クラックスペースタイム
「梓(あずさ)っていつも不思議な格好をしているけど、なんで?」
屋敷の掃除が終わってのんびりしていたスイの横に転がってきた少年。彼の名前は梓という。着物とも最近流行りだした洋装とも違う――ぺらっとした、それでいて色鮮やかな服をいつも着ている彼は、異彩を放っていた。いつもどこかへふらふらと遊びに行っては、きまぐれに帰ってくる。話す機会もそこまでない彼のことを、スイはあまり知らない。
「不思議っていわないでよ。俺のおしゃれなんだから」
「だって……どこにも売っていないような服……」
「ちゃんと買ったものだって。古着屋で」
「……ふるぎ、や?」
「いらなくなった服を買い取って売っているところ」
「へえ……それはいいね。でもここらへんではきいたことないかなあ」
「そりゃここらへんにはないよ。っていうかこの時代にはない」
「?」
よいしょ、と梓が起き上がる。細くて、スイよりも少しだけ高いくらいの身長。妖怪の年齢で換算すれば、きっとスイと歳が近い。話した回数は少ないけれれども、スイはなんとなく彼に親しみやすさを感じていた。
「俺は時をこえられるんだ」
「時を、こえる?」
「未来にいけるってこと」
ふふん、梓が笑う。いたずらなその笑みは歳相応のもの。
「猫って妖力強いから。時をこえることだってできるんだよ」
梓は――猫の妖怪。身軽な身のこなし、きまぐれな性格、黒猫を思わせる黒髪と金色の瞳。信じていないでしょう?と見つめてくるその目は、猫目、というのだろうか、愉しげで挑戦的だ。スイは顔を近づけてじっとその瞳を覗きこむ。
「……本当?」
「日本の未来を教えてあげようか。この先の戦争に……勝つのか負けるのか。そしてそれを乗り越えてこの国がどう変わったのか」
「……知りたい」
「……嘘。それは教えない。教えちゃダメ」
「本当に未来を知ってんの?」
「ああ」
梓は立ち上がって縁側まであるいてゆく。青空を背景に、黒髪がきらきらと光っていた。振り向いた梓はにっと笑っている。
「未来は明るい。だから今に絶望したとしても死のうなんて考えるなよ。これから文豪たちの自殺が流行るみたいじゃないか。……って言ってるんだけどなあ、あいつはもうダメかなあ」
「あいつ? っていうか自殺が流行るなんて物騒な」
「そうそう、これから偉大な作家様たちが次々と自ら命を断ってゆく。そしてそれに憧れた若者たちも後を追う。スイはそんなブームにのっちゃだめだよ」
「……」
梓の言っていることは、信じられなかった。今のスイに死にたいという願望は一切ない。だから、自ら命を断つ人の気持ちはわからないし、そんなことが流行るなんてありえないと思った。スイが訝しげな顔をしているからだろうか、梓が少しだけむすっとした顔をする。
「まあ……何を言おうと俺に未来は変えられないんだけど。でもな〜、ちょっとは俺のこと信じて欲しいんだよね」
「そんなこと言われても……」
「ああ、じゃあ、そうだ! 未来にあるものを他にもスイにみせてあげる」
こっちにきて、と梓がスイを抜き去って部屋を出て行ってしまった。スイは慌てて立ち上がり、梓を追いかけていった。
***
スイが連れて来られたのは、屋敷の奥の一室。掃除をするときに入ったことはあるが、ここが梓の部屋だとは知らなかった。部屋の中にはたくさんの荷物があって、端の方に布団がたたんであること以外は生活感がない。座るように促されてスイは畳の上に腰をおろす。梓は荷物のなかからひとつの箱をもってくると、スイの前に置いた。
「色々あるんだけど、未来感があるものってことで〜。これ!」
「……なにこれ」
「タブレット!」
「……たぶれっと?」
