やわらかな熱
「すっごい雨……」
夕食の買い出しを終えて帰路に就いていたスイは、凄まじい勢いで降ってくる雨粒に思わず感嘆する。朝から降っていたものではあるが、勢いが随分と増している。傘に雨粒があたるとぼつぼつと重い音が響いてきた。
中心街を抜けると舗装されていない道が続く。道にはいくつもの水たまりができていた。スイはそれを避けながら歩くがいかんせん足場が悪い。水を吸ってどろどろになった道に踏み込むと、滑りそうになる。ひやひやとしながら歩いていき……
「ひっ!?」
案の定、ずるっと滑ってしまった。そのまま体は倒れていって、ばしゃりと背中から水たまりに飛び込んでいってしまう。買ったものはなんとか体の上に着地して汚れずにすんだが、全身泥で汚れてしまった。あ〜、と溜息をついてスイはそのまま傘を投げ出して横になる。ここまでぐっしょりと汚れてしまうと、どうにでもなれなんて投げやりになってしまう。ぼーっと真っ黒な雲が浮かぶ空を眺めて、スイはしばらくそのままでいた。
「……雨瀧くん?」
ふと、視界に入り込んできた男。自分を覗きこんでは驚いたような顔をしているのは……
「……冬乃(ふゆの)さん」
屋敷に住まう妖怪・冬乃だ。落ち着いた茶色をしている髪の毛が特徴的。かまいたちだという彼は、その名の通り風を思わせるような、爽やかな笑顔をいつも浮かべている。
「どうしたの? こんなところで寝ちゃって」
「……えっと、転んじゃって」
「それでなんでずっと横になっているの。ほら、立って」
くすくすと笑って、冬乃は手を差し出してきた。とんだ恥ずかしい姿をみられたものだ。スイはかすかに顔を赤らめながら、冬乃の手をとって立ち上がる。
「冬乃さんこそ……なんでこんなところにいるんですか?」
「いや? きまぐれにふらふらと散歩をしていただけ」
「こんな雨のなか?」
「雨も、素敵でしょう?」
「……散歩するには激しすぎるかなあ。俺には」
冬乃は道端に転がる傘を拾ってスイに渡してくれた。スイがお礼を言いながらそれを受け取れば、冬乃が苦笑いする。
「……それにしても派手に転んだね。全身どろどろじゃん」
「ええ、まあ……」
「帰ったらまずはお風呂入らないとね。風邪もひいちゃうし」
たしかにこんなにずぶ濡れになってしまったら、今日一日過ごしていけない。冬乃に言われて、お風呂が恋しくなった。早く暖かいお湯に浸かりたい、そう思いながら、スイは歩き出した。
***
屋敷につくと、買ったものを冬乃に預けてスイは早速風呂場へ向かう。妖怪たちに連絡がいっていたようで、ありがたいことにすでにお湯がはってあった。濡れてずっしりと重い着物を脱ぎ、脱衣室を抜けて風呂に入ろうとした。そのとき、後ろから声がかかる。
「雨瀧くん。一緒にはいろうか」
「……えっ?」
振り向けば、スイの買った物の整理を終えたらしい冬乃が顔を覗かせていた。いつものようなにこやかな表情を浮かべて彼はそう言っているが、スイはといえばかちりと顔を強張らせる。
「なっ……えっ?」
「背中流してあげるよ。一人だと汚れ落としづらいでしょ?」
「いやいや大丈夫ですから」
「まあまあ、そんなこと言わないでさ」
この歳になって広いわけでもない風呂に二人で入る、ということに抵抗を覚えてスイは拒否したが、冬乃は構わず服を脱ぎ始めてしまった。かまいたちだし……イタチだし、そういうことには抵抗がないのかな、とスイは諦めて冬乃を浴室に招き入れる。
「湯加減大丈夫かな」
