愛しき死肉を我が腹に




「うわぁ。これはひどい」



 川辺に、人集りができていた。皆一様に顔を歪めて、ため息を吐いている。

 

「はやりの、入水自殺って奴かい。なんだっけか、あの作家が川に落ちて死んだ時からはやりだしたよなぁ」

「はあ、なんでこんなもんがはやってしまったかねえ。死体がぶくぶくに膨れ上がって気味悪いのなんの」



 人集りの中心には、水を吸って膨らんだ、人間の遺体が横たわっていた。どうやら彼は、入水自殺をしたらしい。

 そんな人集りを木の上から見下ろしていたのは、橡。冷たい瞳で、膨れ上がった死体を見ている。

 少し前のことだったか。若者たちの憧れの作家が、入水自殺をした。若者たちの間では、それを追うようにして川に落ちるということが、はやっていた。橡の知っている人間の中にも、同じようにして死んだ者がいる。



「水を、底のない闇のように思っているのか、人間たちは」



 なぜ、水に、人は死を求めているのだろう。
 
 橡はそれを思う。

 首を吊るのでは、だめなのか。毒を飲むのでは、だめなのか。なぜ、敢えて水へ落ちる。

 答えなど、知らない。橡は、水のなかへ逝こうなどとは思っていないのだから。けれど、その答えの破片を、知っている。



「底のない水なんて、ないっていうのに」



 橡の知っている、入水自殺をした男は。自分の恋心を綴った文を抱えて、水へ落ちた。それを見て、橡は思ったのだ。彼は、自分の「想い」を抱きしめて、死んでいきたかったのだろう、と。

 けれど。

 その文は、拾われてしまった。男の魂と共に、あの世へ逝くことなどできなかったのだ。川は、浅かった。男が思っている以上に川は浅く、沈めたはずの想いは他の人間に拾い上げられてしまった。



「――ああ、なんで、拾ったかなあ。莫迦な、高嶺」



 死と寄り添った想いは、呪いのように強く。想いを拾い上げた人間を、地獄へ導く。

 橡は、それを知っていた。そして、近くで見ていた。

 呪いへと変貌した想いは報われることはなく、そして拾い上げた人間もやがて壊れてゆく。呪いの連鎖が、続いてゆく。



***


「あ、……あぁ……ん、……あ……」



 雨が、降っている。ざあざあと雨粒が地面を叩く音に閉じこめられて、白い体がくねくねとくねっていた。肌は湿気と汗でしっとりとみずみずしくつやめき、腰がうねればその曲線を強調する。



「スイ……気持ちいいだろ、……? ほら、もっと、鳴けよ……」

「あっ……は、ぁあん、……あぁ、……つるばみ、……あぁ……」



 じっとりと。艶めかしく乱れ合っているのは、橡とスイ。橡は後ろからスイを抱きすくめるようにして、スイを抱いている。結合部はもうすでにぐちょぐちょに蜜で溢れていて、橡が体を揺するたびにいやらしい水音が儚く響いていた。

 

「ここ、ここか……スイ……ここが、好きだろ……」

「あっ! あぁっ、あっ、ひぁっ……そこ、……あぁっ……もっと、ぁあっ……!」



 スイのなかの、ぷりぷりと膨らんだところ。そこを熱く堅いモノでずりゅんずりゅんと擦りあげれば、スイがのけぞりながら顔を歪め、甲高い声をあげた。愛らしくそそりたった肉の芽から、どぷどぷと蜜を吐き出しながら。

 

「はぁ、……はぁ……あぁっ! ぅんっ……そこ、そこ……あぁ、いい、……そこ……」



 橡が手のひらでスイの吐き出した蜜をすくい取り、スイの体に塗りつけてゆく。ゆっくり、体全体を撫で回すように。ぐねぐねと揺らめくスイの体を、愛でるように。

 

「スイ……可愛いぞ、……もっと、腰を揺らせ……」

「あっ……ぁあんっ……ぅんっ……ぅうんっ……はぅう、んっ……」



 スイの体は、昔よりもずいぶんといやらしくなった。男になかをかき回されて、こんなにもしとどに蜜を流すなど、以前では考えられなかったこと。自ら腰をくねくねと揺らし、男を誘うなど、ありえなかったこと。淫らに変貌したスイの体は、からみつく蜘蛛の糸のように橡の欲望を誘い、捕らえて放さない。

 橡は、とろとろに蕩けているスイに、全てを注ぐ。素直に乱れるスイが愛おしくて仕方なくて、溢れんばかりの愛を、そそぎ込んだ。

 唇を塞ぎ、ねっとりと感じるところを責めあげ。そうすればスイはぴゅるぴゅると儚く潮を吹き。雨音に閉じこめられた部屋の中には、二人の絡み合う音が響きわたり、余計に二人の劣情を煽っている。



「んっ、ふぅ、ん……ん……」

「は、……はぁ、……スイ……」

「ぁっ……つるばみ、……あぁ、……」



 ぐじゅん、結合部の音をたて、橡がスイを押し倒す。ぐしゃぐしゃになった布団の上にスイを押し倒し、後ろから抱きしめながら……また、腰を動かした。

 奥をごりごりと擦るように、恥骨をスイの尻肉に押しつけるようにして……ゆっくり、ゆっくりとなかを、かき回してゆく。スイの腰を掴み、ぎゅー、と強く奥へいれていけば……スイは「あぁー……」と泣きそうな声をあげ、がくがくと震えながらぴっ、ぴっ、と潮を飛ばす。



「スイ、……スイ……」

「は、あぁあ……つるばみ、……あぁー……」



 汗だくのスイのうなじを吸い上げながら、橡はなかに精を放つ。どく……どく……とゆっくりとなかに注いでいくと、スイは恍惚として頬を染めた。

 

「スイ……」



 はぁ、はぁ、……とスイは甘ったるく吐息を唇からこぼしながら、目を閉じている。橡はそんなスイを見つめ……眉を顰めながら、ぎゅっと抱きしめた。



***


 雨が、降っている。



「底のない闇へ消えたなら、きっと、呪いのような想いは報われる」



 降り注ぐ雨を見つめるスイを抱きしめながら、橡は川辺にあがっていた死体を思い出す。なぜ、今こんなことを考えているのだろう……と思案したが、一瞬でその答えはわかった。

 スイから、あの死体と同じ臭いがしたからだ。



「……どういうこと?」

「誰かに捨てたはずのものを拾われるのは、いやだろう?」

「そうだね」



 もう、止められないだろう。スイは、近いうちに「人間」から「死体」へと名前を変える。

 橡は諦めたように目を閉じて、スイの肩口に顔を埋めた。くすぐったそうに笑うスイの小さな笑い声が、切なく橡の耳を撫ぜる。



「でも、おまえは、安心して沈むといい」



 振り向いたスイに、橡が口づけた。スイの瞳に、昏い光が、灯っている。



「誰かに見つかる前に、おまえの死肉は俺が喰ってやるよ」





橡の章――了


橡の章



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