梓が見せてきたのは、薄くて四角い形をしたもの。スイが不思議そうな顔をしてそれをまじまじと見つめていると、梓はソレの端のほうについた丸い凹みを指で押す。そうすると、突然真っ黒だったソレの表面がぱっと明るくなって、水の波紋のような模様が浮かび上がる。
「な、なにこれ!」
「いまので起動。で、ここをスライドすると、」
「すらいど?」
真ん中に表示された棒のようなところを梓が指でなぞると、また表面に浮かぶ模様が切り替わる。目を白黒とさせてソレを見つめているスイを、梓は面白そうな顔でみていた。
「まだいろんなものあるよ! スマホとか音楽プレーヤーとか、あー、電子辞書なんてのも珍しいかな!」
「す、すごい……」
梓と一緒になって箱を覗いて、スイは思わず感嘆の声をあげる。手にとってもいいよ、と言われて恐る恐る色々なものに触れてみたが、まったく用途がわからない。色々と箱を漁ってみて、スイはあるものを手にとって梓に尋ねる。
「これ、なに? 綺麗」
「えっ」
スイが梓に見せたのは、手に握れるほどの太さをした棒状の物体。透明な桃色をしていて、突起がいくつもついている。色合いがとてもかわいらしい。見たことのないソレに、スイはきらきらと目を輝かせていたが、それに対して梓は苦笑いをしていた。
「そ、それは……しまったこの箱にいれていたか……」
「これ、何に使うの?」
「……」
しばらく梓は黙りこんでいたが、やがてにやっと笑い出した。スイからソレを取り上げて、持ち手のあたりについていたでっぱりを弄る。そうすると、ソレはぶーん、と音がしてうねうねと畝って、しかも回り出した。
「動いた……!」
「これは、大人のオモチャな。バイブ」
「……ばいぶ?」
「エッチなことに使う」
「えっち?」
「……使ってみる?」
「……俺も使えるの!? 俺まだ大人って年齢でもないけど」
「……ああ」
スイが嬉しそうに飛びつくと、梓はにっと笑ってみせた。部屋の端にたたんであった布団を引っ張ってきて、ひろげる。
「ちょっとこの上で四つん這いになってみて」
「……こう?」
何をするのだろう。わくわくとしながらスイは言われた通りに、布団の上で四つん這いになってみせる。未来にあるもの、そんなものが触れるなんて。知的好奇心がふつふつと湧いてきてしまう。
「……梓?」
スイがじっとしていると、梓がスイの着物をめくりあげた。そして、尻まで露出させてしまう。さすがに恥ずかしくなってスイが振り向けば、「大丈夫」といって梓は笑顔を絶やさない。下着まで剥がれたとき、さすがにスイは驚いてしまって声をあげる。
「な、何するんだよ」
「だから、バイブでスイのことを気持ちよくしてあげようと思って」
「き、気持ちよくって……まさか」
「これの形状をみて全く思わなかったの? アレと同じ形してるだろ、無駄な突起とかついてたり色も違うけど」
「……!」
言われてみて、スイはようやく気づく。バイブという名のそれは、男性器を模した形をしているということに。いわゆる、張形(はりかた)というやつだ。男性器の代わりに穴に挿れて、身体を慰めるために存在する、性具。
「ちょ、ちょっと! 俺、そういうの別に求めてないから!」
「本当に?」
「いい! いいって!」
「本当にいいの? これ、そこらへんの張形とは違うよ? この時代、誰も味わったことのない凄まじい快感が得られるブツだけど。このチャンスを逃したら、二度と体験できないよ?」
「そ、そんなこといっても……だって、そんないやらしい、」
「この世界で、今、おまえただ一人が体験できる! 素晴らしいことじゃないか。いやらしい? そんなの関係ないよ。これを使ってみたいって思うのは性欲とかそんなものじゃない、知識を追い求める高度な人間の本能さ」
