その犬は待てができない
「雨瀧さん! あの、これ……雨瀧さんのためにつくったんですけど……!」
顔を真っ赤にしてスイにシロツメクサの冠を差し出している青年の名は、茜柿(されがき)。犬の妖怪らしい彼は「わんこ」という言葉が本当に似合うような青年だ。この屋敷に住まう者全員を慕い、にこにこと笑って接する。どうやら彼にとってスイは特にお気に入りのようで、スイと話すときの彼の背後には、ぶんぶんと勢い良く振られるしっぽの幻がみえるほど。
「あ、すごい。ありがとう茜柿」
「よ、よろこんでもらえて嬉しいです!」
差し出された冠をスイが受け取れば、茜柿は太陽のようなきらきらとした笑みを浮かべた。「かぶってみてください」なんて言われたものだからスイが照れながら頭にそれをのせてみれば、茜柿は目を輝かせる。
「似合います! 雨瀧さん、すごく可愛いです!」
「か、可愛いって……俺に花、似合うかな」
「すごく! 似合いますよ! 雨瀧さんは華奢で可憐で美しくてもう本当に花がお似合いです! 可愛いです!」
「そ、そう?」
あんまりにも褒められてしまって、スイはたじたじだ。女性に贈るような褒め言葉に、どう反応したら良いのかわからない。でも茜柿の眩しい笑顔のおかげか悪い気はしない。
しかし、ずいずいと迫られてスイは少し困ってしまった。茜柿は他人との距離感が普通よりも狭いのだろうか、話すときもだいぶ顔が近い。スイがそろそろと後退しながら苦笑いしていると、誰かが茜柿を後ろからぐいっと掴む。
「茜柿ー、こんなところでなにやってんだよ。今日花和良町のうまい飯屋一緒にいく約束だっただろ」
「あっ、橡さん! そうでしたね、すみません!」
茜柿を掴んだのは、同じく屋敷に住まう妖怪・橡だった。どうやらご飯の約束をしていたようで、橡はスイを無視して茜柿をずるずるとひっぱってゆく。茜柿はひっぱられながら、ぶんぶんとスイに手を振っていた。
「あ、あのー! 雨瀧さん! 今夜お部屋いってもいいですかー!? 俺もっと雨瀧さんとお話したい!」
「いいよー! いってらっしゃーい」
スイも茜柿に手を振ってやる。
茜柿にだいぶ懐かれているということをスイも感じていて、彼の唐突な申し出もとくに違和感を覚えることはなかった。今までは外で話したりするくらいだったから、部屋のなかでふたりきりで話すのもいいかな、と思ってスイは快く頷いて、茜柿を見送ったのだった。
***
「雨瀧さん〜! おじゃまします!」
夕食を食べ、風呂からもあがったスイが一人、自室で勉強をしているところに茜柿は入って来た。手には袋を持っている。何をもっているのだろうとスイは不思議に思ったが、特に聞いたりはしなかった。
「雨瀧さん、俺、今日ずっと雨瀧さんのことばっかり考えていました!」
へへ、と笑って茜柿はスイに抱きついてきた。すりすりと頬ずりをされて、スイは戸惑いながらも茜柿の頭を撫でてやる。相変わらずの距離感に戸惑ってしまうが、よくよく考えてみれば彼は犬だ。姿こそは人間そのものだが、中身は犬なのだからこうして甘えてくるのもおかしな話ではない。そんなに気にする必要もないかとスイは茜柿の抱擁を受け入れていた。
「雨瀧さん雨瀧さん、俺、もっと雨瀧さんと仲良くなりたいです」
「俺も茜柿と仲良くなりたいよ」
「ほ、ほんとですかー! 嬉しいです!」
わんわん、なんて聞こえてきそう。思わずスイが吹出せば、茜柿はスイを押し倒してしまう。犬が戯れているのだと思っているスイは、とくに抵抗をしない。首元に擦りついてくる茜柿を、よしよしと撫でていた。
「そうだ、雨瀧さんに似合うと思ってもってきたものがあるんですよ! 付けて欲しいな」
「昼間のシロツメクサみたいな?」
「はい! 可憐な雨瀧さんにこれ、すごく似合うと思います!」
茜柿はひょいとスイから飛び退いて、もってきていた袋をあさりだす。着物でも持ってきたのだろうか。それとも、洋服? はたまた装飾品。なんだろうとスイがわくわくとしていれば、茜柿はあるものを手にとって、じゃん、とスイに見せつける。……しかし、それをみたスイの表情は優れなかった。なにせ、それは――身に付ける類のものではないような気がしたからだ。
