教えてノワール様(中編)
しわのよった布団の上に横たわる彼を見下ろし、ラズワードは高揚する。ノワールはラズワードの視線から逃げるようにして、枕に顔を埋めていた。
挿入までの準備が、よっぽど堪えたらしい。それは、いつもセックスのときも堂々としている彼が、「電気を消してくれ」と懇願するほど。ただ、相当恥ずかしかったようだが、抵抗は口だけで、意外にもすんなりと何でもさせてくれた。
「ねえ、ノワール様」
「……ん、」
「頼みが」
「……何」
「……口で、してくれませんか」
伏せっていたノワールがぎょっとした様子で顔を上げる。ノワールはゆっくりと視線をラズワードの下腹部まで持って行き……そして、むっと顔をしかめた。
「……もう、十分勃っているだろ」
「んー……まだ微妙ですよ」
「……そんなに、してほしいのか?」
「お手本、見せてくださいよ。後学のためにも」
「……俺、したことないから……たぶん、おまえのほうが上手いと思うけど……」
ラズワードがにっこりと笑うと、ノワールは渋々といった様子で体を起こした。そして、のそのそとラズワードに近づいていき、じっとそれを見下ろす。
「……俺、本当に下手だけど……?」
「珍しいですね、自信なさげなノワール様なんて」
「だから、これは……経験がないんだ……」
「本当に一回もやったことがないんですか?」
「男を相手にしたのはおまえが初めてだって言っているだろ。俺は、セックスはそれなりにしたことがあるけれど、女を抱いたことしかないんだってば……」
「へえ〜。じゃあ、フェラに関しては、俺が先生してあげます」
「……おまえなあ」
ノワールはため息をつく。だんだんとこいつは俺に対して遠慮がなくなってくるな、と思いながらも許してしまうのは、彼に惚れてしまっているからか。ノワールはたどたどしい手つきながらも、素直にラズワードのベルトを外していく。
「……何、笑っているんだ」
「いえ?」
――なんか、可愛いなあ。
いつものスマートさはどこへいったのか、ノワールはもたもたとベルトを外している。そんな彼の肩に、ラズワードが触れた。そうすると、ノワールは驚いたようで、びくっと肩をふるわせて顔をあげる。この程度の刺激でこの反応を見せるのだから、彼は少し緊張しているらしい。
「なっ……なんだ」
ラズワードがノワールのシャツを掴み、するすると肩から下ろしていく。シャツは腕で引っかかり、中途半端に脱げた状態になってしまった。しかし、それがまた艶やかで、ラズワードはほうと息をつく。
「いや、ノワール様の体、綺麗ですよね。骨の形が」
「骨……? 意味がわからない……」
「肩とか、肩甲骨とか。骨のでっぱりが、すごく綺麗なんです」
「ん、……だからって触るな……集中できないだろ」
「だって手持ち無沙汰だし……」
はだけた肩が、部屋に差し込む月明かりをまとう。暗闇の中で、その白い体がなまめかしくラズワードの目に映った。自分の前に跪くようにして体を丸めている彼を見ていると、触れたくなってしまうのも仕方ない。
「……」
ノワールの手が、堅くなったラズワードのものを緩く握る。しかし、すぐには咥えず、顔を上げて、不安げにラズワードを見上げてきた。
彼はよっぽど、「出来ない」という経験が少ないのだろう。上手くできそうもない口淫に、不安があるようだ。そんな彼の表情が新鮮で、可愛らしくて、ラズワードは思わず彼の顔を撫でてしまう。
「ノワール様」
ラズワードがノワールに顔を寄せると、彼は導かれるようにして目を閉じた。ちゅ、とキスをすれば、ノワールが軽く顔を傾けて、自らキスを深めてくる。
唇を離し、視線を交わす。わずかに揺れているその瞳を見て、彼のこんな表情を見られるのは自分だけだろうと、ラズワードは悦に浸る。
何度かキスを繰り返せば、少しばかりノワールの心も解れたようだ。不安げに揺れていた瞳に熱が灯っている。
「ノワール様……じゃあ、しゃぶって」
ラズワードが親指でノワールのこめかみを撫でると、彼はくすぐったそうに目を閉じて、そして、まぶたを開ける。ぼう、と熱っぽい視線を下ろし、ゆっくりと体をかがめて、先端に口づけた。
「――……、あ、上手……ノワール様」
先端に、繰り返し優しい口づけ。そして、細い指で竿を擦る。焦らしながらも、少しずつ昂ぶらせていくようなその触れ方に、ラズワードは思わず吐息を漏らす。
ただ、もどかしいのは、ラズワードからはノワールの表情が見えないことだ。彼がどんな表情をしながら男のペニスに唇を寄せているのかを見たくてたまらないのだが、どうしても見えない。ただ、彼の肩が、首が、背中が、美しくて、ラズワードは見蕩れてしまう。そっと手を伸ばし、彼のうなじを撫でれば、彼はぴくっと体を震わせて、ペニスに唇をくっつけた状態で「あっ……」と小さく喘いだ。
