発情した犬はとまらない
「お、よう、スイ」
「……橡」
スイが庭で落ち葉を掃いていると、頭上から声が降ってきた。見上げてみればそこにいたのは、優雅に木の上でくつろいでいる、橡。
最近の彼は、少し優しい。以前は刺々しい態度をとってきていたが、今の彼は穏やかに微笑んでいる。意地悪そうな瞳は変わっていないのだが。
「ちょっと忠告だけしておこうかなって思ってさ」
「……忠告?」
「茜柿いるだろ? あいつ、発情期に入るから気をつけろよ」
「……はい?」
唐突に、橡はそんな忠告をしてきた。しかし、スイはすぐに理解できず、首をかしげる。たしかに茜柿は犬だからそういうことがあるのはおかしくないが……
「……雄犬って発情期あったっけ?」
「正確に言えば、発情できる年齢になるってことだよ。雄犬は大人になると雌をみつけて万年発情するだろ。今まで茜柿はガキだったからそれがなかったけど、そろそろそういう歳になってきたってこと」
「茜柿ってまだ子供だったの?」
「図体デケえからわかりづらいけど俺よりずっと年下だ」
言われてみれば、茜柿は言動が他の妖怪よりも子供っぽい。一人だけスイを「雨瀧さん」と呼んでくるのも納得。人間年齢でいえばスイよりも下だったのかもしれない。
スイはなるほど……と思いながらも、何かひっかかって首をかしげる。じっと橡を見つめて、そして……かっと顔を赤らめた。
「ま、待てよ、俺がなんで茜柿に発情されるんだ! 俺、雌じゃないけど!」
「うるせえよ俺に抱かれて雌みたいにきゃんきゃん鳴いてるくせに」
「んなっ……」
雌認定されて怒るスイに、橡は意地悪に笑う。
「せいぜい気をつけろよ」とわざとらしく言って、橡はそのまま飛び立って姿を消してしまった。
***
朝の掃除が終わって、スイが部屋で休憩をしていたときだ。少し喉が渇いたと感じた矢先に、戸の奥から声が聞こえてくる。
「雨瀧さんー! お茶淹れたんですけど、一緒に飲みませんかー?」
「……茜柿? ありがとう、じゃあいただこうかな」
丁度喉が渇いていたスイには、茜柿の登場は非常にありがたいものだった。なんの抵抗も覚えずに彼を呼べば、すっと扉が開いて、盆を持った茜柿が現れる。
「雨瀧さん、さっきまでお掃除していたんでしょう? 喉渇いてるかなって」
「うん、すごく喉渇いてた」
「よかった……! 丁度よかったですね!」
茜柿はにこにこと笑って、スイの隣に座り込んできた。そして、スイの湯のみにお茶を淹れて差し出してくれる。
すごく気が利くなあ、とか、茜柿は懐いてくれているところが可愛いなあ、とか。そんなことを思いながら、スイは淹れてもらったお茶を飲んでいた。渇いた喉に、淹れたてのお茶がよく沁みる。
茜柿は町に行ったら美味しそうな団子が売っていたとか、綺麗な女の人がいたとか、そんなことを楽しそうにスイに話してきた。相変わらず茜柿は無邪気な犬のようで、ぱたぱたと揺れるしっぽの幻覚が見える。
「いやあ、町はすごく楽しかったです。でも、このお茶を買ったら早く雨瀧さんに飲ませてあげたくなって、急いで帰ってきちゃいました」
「……俺に?」
「だって雨瀧さんに喜んで欲しいから! 俺、雨瀧さんの笑っている顔、大好きなんです〜」
へへ、と照れたように茜柿は笑った。それはそれは、可愛らしい言動だ。スイも嬉しくなってついつい頬を緩ませてしまった。しかし――次の茜柿の行動に、スイは固まる。
茜柿が、すりすりと頭をスイの体に擦りつけてきたのである。別に、その行動自体は不快でもなんでもない。ただ――橡の言葉を思い出してしまったのだ。茜柿は、そろそろ発情期に入る、と。
「俺、雨瀧さんのことしか考えられなくて」
「……な、なんで俺?」
「わからないです、でも、雨瀧さんのことを見てるとどきどきするし、欲しくなっちゃう」
「はっ!? えっ、ちょ――」
まるで告白みたいなことを――!