入るなり、冬乃はスイにお湯をかけてきた。そして泡立てた石鹸で体を洗ってくれる。人に体を洗ってもらうということが久々で、もどかしい刺激にスイは体を捩った。ぬるぬるとした感触がくすぐったい。
「怪我とかはないみたいだね、良かった」
「あ、はい……」
背中の汚れを落としながら、冬乃は呟く。冬乃の手のひらの熱がじわりじわりと伝わってきて、妙な感じがした。優しい触れ方。凝りをほぐすような触り方は気持ちよくて、全身の力が抜けてゆく。
「んっ……」
でも、力を抜くと思わず声が漏れてしまう。触られることに慣れていないところを撫でられると、ぞわぞわとしてくるのだ。
冬乃がスイの胸のあたりに手を回してきて、くるくると円を描くように撫でてくる。さながら、胸を揉むように。スイのない胸を冬乃はくにくにと指を動かしながら触ってくる。なんだかぞくぞくとしてきてしまって、スイは背を丸めた。
「ふっ、……くすぐったい、です」
「はは、我慢我慢」
スイの反応が面白かったのだろうか。冬乃は楽しげに笑った。そして、さらに胸を揉みしだいてくる。石鹸がくちゅくちゅと音をたてて、指の間から溢れだした液体がつうっと体を伝う。冬乃が上から下に肉を持ち上げるように手を動かすと、身体全体が揺さぶられるような感覚を覚えた。ぐ、ぐ、と執拗に胸を触られて、スイは声を出しそうになってしまって唇を噛む。
「ぁっ……」
冬乃の手のひらが乳首をくにっとつぶしたとき、スイはたまらず変な声をあげてしまった。しまった、と思ってスイは慌てて口を塞ぐ。ただ体を洗ってもらっているだけなのに……冬乃の触り方がどこかいやらしくて、身体が熱くなってきてしまったのだ。でも、ここで声をあげてしまったら恥ずかしい。両手で口を塞ぎ、スイは必死に声をこらえる。
「んっ……は、ぁんっ……!」
冬乃の指がぴんっ、とスイの乳首を弾いた。そして、指を震わせて、乳首を何度も何度も弾いてくる。なんでこんなことを。これは洗うのに必要な動作ではない。もしかして……。スイは勘ぐって、冬乃の表情を確かめようと首をひねったが、その瞬間また乳首に刺激を与えられる。冬乃の表情を伺うことはかなわず、また、スイは身体を跳ねさせた。ぴんっ、ぴんっ、と指が乳首を弾く度に、ずくんずくんと下腹部が疼いてきて、たまらず身体を捩る。ぎゅうっと手を唇に押し当てながら、くねくねと腰をくねらせた。
「ふぅっ……んっ、」
「もっと丁寧に洗おうか」
「ふ、……ふゆの、さん……」
「こんな感じに、」
「はぁ、っ……あぁっん……」
きゅうっと乳首を引っ張られ、先っぽを指でくりくりと弄られる。こりこりにかたくなった乳首をそんなふうに弄られて、もう気持ちよくて堪らない。ああ、これ冬乃さんはわざとやってるんだな……そう感じ取った瞬間、スイは声を我慢することができなくなった。
「あんっ……あぁんっ……」
「ここも、綺麗にしてあげる……」
「あっ……だめっ……冬乃さん……」
「だめ、じゃないよね。洗ってるんだから」
「は、はい……あぁっ、……んぁっ、あぁんっ……」
冬乃がスイの耳に舌をねじ込んだ。くちゅくちゅといやらしい音が響いて、スイの表情は蕩けてゆく。耳と乳首と。同時に責め立てられて、おかしくなってしまいそうだった。
「こっちも洗わなきゃ」
「あっ……」
冬乃の指が、つうっとスイの性器を撫で付ける。ぴくぴくっと震えた自分のそれに羞恥を覚えて、スイはかあっと顔を赤らめた。
「でもこっちは……湯船のなかでやってあげようか」