「ノワール様……やめないで……」
「……、でも、……そこ、おまえが触るから……」
「ここ、感じます?」
「ぁ、……、……そこ、……感じる、」
「可愛い……でも、やめないで。続けてください」
ノワールも興奮しているのが、ラズワードも見て取れた。体を触られ、小さく声を上げながら、ペニスにキスを繰り返す。彼のなまめかしい吐息がペニスにかかって、ラズワードもどきどきとしてしまった。
「――、ん」
先端に吸い付かれ、ラズワードが小さく声を上げる。堅くなったペニスを、ノワールがゆっくりと口に含んでいった。
ペニスがだんだんと温かいものに包まれていく感覚に、ラズワードは思わずため息を漏らす。
「……、ほんとに、ノワール様が……俺の、フェラしてる」
「……、」
ラズワードが声を上擦らせて言葉をこぼせば、ノワールは気に障ったのか軽くラズワードの太ももを叩いた。やはり、彼はプライドが高めのようだ。ラズワードはふっと笑って、「すみません」と言いながら彼の頭を撫でる。
ラズワードがノワールの髪を耳にかけてやると、彼はつん、とした表情をして眉をひそめる。しかし、彼は素直に目を閉じて、ゆっくりと頭を動かし始めた。ぬぷ、ぬぷ、と小さな音がしていやらしい。彼は恥じらいがあるのか、動きは少々控えめだ。
「ね……ノワール様、もう少し、深く……挿れられますか?」
「ん、……?」
「このくらい……」
「ん、ん……!」
ラズワードがノワールの後頭部に手のひらをあてて、ゆっくり手を押し込んでいく。先端が彼の喉奥に当たると、彼が軽く咳き込んだ。そこまで挿れられるとは予想していなかったのだろう。しかし、ノワールはラズワードの意図を理解したようで、一旦口からペニスを抜くと、はあはあと息を切らせながらも「わかった……」と呟く。
従順で、可愛い。そんなことを思って、ラズワードは目を細める。
ノワールが再びペニスを咥える。そして、ラズワードが教えたとおり、先端が喉奥に当たるまで深くに咥え込んでいった。そして、ペニスに刺激が加わるように、ぐぐ、と先端を奥に押し当てる。
「ん、――」
小さくノワールがうめき声を上げる。しかし、彼は口淫をやめることなく、続けてくれた。喉奥にペニスが当たるように、ぐ、ぐ、と大きくピストンをしてくれる。
「……、あっ……ノワール様、……すごい、本当に……セックスしてるみたい、」
喉奥に肉棒を突っ込めば苦しいのは当然で、ノワールはしんどそうに息をしながら頭を上下させた。彼がここまで辛そうにしている姿は、なかなか見ることのできないレアな姿だ。自分のために頑張ってくれているノワールの姿に、ラズワードはじわじわとこみ上げてくるような喜びを覚える。
――ああ、やばい……犯したい。
「――んッ……ゲホッ――……、げほっげほ、」
その刺激があまりにもセックスに似ていたので、ついラズワードは腰を揺らしてしまった。そうすればペニスが喉の奥の奥に入り込んだのか、流石のノワールもむせてしまう。ノワールはペニスを引き抜いて、体を丸めるようにして苦しそうに咳き込んでしまった。
「す、すみません、ノワール様……大丈夫ですか?」
「はあっ……はあ、……いや、俺のほうこそごめん、」
ノワールは手の甲で口を拭い、ちら、とラズワードを見つめた。その瞳は、涙で濡れている。
――うわ、泣かせちゃった……。
彼に辛いことをしてしまい、申し訳ないと思うのに――ゾク、と熱が貫くような感覚が、ラズワードの中に突き抜ける。
「……ラズワード、まだ、……満足していないだろ」
「えっ、いえ……十分、気持ちよかったですよ」
「嘘つけ」
ノワールは息を切らしながら、ゆっくりとラズワードに近づいてくる。
だめだ、本当に彼を犯したくてたまらない。
こみ上げる衝動をラズワードが抑えていると、それに気付いているのかいないのか、ノワールは無情にもすり……とラズワードの胸元に顔を擦りつけた。
「あのまま……俺を、どうしたかった……?」
「――っ、……それは、」
「……ラズワード、……」
「……っ」
――ああ、彼も、……犯されたいのか。
彼の熱っぽい吐息に、彼の真意を知る。ラズワードはノワールの両肩を掴むと、じっと彼の顔をのぞき込んだ。そして、「四つん這いになって」と囁く。
「わかった、――……」
ノワールの瞳が熟れる。
泣きそうなその表情は、彼の中のプライドが決壊した証か、それとも彼の奥深くに潜んだ欲求が叶えられた悦びか。
