたのに、それでもキスすらも赦されない……その状況が、今の申渡を作り上げた。

「栄吾……だめ、だよ……俺、まだ心の準備が……」
「抱きたい、琉唯」
「……っ、えい、ご」

 積極的な彼には慣れていない。目眩すらも覚えて、辰己は一切の抵抗ができなかった。ばくばくと高鳴る心臓、熱を帯びる頬。くらくらとしていれば、いつの間にか布団に押し倒されていた。

「あっ……!」

 それからの申渡は、とにかくすごかった。辰己がついていくのに必死なくらい。

 申渡は、いつも以上に優しく抱いてきたのだ。全身に甘いキスを落として、辰己をとろとろに溶かしていった。

「んっ、……あ、……」

 こんなにも優しく全身に触れられるのは久々で。いつも、十分に優しいけれどそれ以上で。頭の中が真っ白になって、おかしくなってしまいそうだった。あそこを口で解されているときなんて、恥ずかしさと快楽でぐちゃぐちゃになっていた。

「栄吾、……」
「琉唯」
「はっ、……あ、ぁ……」

 ローションを使わなくてもいいくらいに、そこは辰己が自らだした先走りでぐしょぐしょ。なかを、たくさんたかさん弄ったから。敏感な部分をぐっ、ぐっ、と押し込むようにして指で揉み込まれれば、勃ち上がったものからはとろとろと蜜が溢れてくる。自らのだした恥ずかしい液体でびっしょりになって辰己は恥ずかしそうにしていたが、それ以上に快楽が勝っていた。蕩けた声で申渡の名前を呼び、もっと、と懇願した。

「琉唯、可愛い」
「……っ、えいごも、かわいい、よ……? んぁっ、……あ、」
「貴方には、負ける」

 申渡は辰己に覆いかぶさり、ゆっくりと熱を挿入していった。随分ともう、申渡の息も荒い。 表情こそはいつもの仏頂面。しかし、首筋やこめかみに汗を伝わせ、瞳には情欲を燃やす彼に、辰己はもう虜になっていた。表情と彼の胸の内に飼う劣情の乖離が、恐ろしく色っぽい。見つめれば見つめるほどに体が熱くなって今以上に感じてしまって、壊れそうになるというのに……目が離せない。辰己がきゅんきゅんと疼く心臓に喘いでいれば、申渡の熱は奥へ到達する。ぐん、と腰が押し込まれて、辰己の体はぐっと撓った。

「……っ、キツ、」
「……えーご、」
「琉唯、……」

 辰己の腕が、脚が、申渡に絡む。それを合図にするように、申渡は抽挿を開始した。ゆっくり、なかのひだを丁寧に擦るようにして抜いていって……そして、ぐっと一気に奥を突き上げる。パンッと音を鳴らして腰と腰をぶつければ、辰己の全身が揺さぶられ、シーツがくしゃりと音をたてる。

「はァっ、……あっ、……あ、え、ーご……!」
「琉唯……」
「あっ、……そこ、……っ、えーご、」
「ここ、ですか、」
「あっ、おかしくなっちゃ、……あぁっ、」

 ズン、ズン、と重い快楽が辰己の下腹部から脳天を突き抜ける。挿れられているという感覚もわからなくなって、ただひたすらに渦のような快楽が下腹部に溜まっていってぐずぐずになってゆく。

 いつも以上に感じているかもしれない。気持ちいい、すごく気持ちいい。

 辰己はわけがわからなくなって、申渡の背に爪をたてて首に噛み付いた。申渡は一瞬目を眇めたが、そんな甘い痛みも快楽だとでもいうように唇の端をあげる。彼にそんなことをさせられるのは自分だけだ、と。そんな優越感もあるのかもしれない。

「はっ、えーご、……い、イク、……」
「琉唯、私も、」

 何度もなんども突き上げて。二人の限界が近づいて来る。

 申渡はぐぐっと辰己の奥に猛りを押し付けるようにして腰を押し込み、そして辰己の後頭部を掴んで唇を奪った。キスをしながらイクのが、二人とも大好きだから。

「んッ……!」

 ビクビクッ、と体を震わせて、辰己が達する。それと同時に、申渡も吐精した。

「はぁ、……ぁ、」

 一気に襲い来る倦怠感に、二人は脱力する。挿れたまま、体勢を変えてごろりと横になると、二人は額を合わせてくすくすと笑いだした。

「栄吾、今日一日俺をこうすること考えていたの?」
「……」
「ふふ、照れてる。俺は、今日一日栄吾にこうされること考えていたよ。予想以上にすごかったけどね、栄吾」
「ッ、辰己、」

 はあはあと息を切らし、瞳を潤ませながら辰己は微笑む。辰己の言葉に赤面した申渡は、しどろもどろになっていたが、そんな申渡に辰己はやはり笑いかけた。

「やっぱり、栄吾、可愛い」
「……辰己」
「来年も、再来年も、毎年。これ、しよ? 栄吾」
「……はい」

 あけましておめでとう、そんな言葉を辰己は甘ったるい声で囁いた。申渡は参ったと苦笑しながら、同じ言葉を辰己に返し。そして。笑い合いながら、二人は唇を重ねるのだった。
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