くす、と冬乃は笑って、そこをさっと洗うとまた全身にお湯をかけてきた。熱で火照った身体をくたりと冬乃に預け、泡が流されてゆくのをスイはぼんやりとみていた。中途半端なところで止められて、じくじくと疼く身体は、早く解放して欲しいといっている。とんとん、と肩を叩かれてはっとすれば、泡は全て流されていた。冬乃に促されて、スイは一緒に湯船につかる。
「狭い、ですね……」
先に入った冬乃に後ろから抱かれるような体勢でスイは湯船につかった。高嶺の屋敷ということで少々大きめの作りになっている浴槽だが、流石に男二人で入ると窮屈だ。体の密着度が高い。
「冬乃さん……なんで、こんなことするんですか……?」
「んー? 雨瀧くんが可愛いから」
「か、可愛くないですよ……!」
「人間をみると構いたくなっちゃうんだよね。人間って可愛い」
「先生にはこんなこと、しないでしょう?」
「……高嶺くん?」
高嶺が冬乃に自分と同じようなことをされているのを想像してなんだか妙な気分になりながらも、スイは尋ねてみる。そうすれば冬乃はうーん、と困ったように唸った。
「高嶺くんには……軽率に悪戯できないかなぁ」
「なんでですか? っていうか俺にも軽率に悪戯なんてしないでくださいよ」
「高嶺くんは、特別」
どういうことだろう、そうスイが疑問に思った時。突然、身体を撫でられてスイはびくんと身体を震わせた。
「可愛い反応されるとね、悪戯したくなっちゃうの。雨瀧くんみたいに」
「ちょっ……」
さっきの続きだ、そう気付いた瞬間、少し引き始めていた熱が戻ってくる。可愛い反応なんてした覚えない、と抵抗したかったが、ぎゅっと身体を抱きしめられて首筋にキスをされると、もうどうにでもなれと思ってしまう。
「……お風呂、気持ちいいね」
「……んっ、……はい……」
ちゅ、ちゅ、と音が浴室に響く。敏感な首筋に、冬乃の唇の感触が伝わってくる。
「あっ……」
きゅうっと両方の乳首を引っ張られた。お湯の熱で桃色になって柔らかくなった乳首は、指でこねられるとくにくにと素直に形を変える。なんとなくその様子をみてしまって、自分の乳首なのにものすごくいやらしい気分になった。
「あぁん……ふゆの、さん……ちくび、ばっかり……」
「雨瀧くんの乳首、綺麗だから触りたくなるんだよね」
「そんな……はぁん……だめぇ……あぁ……」
「だめ? じゃあこっちかな?」
冬乃が片方の指を、スイの脚の間に突っ込む。そして、秘部を指の腹でとんとんと叩いた。
「あぅっ……」
「きゅって締まったね」
「んん……」
何度も、優しく叩かれる。そうすると、中がきゅんきゅんと疼いてスイは身体をぴくぴくと震わせてしまった。息を詰めて、睫毛を震わせて快楽に耐えるスイをみて、冬乃はくすくすと笑っている。
「ここ、中、いじったことある?」
「……」
「あるんだ。自分で何か挿れたの?」
「ち、ちがっ……」
「じゃあ……誰かにいじってもらったんだ。高嶺くんかな?」
「……っ」
かあっと顔を赤らめたスイをみて、冬乃は目を細める。
「指……挿れても大丈夫だね」
「あっ……」
つぷ、と指が一本、挿入される。圧迫感、異物感……そんなものたちが押し寄せてきたが、そこに指を挿れられているという事実にどきどきしてしまう。指が奥までどんどん入り込んできて、スイはたまらず仰け反ってしまった。
「力抜いて……雨瀧くん」
「あっ、……あぁ……」
きゅうっとまた乳首を引っ張られる。こりこりと指先で弄くられて、意識が乳首に向いてしまう。でも、お尻の中も同時に刺激されてしまった。どっちに集中したらいいのかわからない。スイは意識が朦朧としてきて、くたりと身体を冬乃に預けた。頭を冬乃の肩にのせて、完全に全てを彼に委ねる。