スイはぶわっと体の内側から熱が爆発するような感覚を覚えた。こんな風にまっすぐにそういったことを言われると、参ってしまう。でも茜柿はスイの返事を求めている様子もないから、自分が何を言ったかなんて自覚はしていないのだろう。ただ思ったままに言っただけであって――そう、思ったままに、言っただけ。
スイのことを見て「欲しくなった」らしい茜柿は、あっという間にスイを押し倒してしまった。スイはぎょっとして抵抗しようとしたが、もう遅い。大きな体にのしかかられては、身動きなんてとれない。
「ま、待て待て待て、俺は雌犬じゃないー!」
「何言ってるんですか、そんなのわかってますよ。雨瀧さんだから、欲しいんです。雨瀧さん……いい匂い」
「か、嗅ぐなー!」
やばい。やばいやばい。スイは即座に身の危険を察する。茜柿は過去にスイに変態行為を働いてきた男だ。発情期に入って、その状態でそういった行為をするなんて――危険でしかない。とにかく危ない。
「つ、橡……教えてくれたなら責任とって助けろよ、橡ー!」
「橡さん? 橡さんがどうしましたか、俺のことみてくださいよ、雨瀧さん」
「あっ……」
ばたばたと暴れるスイを、茜柿ががっちりと手で拘束する。そして、唇を奪ってしまった。
それは、捕食のような、口付け。スイのことを食べてしまうような勢いで、がっつりと唇を重ねてくる。スイも抵抗ができないため、されるがまま。愛おしそうに、でも強引に。そんな口付けは……次第に、スイの抵抗を解いてゆく。スイはいつしか暴れるのを止めて、茜柿に体を委ね始めていた。
「――はァ、……雨瀧さん……色っぽい、顔」
「待って、茜柿……俺、……雌じゃないから、子供、産めないよ」
「そんなの、わかってますよ。雨瀧さんを抱きたくてしょうがないだけ。……でも、雨瀧さん……いやらしい体つきしてるから、子供産めちゃうかも。ほら、ここに俺のいーっぱい種付けすれば」
「だっ……茜柿、……ぁんっ……」
全身を、くまなく愛撫される。がぶがぶと、甘噛も一緒に。スイのことを好きで好きでたまらないといった茜柿の愛撫はあまりにも気持ちよくて、スイもついつい甘い声をあげてしまう。後孔を弄くられたときにはもう、びくびくと腰を震わせながら雌犬のごとく嬌声をあげていた。
すっかり、後孔がぐちゃぐちゃにほぐされる。茜柿は夢中でスイのソコをべろべろと舐めて、そして指で掻き回してきた。秘部を激しく貪られて、スイは唇の端から唾液をこぼしてしまうほどに、感じてしまっていた。敏感な部分をそんなに激しくされてしまったら、こうなってしまうのも仕方がない。
「雨瀧さんに、種付けできる……どうしよう、俺、止まらない」
「さ、されがき、……あぁあっ……」
とろとろになったソコに、興奮した茜柿が猛りを突っ込んできた。その挿入に優しさはなかったが、スイの孔は十分に柔らかくなっていたためスイも痛みを覚えることはなく、最奥をドスンと突かれて甲高い声をあげた。
ガツガツと、それは「獣のように」といった比喩を体現するような抽挿。茜柿は目を爛々と輝かせて、スイを突いて突いて突きまくってきた。スイはガクガクと体を揺さぶられて、ただただ儚い声をあげることしかできない。必死に茜柿にしがみついて、意識を飛ばないようにするのでやっとだった。
何度も何度も突いた、スイが涙を流しながらイッたとき――茜柿も、達した。びゅるるっ、とスイの中に精を吐き出して、満足気に息を吐く。
「はぁっ……は、……されがき……」
「雨瀧さんの、なか……最高……きもちー……」
「んっ……ま、って……うごかないで、……」
「はぁ、……もっと、もっと種付けしたい……まだ、はいりますよね、雨瀧さん……」
「――え?」
激しい性交に、スイもさすがに疲れを感じていた。しかし――茜柿は、吐精を終えたというのにスイから自身を引き抜こうとしない。それどころか、またそれを堅くして、息を荒げ始める。
「まっ――だめ、だめっ、俺、もうイッて……!」
「だって雨瀧さん、まだ妊娠してないでしょ?」
「俺は妊娠しない、から、……は、……あァっ――」
ガン、と思い切りまた奥を突き上げられた。イッたばかりで敏感になったスイの体は、その一突きだけでまた達してしまう。
「まだ、俺、出るからね、雨瀧さん」
「やっ、あっ、あっ、あっ、だめ、っ、あっ、ゆるし、てっ……」
茜柿は、止まらない。再び何度も何度もスイを突いてくる。スイはガクガクと震えて、潮吹きまでしてしまって、たくさんイッた。茜柿は限界を知らないようにスイのなかにどんどん精を注ぎ込んでゆく。
「はやく、俺の子、産んで。雨瀧さん――」
***
「ごめんね、雨瀧さん……」
すっかり暴走してしまった茜柿に着いていくことができず、スイは途中で意識を飛ばしてしまった。流石の茜柿もマズイとわかったようで、スイのことを休ませてあげていた。
布団に寝かせて、そして裸のスイを抱きしめる。茜柿はスイのうなじに鼻を寄せて、匂いを嗅いだ。
「……いい匂い、雨瀧さん。雨瀧さん、雨瀧さん……」
もう、今日は無体を働かない。それは決めていた。茜柿はうわ言のようにスイの名前を呼びながら、ぐっと自分の欲望を押さえつける。
「……へへ、いっぱい」
スイの下腹部に、手をのばす。くるりと円を描くようにしてなでてやると、スイが「ん……」と可愛らしい声をあげた。
ここに、たくさんたくさん注ぎ込んだ茜柿の種がはいっている。茜柿はそう思うと胸がいっぱいになった。
「俺の番(つがい)になってくれないかなぁ、雨瀧さん」
ふふ、と笑う。そして、うなじに噛み付いた。
発情した犬はとまらない…終