ノワールは言われるがままに四つん這いになり、はあ、と唇から吐息を漏らした。恥じらいからか、顔は下に向けている。しかし、暗がりでもわかるほどに耳が赤く染まっていて、それがかえっていやらしかった。
ラズワードは立ち上がり、さら、とノワールの髪を撫でる。四つん這いになった彼を見下ろす、その光景はまさしく絶景。肩甲骨や背筋の陰影が、あまりにも美しい。
こんなこと、絶対に許されない行為だろう。ノワールの名前を冠する彼に獣のような格好をさせて、彼の目の前にペニスを突きつけて。けれども、彼は嫌がっていない。
ラズワードはノワールの前髪をかき上げるようにして頭を強く掴んだ。こうすると、彼の顔がよく見える。彼が悩ましげに瞼を伏せたのも、頬が紅潮しているのも。よく見える。
ペニスの先端を、彼の唇に押し付ける。いとも容易く、ペニスは彼の口の中に入り込んでいった。
「ほら、全部咥えて……ノワール様……」
「ん……」
一番奥に押し込むと、ノワールの体がビクビクと震える。苦しいのだろう。それでも彼は抵抗しなかったので、ラズワードは軽く腰を揺すった。セックスをするように、彼の喉奥を目掛けてピストンをする。
「ンッ、んッ、ン、ン……」
「はぁっ……ノワール様……気持ちいい……」
ぎゅ、ぎゅ、と彼の喉奥が締まる。気持ち良すぎて、つい思い切り突きたくなる。けれど、すでに苦しそうな彼に、流石にそこまではできない。
「ンッ――ん、……ん、……」
苦しそうな声が、わずか、上擦る。その響きはどこか、秘めやかだ。はらはらと涙が流れていて、美しい。
「ノワール様……ねえ、感じてるんですか、もしかして……」
……そういえば、彼は首が感じやすいが、喉はどうなのだろうか。もしかして、こうして犯されて……恍惚としているのだろうか。
「……ノワール様……奥、突いていいですか……」
「……、」
「何も抵抗しないなら、やりますよ……」
――ああ、犯したい、犯したい……!
ラズワードがノワールの後頭部を掴み、ぐぐっとペニスを奥まで突っ込む。彼が咽せていないことを確認しながら、奥の奥まで押し込んだ。
「ン――……」
相当苦しいのだろう。彼の呼吸が小刻みにヒクヒクと繰り返される。ぐ、ともう入らないところまで押し込むと、がふっ、と一瞬彼が咳き込んだ。ノワールがぎゅっと手を掴んできたが、ラズワードは引かない。彼はまともに息もできないのか、苦しそうにうっすらとまぶたを開いている。
「ノワール様……イイ?」
「――……」
ラズワードが尋ねる。
そうすれば、ノワールがこくんと小さく頷いた。窒息しそうなくらいに喉を犯されて、彼は感じていたのだ。
ラズワードの目が細まる。ラズワードは軽く腰を揺すった。そうすれば、ノワールの頭がかくんかくんと揺すられる。もう、彼はろくに呼吸ができていない。目がぼんやりとしていて、顔が赤く染まっている。そろそろ、ノワールの限界が来るだろう。それはわかっていたのだが――ラズワードは彼を責めあげた。もう、抵抗することもできない彼を、限界まで責めあげた。
「アッ――」
ずぼ、と彼の口からペニスを引き抜く。そうすれば、彼の体ががくりと崩れ落ちた。瞬間、彼は激しく咳き込んでしまう。自らの首を掴み、可愛そうなくらいに繰り返し咳をして、時々嘔吐いている。しばらくすると咳は落ち着いたが、体を丸めて、はー、はー、と過呼吸に陥っていると見紛うほどに深い呼吸をしながら、散らされた花のように横たわっていた。
……すごく、綺麗だ。
ラズワードはゾクゾクとしてしまって、うっとりと目を細めながらしゃがみ込む。くしゃくしゃとノワールの頭を撫でれば、彼はとろん……とラズワードを見上げてきた。目元が涙で濡れていて、ちらちらと光るのが美しい。
「……俺、……あまり、上手くなかっただろ……?」
「いいえ……すごく、興奮しました」
「……そうか、それなら……よかった……」
「……ノワール様は? 苦しくなかったですか?」
「……わからない……少し、意識が飛んでいた……こんなの初めてで、……」
「少し、休みますか?」
「……、」
少し危うげな様子に、ラズワードも心配になってしまった。声が小さくて、聞き取りにくい。
一旦休憩した方がいいだろう、とラズワードが提案したのだが、ノワールがぎゅっとラズワードの手を握ってそれを制止する。
「……ばか……こんな状態の俺を、放置するつもりか……ラズワード、頼むから……最後まで、俺を……」
吐息混じりの声。ラズワードが顔を近づければ、至近距離で視線が交わる。
黒髪の隙間から覗く瞳が、涙と汗で濡れている。刺すような、滴るような、冷くも熱い色香が漂っていた。
おかしてくれ――掠れ声で囁かれて、ラズワードは耐えきれずに彼に覆い被さった。