「……それ、似合うって……どういうこと?」
「え、似合うでしょ? 綺麗な赤」
茜柿の手にあったのは……赤い縄。一体それが似合うとは、どういうことなのか。スイはわけがわからない、といった表情をしていれば、茜柿が縄をもって近づいてくる。
「雨瀧さんにつけてみてもいいですか!?」
「……腰にでも巻くの? 女の人の晴れ着みたいに」
「いえ、全身に!」
「……全身?」
え、とスイが固まると、茜柿がスイの着物に手をかける。抵抗する間もなく、ぐい、と肩をはだけさせられてしまった。
「え、ちょっ、」
「痕はつかないようにしますから!」
ばたばたと抵抗しだすスイを押さえつけ、茜柿はその身体に縄を巻き出した。妙に複雑な縛り方で、茜柿はどんどん縄を巻いてゆく。
「まっ、待って、茜柿!」
「ちょっと大人しく、ね、雨瀧さん」
「さ、茜柿、」
にっこりと微笑んだ茜柿の表情は、あくまで忠犬。しかし、行動が表情に伴っていない。すうっと細められた瞳には、ゆらゆらと情欲の炎が灯っている。机の脚に結びつけるようにして、手を頭上に拘束され、そして脚はぱかりと開かれた状態で固定される。胸を強調するような縛り方をされ、乳首がつんと勃つ。その艶かしさといったら。さすがにスイも、状況を把握し始めた。
「茜柿……」
「綺麗です、雨瀧さん」
「あっ、ちょっ……」
全身を縛り終えると、茜柿はスイに覆いかぶさってきた。そして、首筋にちゅうっと吸い付く。
「俺、雨瀧さんに一目惚れしちゃったんです……本当に綺麗で。こうすればもっともっと綺麗になるんじゃないかって……ずっと思っていました」
「綺麗になるわけないだろ! 馬鹿か! こんな変態じみた縛りかたのどこが!」
「……わからないですか」
茜柿は起き上がると、じっとりとスイの身体を舐めるように見つめた。そして、すうっとスイの腹から胸をなで上げる。縛られて敏感になった肌は、それだけでぴくんと反応してしまった。
「いやらしくて、ほんのり火照ったスイさんの肌。少しだけ怯えたように震える瞳。ぞくぞくします。本当に……綺麗」
「え、茜柿、おまえ、」
知らなかった。茜柿が――変態だなんていうこと。うっとりとしながら縛り上げられたスイを見つめるその表情は、変わった性癖を持っているようにしかみえない。いまさらのように危機を覚えてスイがぶんぶんと首を振れば……残念なことにさらに茜柿を煽ってしまったようである。茜柿はだん、とスイの横に手をつくと、片手で乳首をきゅうっとつまみ上げた。
「ひゃあっ……」
「声も綺麗……」
くにくに、と乳首をもまれてスイは身体を捩りながら甘い声をあげる。徐々に紅く染まってゆくスイの白い肌をみて、茜柿は恍惚とした表情を浮かべた。スイの首筋に汗が一粒浮き出たのを発見すると……ためらわずにそこに口付ける。
「あぅ……」
べろり、と舐め上げられて、スイはぞくぞくと鳥肌がたってしまうのを感じた。そのままいたるところをぺろぺろと舐められる。顎、耳の付け根、それから耳たぶをねぶられて耳孔に舌をねじ込まれて。乳首をこりこりされながらそんなことをされて、スイはふるふると震えながら喘ぐことしかできなかった。
「あぁ……だめ、……」
「ん……雨瀧さんの乳首、桜色で綺麗ですよね。いっぱい触ってあげます」
「や、やめ……はぁ……ん……あん……あぁ……」
両方の乳首をいじられる。勃ってしまっている乳首は芯をもってしまっていて、少しきゅ、と摘まれただけでもたまらなく気持ちいい。刺激を与えられるたびに、ずくん、と下腹部が疼いてしまう。
ゆらゆらとスイの下半身が揺れ始めたのを感じたのだろうか、茜柿は身体を起こしてスイの開かれた股間をまじまじとみつめる。縄によって強制的に開かれたそこのまんなかで、穴が呼吸をするようにひくひくとしている。
「はは……ここも綺麗だ」
「さ、されがきっ……それは、だめぇ……」
茜柿が吸い寄せられるように、スイの尻に顔をうずめた。そして、その窄みに舌を這わせる。
「ふぁ……はぁん……」
