教えてノワール様(前編)



 ラズワードとノワールの関係をひとことで表すのは難しい。というのも、その時々によって立場が違うからである。

 ただ、ひとつだけ、今も昔も変わらない関係性があった。ラズワードにとって、ノワールは剣の師である。それは今でも変わらない。彼の教えを、今もずっと守っている(つもり)。なので、二人の関係を説明するときに、とにかく何もかもを省いて簡単に言葉で表すとしたら――師弟、かもしれない。


「ノワール様は、教えるのが上手だと思うんです」

「……そう? たぶん、俺の教えについてこれる奴なんてそうそういないと思うけれど」

「まあ、かなりスパルタですしね」

「ああ、殺すつもりでおまえには教えたつもり」

「はい、殺されるかと思いました」

「うん、それで……なんでその話を今する?」


 ノワールは少しばかり困惑した表情でラズワードに尋ねた。

 それもそのはず、これから情事が始まるといったそのときにラズワードがそんな話をしてきたからである。ラズワードはノワールを押し倒し、ジッと真剣な眼差しでノワールを見下ろしていた。


「いや……だから、また教えてもらいたくて」

「え、何? 剣術? おまえにはもう教えることは全部教えただろ」

「そうじゃなくて、セックス」

「……はあ?」


 ――セックスを教えろ? 何言ってんだこいつ。

 ノワールは意味がわからず、眉をひそめる。

 ラズワードは、セックスの仕方なんて散々教え込まれているはずだ。彼にとってはいやな思い出だろうが、あの施設では男を喜ばせる方法を嫌というくらいに叩きこまれる。そもそも、施設のことを抜きにしても何度もセックスなんてしてきただろうに、今更何を教えろというのか。


「お恥ずかしながら……俺は、人を抱いた経験はものすごく少ないものでして……」

「ああ……抱かれたことはあっても、抱いたことはほとんどないと」

「はい……」

「そして、それを俺に教えろと」

「はい……」

「今、実践で? 俺を相手に?」

「はい……」

「いい度胸してるな、おまえ」


 ――なんで俺が、童貞の筆おろしみたいなことをしてやらなきゃいけないんだ……。

 ノワールはため息をつきそうになったが、ラズワードは真面目に言っているようである。

 ノワールは体を起こし、難しい顔をしているラズワードに、こつ、と額をぶつけた。ラズワードはほんのり顔を赤らめて、じっとノワールを見つめてくる。


「……べつに、俺はおまえを下手なんて思ってないし、今のままでいいと思うけど」

「でも……ノワール様、あんまり声を出してくれないじゃないですか」

「抑えてるし」

「なんで抑えるんですか」

「なんで出さなきゃいけないんだよ」

「聞きたいじゃないですか!」

「俺は出したくない!」

「俺は聞きたい! 抑えられないくらい、ノワール様に感じてもらいたい! だから、教えてください!」

「……っ、」


 必死すぎて軽く引く――とノワールは軽く口元を引きつらせたが、やはりラズワードは本気のようだ。

 これまで、ノワールは何度かラズワードに体を許した。正直、彼に抱かれるのはかなり精神的にくる。決していやというわけじゃないし、心を昂ぶらせたのも事実。ただ、ノワールはラズワードよりも年上だし、立場的にもかなり上……というより、誰かに組み敷かれるなんて、本来ならばあってはならない立場にあるのがノワールだ。彼に抱かれるときは、彼とのセックスに没入しきれていない部分があったのもまた事実なのである。

 ラズワードも、心のどこかでノワールのそんな心境を感じていたのだろうか。そう思うと、ノワールもなんとなく申し訳なく思ってしまった。一応――彼のことは、とても大切に思っているので。


「……はあ、」


 ノワールはポスッとラズワードの肩に顔を乗せる。

 彼に自分の抱き方を教える……って、なんだか随分と恥ずかしいことをさせられるような気がする。けれど、これくらいのことはしてやってもいいだろう。彼は、彼のすべてを自分に捧げてくれているのだから。


「……一回で覚えるんだぞ」

「はい!」


 ノワールが顔を上げる。そうすれば、にこっと笑っているラズワードの表情が視界に飛び込んできた。

 こいつ、馬鹿なんだよなあ……と思いつつ、どこか彼に絆されている自分がいることに、ノワールは気付いてしまったのだった。





 セックスを教えると言っても、何を教えればいいのだろうか。いつも、俺が女性を抱くときにしていること? それとも、俺がされたいこと? 