「んっ、……あぁ、あ……んぁあ……」
お湯の熱でほぐれたそこは、柔らかい。スイの後孔は冬乃の指をずっぷりと根本まで呑み込んでしまう。ぐにぐにと中で指が動くと、きゅんっ、きゅんっ、と収縮を繰り返した。指は中をさぐるようにごりごりと肉壁を隅々まで弄ってゆく。そして、ある一点に触れたとき。
「はぁんっ……!」
一際スイの唇からいやらしい甘い声が漏れたものだから、冬乃はにっこりと微笑んだ。見つけ出したスイのいいところを、集中的に責め立てる。ぐいっ、ぐいっ、と精巣のあるところに向かって揉み込むように押し上げたり、指をぶるぶると震わせて振動を与えたり。
「あぁん、ふ、ぁあっ、はぁん……」
「気持ちよさそうな声……雨瀧くん、可愛いね」
「おかしくなっちゃう……ふゆのさん……はぁっ……あぁあ……」
ぱちゃぱちゃとお湯が跳ねる。狭い浴槽の中ではあまり身動きが取れない。もがいても全然快楽からは逃げられなくて、スイはただ冬乃の上で身体をくねらせることしかできなかった。
「いくっ……いっちゃう……あぁん、ぁあ……、あっ……だめぇ……」
「イッていいよ。雨瀧くん」
「あー……いくっ、いくっ、……あぁ、あ、あ、……いく……」
とろとろ蕩けたスイの顔を、冬乃が覗きこむ。うっとりと目を閉じて、半開きにした唇から止めどなくあふれる鳴き声。子供でもあやすような目つきで、冬乃はそれをじっと見つめていた。
「あぁっ……」
びくんっ、と大きくスイの身体が跳ねる。それと同時に冬乃はスイの身体を抱きしめてやった。そして、あやすようにスイの頬に口付けをする。絶頂を迎えてしまったスイはしばらく動けずに、冬乃のされるがままになっていた。ぼんやりと虚空を見つめ、はあはあと息を吐きながら、冬乃のキスを頬でうけていた。
***
「あの……冬乃さん……」
風呂からあがって着物を着ながら、スイはぼそりと彼を呼ぶ。なんだか恥ずかしくて、彼のことを直視できなかった。
「……妖怪って、みんな人間に構いたくなるもんなんですか……?」
「さあ? でも少なくとも、この屋敷にいる妖怪はそうだと思うよ。人間が好きだから高嶺が住んでいるこの屋敷に居ついてるんだ」
「……好きだからって……その、みんな、俺にいやらしいことばっかり……」
「妖怪からの愛だよ! 受け止めてあげてね」
「……!」
冬乃の言葉に、スイはあんぐりと口を開く。冗談でも言っているのかと彼の表情を伺ってみれば、いつもどおりの爽やかな笑顔。
「難しく考えなくたっていい。みんな君に構ってあげたいだけだからさ」
「そ、そんな……でも、……」
「楽しいでしょ? 色んな妖怪と触れ合えて」
冬乃がすっとスイに寄ってくる。は、とスイが顔をあげれば、冬乃がスイに息がかかるほどに距離をつめて囁いてきた。
「僕も楽しいよ。雨瀧くんが可愛くよがっているのを見るの」
「よ、よがっ……」
「これからも、みせてね」
にこ、とまた冬乃が笑う。口をぱくぱくとさせて固まるスイから、冬乃は離れていった。既に着物を着終えたらしい彼は、そのまま脱衣所を出て行ってしまう。
「な、なんなんだよもう……」
また、今日のようないやらしいことをされるんだ。そう考えると身体が熱くなってしまう自分が恨めしい。こんなに自分ははしたない人間だったっけ。
むー、とスイは唸りながら、これからのことを考えて顔を赤らめるのだった。
やわらかな熱…終