「……っ」
のしかかるようにして梓が後ろから抱きついてくる。そして、バイブを秘部にあてがってきた。
「ほら、いくよ。これ、すごいから」
「ま、待っ……」
かち、と音がする。そうすると、秘部に押し付けられたバイブの先端がぶるぶると震えだした。じゅわ、と一気に熱が下腹部に広がっていって、思わずスイの腰が跳ねる。
「はぅっ……!」
「すごいだろ?」
「な、なにこれぇ……!」
くすくすと梓が笑っている。身を捩って快楽から逃げようとしても、梓はやめてくれない。うねうねと動くそれに入り口を刺激され続けて、中のほうがきゅんきゅんと疼きだす。
「あぁ……だめぇ……」
「なんかひくひくしてない? 挿れて欲しいでしょ? ね、スイ」
「そ、そんな……」
「大丈夫、笑ったり引いたりしないって。人は初めての体験に魅了されるものだよ。ね、スイ。挿れて欲しいよね?」
「……っ」
く、と顎を持たれて振り向かされる。梓の猫目とぱちりと目が合って、心を覗かれている心地になった。ぶぶぶ、とバイブが震える音、じくじくと迫り来る熱の波、理性は本能に追い詰められてゆく。すうっと梓の瞳が細められた瞬間、ああもうだめだ、そう思った。
「い、れて……」
「……もう一回いってみて」
「……挿れてください……」
する、と頬を撫でられる。その瞬間、スイのなかで理性が壊れてしまった。手を離された瞬間、かくりと上半身を布団の上に落として、尻を突き出すような体勢をとる。ください、気持ちいいのをもっとください。そう請うように。
梓は体を起こすと、箱の中から円柱形の容器を取り出した。透明なそれのなかには、とろりとした液体がはいっている。梓はそれの蓋をあけて、手のひらにそれをとり、バイブとスイの秘部に塗りたくった。そして、具合を確かめるように後孔に指を一本突っ込んで、くちゅくちゅと入り口のあたりをほぐしてゆく。
「ん、挿れるの初めてじゃないみたいだね。痛みもなくはいるんじゃないかな。痛かったらいってね」
「……うん」
とろんとした顔で、スイはバイブを持っている梓をみつめた。胸は期待でいっぱい。未知のものを教えてくれる梓に、今は首ったけ。梓がバイブの先端を自分の臀部に近づけてくるのを、どきどきとしながら見つめる。
「んっ……」
「はいってくよ」
「あっ……あぁあ……」
みち、と入り口が広げられるような感覚。指よりもずっと太いそれは、入り込むまでに少々難を要した。しかし、これからくる快感のためにスイは耐える。ほんのすこしの痛みを感じたが、耐えられないほどではない。梓がたっぷりと潤滑剤でそこを濡らしてくれたことと、バイブが細めだということが幸いしているのかもしれない。そして、振動が気持よくて、僅かな痛みよりも快楽が勝っていた。
「んんっ……」
「よし、先端がはいった。あとはスムーズにはいるんじゃないかな……ああ、はいってくはいってく」
「あぁ……」
ずず、と肉壁が押し広げられてゆく。ぶーん、と細かい振動が内側から伝わってきて、全身に広がってゆく。
「どう? 回転もいれてみるね」
「あっ……! あぁ、……なにこれ、すごい……」
「でしょ? ほら、振動強くするよ」
「はぁんっ……あぁ、すごい……いい、いい……」
じわじわと快楽が増幅してゆく。強力な刺すような快楽というよりも、じわじわと広がってゆくような快楽。ぐ、と奥に押し込められてそのままでいられると、じんじんと下腹部が熱くなっていって、気持ちいい。ごりごりとなかを擦る凹凸が気持ちいいところを刺激して、びく、びく、と腰が勝手に揺れてしまう。
「あぁん……」
「気持ちいい?」
「きもちいい……あぁ……」