 きっとラズワードが知りたいのは後者だろう。しかし、それを教えてしまっては面白くないというか、セックスの楽しみが半減するような気がして、ノワールは結局前者を教えるのだった。

 愛の言葉を忘れないこと。愛撫をしながら、相手の体を探ること。相手の性感帯を見つけたら、さりげなく、それでいていじわるに責めあげること。

 ……といった感じで一般的な内容を伝えたつもりだったのだが。


「……ノワール様は、胸はそんなに感じないんですね」

「面白くない?」

「いーえ。貴方の感じるところをこうやって探すのは楽しいです。知ってるところだけ責めてもつまらないですし」

「……知ってるところ?」

「知っていますよ、あなたの性感帯」


 え、とノワールは声を出しそうになった。

 まさかラズワードが自分の性感帯を知っているとは思わなかったのだ。……というより、ノワール自身、自分の性感帯を知らない。まあ、下半身を責められればそれは感じるが、ほかに感じる場所なんてあっただろうか。

 ノワールが驚いたような表情を浮かべたのが面白かったのか、ラズワードが笑う。


「ここですよね」

「――ッ」


 ちろ、とラズワードがノワールの首筋を舐める。そして、動脈のあたりを唇でちゅっと挟むようにして吸い上げた。


「あっ……」


 そんなところ、他人には絶対に触らせない場所。なぜなら、理由は単純――急所だからだ。攻撃されれば即死する場所。

 だからこそ、ノワールは感じてしまうのだ。他人に命を握られるという感覚。相手がラズワードだからこそ、許したその場所。そこを愛撫されると、頭が真っ白になるくらいに気持ちいい。体が快感を拾っているというより、心が酔っているような気分になる。


「相手の反応がよくなったら……そこを、責める……んですね」

「待っ……ラズワード、待て……あっ、そこ……あまり、吸うな……」

「どうして?」

「あっ……! 想定外だ、こんなにすぐに、やられるなんて思っていなかった、」

「貴方は貴方の教え子を舐めすぎです」

「あ、……ぅ、」


 手を重ね、指を絡めて。ラズワードがノワールの手を握れば、ノワールは何度も確かめるようにして手を握り返してきた。すがりつくような彼の仕草に、ラズワードはたまらないものを感じて恍惚とする。


「あっ……、あ、……」

「ノワール様、……優しく舐められるのと、噛まれるの、どっちが好き……?」

「……、う、」

「ああ、それは……貴方の反応をみながら、探らないとでしたね」

 
 ラズワードが首筋を舐めると、ノワールの口から、く、と吐息を噛むような声が零れる。彼の吐息はどこか湿度が高く。色っぽいなあ、とそんなことを考えながら、ラズワードは舌先で彼の首筋をなぞっていく。


「こういうときは、甘い言葉といじわるな言葉、どっちを言うべきですか?」

「……それも、自分で考えろ」

「……うーん、」


 ノワールの息が少しずつあがっていくのを聞きながら、ラズワードは考える。この人、病的なマゾヒストだからなあ……と。とはいえ、ただ単にいじめられるのが好きというわけでもなく。とにかく彼は、面倒くさい人なのだ。 

 彼の求めている言葉は、何だろう。


「あッ――……」


 かり、と軽くラズワードが歯をたてると、ノワールの声が上擦る。ああ、切羽詰まったようなその声、最高にいい……。そんなことをふと思って、ラズワードはぽろっと言葉をこぼす。


「可愛い、ノワール様」

「っ……、――……」

「可愛いですね」

「あ……」


 善さそうな声。彼は、今はどうやら甘やかして欲しいらしい。体は責めて、心は甘やかして。倒錯しているあたりは、なんとも彼らしい。


 ぐ、と彼の白い首筋に歯をめりこませれば、彼は息を詰まらせたように呼吸を止めた。片方の手はラズワードの手を強く握り、もう片方の手はラズワードの背に回して爪をたて。ラズワードに身を任せるように、ぐ、とのけぞって、首を晒す。こんなことをされれば責めないわけにもいかず、ラズワードは強く彼の首に噛みついた。彼の後頭部を掴み、獣のように彼の首に食らいつく。


「は、……っ、は、……、は、……」


 ラズワードの背に回った彼の手が、何度も何度ももがいていた。くしゃ、とラズワードのシャツを握ったかと思えば、ぐ、と強く爪をたて、指の腹でひっかいたと思えば、またシャツを握る。


「あ、……あ、」


 泣きそうな、聞いたこともないような、ひっくり返ったような掠れ声で鳴いたかと思うと、途端にノワールは勢いよくラズワードの背に思い切り爪を立てた。ビク、と体が震えたので、ラズワードが全体重をかけて彼の体を押さえ込めば、彼の唇からは「あっ……」と諦めたような甘ったるい声が零れてくる。


「……イったんですか?」

「……、」


 はあ、はあ、と息が上がっているノワールの顔をのぞき込み、ラズワードが尋ねる。ノワールは夢見心地といった表情でラズワードを見つめ返し、ゆっくりとまぶたを下ろした。


「……さあ……射精を伴わない絶頂は、経験がないから……どうにも……」

「……気持ちよかったですか?」


 ノワールのまぶたが開かれる。前髪がぱらぱらと広がっていて、額が見えている。どこかうっとりとしたその視線に、ラズワードの体温がかっと上がった。


「ああ……すごく、……感じた……」

「……! ノワール様が俺を褒めるなんて珍しい!」

「……そうでもないだろ、……あ、おい、」


 ノワールは気怠そうに呼吸をしていたが、ぴく、と身をよじらせる。ラズワードがノワールの腹を撫でたからだ。へそのあたりをゆっくりと撫でて、そのまま手のひらを下へ滑らせてゆく。


「続き、教えてください」




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