花の顔ばせに死の匂い




「あ……」



 庭に咲いている花が、枯れていた。庭の手入れをしていたスイは、その花に近づきため息をつく。

 花に詳しくないスイは、この花の種類がわからない。しかし、生きていたころは美しかったんだろうなあ、と、枯れているそれを見て残念に思ったのだった。

 枯れてしまったからには、摘み取らねばならない。スイは一言、「ごめんね」と言うと、その花に手を伸ばす。



「ちょっと待って」

「……え?」



 そのときだ。後ろから、声をかけてくる者。

 ――冬乃だ。



「……摘んじゃ、だめでしたか?」

「だめっていうわけじゃないけれど……もったいないから」

「……たしかに……枯れてしまったからといって摘むのはなんだかかわいそうな気がしますけれど……でも、このままにしておくわけにも」

「いや、かわいそうだからだめって言ったんじゃなくてね」

「?」



 冬乃はふっと微笑むと、身を屈めてスイの隣に座り込む。ふわりと、小さく空気が動く。風を感じるのに……まったく、匂いといったものがしない。彼からは、匂いを感じなかった。



「美しいだろう? 枯れてしまった、この花は」



 スイは、そんな冬乃の一挙一動に目を奪われていた。あまりにも、不可解であったから。

 枯れた花を見つめ、愛おしげに目を細める。そっと手をのばし、花弁に触れ……まるで、乙女に触れるように指先で愛撫する。

 枯れた花に、なぜこんなことをするのだろう。スイは眉をひそめ、花を弄る冬乃を見つめていた。



「……冬乃さんは、枯れた花が好きなんですか?」

「……いや? 枯れた花自体は、好きじゃないけど」

「じゃあ、どういうことですか?」

「枯れてしまう、というのも花の一生でしょう? 僕は森羅万象の流れゆく時の流れ、すべてを美しいと思う。花は、美しい。生まれたときも、枯れてしまったそのときも」



 冬乃は、鎌鼬。風の妖怪。この世界そのものと言ってもいいのかもしれない。

 スイは冬乃の言っていることを、なんとなく理解した。同調できるかどうかといえばそうではなかったが、彼の口から紡がれた言葉は、たしかに彼のものであると納得できたのだ。

 彼もまた変わった考えを持っているのだなあ、とスイは横目で冬乃を見つめる。そうすれば、冬乃もまたちらりとスイを見つめていたため、ぱちりと目があってしまった。



「そうだ、だから僕は、君のことを変わらず好きでいられるよ」

「……えっ!? す、好きって」

「たとえ君が、死に行こうと、腐り落ちようと。死体に蛆が湧こうと。僕は君を愛で続けるよ」

「……冬乃さん?」



 この人は、何を言っているのだろう。

 妙な、寒気を覚える。しかし同時に、その熱視線に……体の奥が、疼いた。



「僕は止めない。君が、高嶺の後を追っていくことを。君の心が死んでゆくのを、ただ、見ていたい」



***



「君も、この庭の花になれるよ。綺麗だね、雨瀧くん」

「ひっ、あっ、……あっ、あっ、……も、だめ……冬乃さ、……」



 庭の陰。屋敷の中からは見えない、この場所で。スイは冬乃に抱かれていた。

 草の生い茂る、屋敷の裏。塀に爪をたて、ひっかくようにして縋りつきながら、スイは後ろから冬乃に突き上げられていた。



「も、……立てな、……ゆるし、て……あんっ……あ、……あ……」

「そう言うわりには、自分で腰を振っているね。雨瀧くん?」

「あぅっ……だ、って……奥、……きもち、い……」


 下半身がガクガクといって、立っていられない。それなのに、冬乃ががしりと腰をつかんできて、下から突き上げるようにして突いてくるから、座り込むこともできない。ただ、力の入らない手で塀を掴むことしか、スイには許されていなかった。

 しかし……スイは、そんな追いつめられるような快楽に、酔っていた。これ以上されたら、腰が砕けてしまう。立てなくなってしまう……そう思うのに、さらに自分を責め立てるようにして腰を振った。



「奥? 雨瀧くんは、奥を突かれるのが大好きなんだね」

「すきっ……ひ、ぁあっ……、すきっ、きもちい、っ……! ん、ひっ……あっ……あぁッ」

「相当抱かれ慣れてきたみたいだね。もっと乱れてごらん、雨瀧くん。壊れていいんだよ」

「あぅっ、ひっ……あっ、……ふ、……」



 顔を真っ赤にし、涙を流しながら、スイはもっともっとと冬乃に懇願した。ズンッ、と奥を突き上げられるたびにぷるんと揺れるスイのものからは、ぴゅっ、ぴゅっ、と密が飛び散っている。

 淫らな、スイの背中。冬乃はガッ、とスイの着物を剥いで、肩をむき出しにさせた。そして現れた背筋のすっと通った美しい背中に、噛みつく。



「はぅっ……!」

「好きだろう、淫らな君は……こうして、男に所有されるのが、大好きなんじゃないかい?」

「すきっ……ふゆのさんの、ものにしてっ……あっ……は、ぁあッ……!」



 男の腕に抱かれ、男の下で乱れ、されるがままになり、儚い声を奏でられる快楽。冬乃は、そんなスイのなかに生まれ出た、被虐的で淫らな性癖を突き上げた。スイの背中に噛み痕をつけていき、そして強く深く奥を突いてやる。



「ほら、鳴いて。ぐちゃぐちゃになって。壊れた君を、魅せて」

「はっ、あっ、なかっ、……なかに、だしてっ……あっ……あ、あ、あ、」



 抽挿は、速度を増していき。がさがさと揺れ動く草木が騒がしい。

 白んでゆくスイの視界に、星が散る。



「あっ……いくっ……イくッ――」



***



 夕日の紅が美しい、酉の刻。脚ががくがくになるまで抱かれたスイは、冬乃の部屋で涼んでいた。裸で、布団に仰向けで寝転がっている。



「妖怪たちに抱かれるのは、好き?」

「……はい」

「ふふ、そう」



 冬乃はそんなスイを見下ろしながら、微笑んだ。
 
 白く、艶めかしい体。うっすらとついた筋肉と、きゅっとしまった腰がいやらしく、目の毒だ。先ほど精液をたくさんそそぎ込まれたお腹は、どこかぽこりと膨らんでいるような、そんな錯覚。冬乃はそれを見つめて目を細めると、臍のあたりとつうっと指でなぞった。



「んっ……」

「いっぱい、ここに受け入れるんだ」



 スイが顔を赤らめて、ひくひくと震える。くる、くる、と指で前立腺のあるあたりを撫でられて、スイの体からは甘い匂いが漂い始めた。乳首がぴんと勃って桃色に染まり、お尻の穴がひくひくとひくつく。

 もう、この体は。男に抱かれるためのものに、近づいている。この屋敷にきたばかりのときとは、大違いだ。

 高嶺に近づいてゆく。死んだ心の、あの男に。スイも死に神の影を踏んで……きっと。



「……美しいよ、雨瀧くん」





花の顔ばせに死の匂い…終


冬乃の章



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