ぞわわ、とゆるやかな電流が下から這い上がってきた。穴の周囲の皺をなぞるように舌先でそこを舐められるととてつもない羞恥心や拒絶が生まれるが、それ以上の快感が襲い来る。きゅんっ、きゅんっ、と意思でも持っているかのようにそこはひくついて、奥のほうがぶるぶると震えてしまう。ぐにぐにといりぐちのあたりを舌で押されて舐められて、唾液がまるで愛液のように尻肉の割れ目に伝っていく。たまらなくいやらしい気持ちになって、スイは熱に浮かされたように顔を赤らめる。
「やだ、やだぁ……あぁん、あぁ……」
「美味しい、雨瀧さんのお尻」
「やめろぉ……ふあぁ……」
「雨瀧さんの身体はどこも綺麗で、美味しいです」
「あぁ……あん……あぁん……」
舌がぐりぐりと穴の中にねじこまれた。その瞬間、ぎゅうーっと穴の中が締まる。ずるりと異物がはいってくるその感覚を、スイの身体は快楽と感じ取ってしまったのだ。びくびくっと身体を震わせて、仰け反ってしまう。
「あぁあ……いや、いやだぁ……」
「泣いてるの、雨瀧さん……泣き顔も綺麗ですね」
「ふざ、け……あぁん……」
「気持ちいい? 気持ちいいね、雨瀧さん。ほら、ここもぐっちょぐちょ」
茜柿がスイの性器を握る。突然握られてびくっとスイの腰が跳ねたことなどおかまいなし。先からだらだらと流れている先走りを指に絡めとり、鈴口に塗りつけるように指先でくりくりとそこを撫でつける。そして同時に後孔に突っ込んだ舌をひくひくと動かす。
「あぁん、あん、あん……」
腰が蕩けてしまう。ぴちゃぴちゃと音をたてながらしつこくそこを弄られて、スイの秘部はとろとろになってしまった。口から唾液をこぼしながら甘い声をあげれば、さらに責めは激しくなってゆく。ぐちぐちと性器の先を弄られて、孔の中を舌で掻き回されて。ずくんずくんと迫り来る熱の波に、スイの身体はびくびくと小刻みに跳ねる。
「あぁっ、あぁんっ、やぁ、やだあ、そこ、だめぇ……」
「ん、雨瀧さん、どこがだめなの? いってみて」
「あっ、おしり、なめちゃ、だめ、あぁん……」
「ふふ、やーらしい。雨瀧さん。もっと俺、味合わなきゃ」
「あっ、ふぁあ……あぁ……」
スイの手首を縛り付けた机がかたかたと揺れる。音が激しくなってゆく。ぎゅうぎゅうとなかが収縮しているのを、スイも感じていた。頭がおかしくなってゆく。じくじくと全身を侵食していく快楽の渦にすべてが引きずり込まれていって、頭が真っ白になる。
「あぁあっ、あぁああ……!」
ぴゅ、とスイのものから白濁が飛び出した。それと同時にきつくなかが締まる。茜柿は後孔から舌を引き抜くと、手のひらで受け止めたスイの精液をぺろりと舐めてしまった。
「はあ、さいっこうに美味しい……雨瀧さん」
「され、がき……」
身体を起こすと、茜柿は頬を紅潮させながらスイを見下ろした。はあはあと蕩けた表情で荒く息をするスイを、目に焼き付けるように見つめる。
「……もっともっと、これから美味しくなりそうだね、雨瀧さん」
***
「雨瀧さーん、一緒に寝ましょう!」
「はあ!? やだよ、くるな変態!」
拘束を解いてもらって、少しだけ汚れてしまった肌を拭くと、スイは茜柿を部屋から追いだそうとした。しかし、茜柿はまるで何事もなかったようにスイに抱きついて、同衾したいと言ってくる。あんなとんでもない彼の歪んだ性癖を見せつけられたあとでそれを承諾できるわけもなく、スイはぐいぐいと茜柿の背を押しながら怒鳴る。
「危なっかしくて一緒に寝たりなんかできるわけないだろ! 可愛い犬だと思ったらとんでもない変態だったんだから!」
「えー……変態なんかじゃないですよー」
「変態だろ!」
「……そんなあ。俺、ただ雨瀧さんのことが好きなだけなのに」
しゅん、とした茜柿をみて、思わずスイは押し黙る。本当に、表情なんかは犬そのものだ。ううう、と寂しそうにうなっている茜柿をみると、スイもあまり強く言えなくなってしまった。
「と、とにかく、今日は一人で寝るから!」
「あ、雨瀧さん〜!」
「一緒に寝るのは、今度!」
「えっ」
ぱっと茜柿の顔が輝くと同時に、スイはぴしゃりと襖をしめた。そして、ずるずるとしゃがみ込む。
あのわんこに、いつ食べられるかわからない。
普段の可愛さに油断して、気付いたときにはぱくりといかれる。そんな気がしてしまって、スイはぶるっと身震いをしたのだった。
その犬は待てができない…終