スイはうっとりと目を閉じて快楽に耽った。ひくひくと下腹部が疼く。もどかしい刺激が続いて、なかで熱が波打っている。イキそうでイケないような、絶妙な刺激。もう少し欲しい、と思うのにそこまでは達しない刺激。たまらなく気持ちよくて、全身の力が抜けてゆく。
「動かしてみる?」
「え……?」
「こんな感じに」
「あぁっ……」
ぐっ、と一度奥にバイブを押し込まれた。そして、引きぬかれ、また押し込まれる。じゅぷ、じゅぷ、と水音をたてながら、梓はバイブの抜き差しを繰り返す。
「あんっ……あんっ……」
「良さそうだね」
「いいっ……あぁんっ……あんっ……」
ずぷ、ずぷ。ゆっくりとした抽挿が心地よい。時折梓が潤滑剤を足しながらそれをするものだから、太ももにつうっと冷たくてとろとろとした液体が伝ってゆく。たまらなくいやらしい気持ちになって、スイの唇からは艷っぽい声が次々と溢れてゆく。
「んっ、んっ、んっ……」
次第に早くなっていく抜き差しに、追い詰められてゆく。スイはとろんとした顔でただ快楽に純情に喘いでいた。奥にぐっと押し込まれれれば、腰が少し浮く。そうして身体を揺さぶられて、芯をもった性器がふるふると揺れるし乳首は敷布団にこすれるし、もうなんだかおかしくなってしまいそう。激しすぎない揺さぶりに、じわじわと絶頂の兆しが見えてくる。
「あっ……あー、……あ、あ、」
「イキそう?」
「いく……んっ、……あぁ、あぁん……あー……イク……」
手を伸ばし、縋りつくものを求めて布団を掻く。這いつくばり、臀部を突き出した体勢のスイに、梓はひとりほくそ笑む。抽挿の速度を早めていき、潤滑剤をだらだらとスイの尻肉にかけるようにして上から垂らしてゆく。ぐちゅぐちゅと激しい音とスイの甘く蕩けた声が混ざり合って部屋のなかに響く。
「いくっ……いく、いく……!」
「イッていいよ、スイ」
「あっ……あぁっ!」
びくんっ、とスイの身体が跳ねる。開いていた脚がぐっと閉じられて、つま先がきゅっと丸まった。びくびくっ、と何度か繰り返される小さな痙攣を、梓は静かに見つめていた。
「はぁ……あ、……」
「抜くね」
「あぁん……」
ぬぽ、と音が立てられながらバイブは穴から引き抜かれる。なんとも言えない寂しさに、スイはため息のような声をあげる。
くたりと布団の上に、スイは横たわった。着物は乱れ、肩と下半身が露出している。虚ろな目でぼんやりと虚空をみつめるその表情が、色っぽい。
「お疲れ様、スイ」
「ん……」
梓はスイの顔の側まで寄っていって、その顔をのぞき込んだ。そして、にこっと微笑む。
「ねえ、どうだった? 感想」
「……きもち、よかった」
「そう! それは良かった! あのさ、これからもおもちゃで遊んでみてくれない!?」
「え……?」
「もっと色々楽しそうなおもちゃ、未来にはあるんだよね。だから、それ使うとどんな感じなのか、スイにやってみて欲しくて」
え、とスイは固まった。はじめは上手く言いくるめられてバイブを体験してみたいなんて言わせられたが、やってみて、これはあんまりにもいやらしいことだと思った。これからもやりたいです、なんて恥ずかしくて言えない。
「ただの探究心さ。俺とスイで一緒に未知を知っていくんだ」
「あ、梓……」
「ねえ、スイ」
手を掴まれて、する、と頬ずりをされた。猫の如く。にいっと微笑んだその顔は、どこか邪悪で……それでいて、可憐。ぞく、とした。人間の本質を見抜くようなその瞳は、何を見ているのだろうと、そう思った。
「――本能に、従いなよ?」
ずく、と下半身が疼く。快楽の余韻が残る穴がきゅんとする。
梓を見上げれば、彼は目を細めた。……ああ、また俺はここに来てしまうのだろう。なんとなく、そう思った。