屍を喰らう者





「あ――」



 無残な、光景があった。

 道端に横たわる、猫の死骸。それに群がる、鴉。死肉を喰われ、徐々に形を変えてゆく、猫。それを――スイは、黙ってい見ていた。



***



「よう……久しぶりだな」



 満月の夜。高嶺の手伝いを終え、寝床に就こうとしたスイに、声をかける者。顔をあげれば、庭の木の枝に座っている、橡。闇に紛れ微笑む姿は、まさに鴉のようだった。



「何か、あった?」

「……え? 何、藪から棒に」

「いや……前よりも随分と艷っぽい表情になったなあって」

「――は!?」



 橡と会うのは、二週間ほどぶりだった。まともに会話した日といえば一ヶ月近く前。ここ最近ほとんど関わっていない彼に、そんなことを言われると、スイも驚いてしまう。

 いつも、スイに悪態をついてくる彼。今宵の橡は、どうやら様子が違う。スイのことを興味深げに眺め、鋭くも柔らかい笑みを浮かべているのだ。



「さてはおまえ――」



 ぎゃあぎゃあと、鴉の鳴き声が聞こえてきた。スイがハッとして顔をあげると、夜空に浮かぶ月を囲うようにして数羽の鴉が渦巻いている。思わずそれに目を奪われていると――ばさばさと音を立てて橡が木の枝から飛び立ち、スイの目の前までやってきた。そして、くいっとスイの顎を指で持ち上げて、その真っ黒な瞳でスイの瞳を覗き込む。



「覗いたな」

「な、何を――」

「高嶺の闇を――そして、それを喰らったな」

「な、何を言っているのか、わからない……」



 スイはよろけ、縁側から部屋の中まで後ずさったのちに、尻もちをついてしまう。それを追うようにしてスイに詰め寄った橡は、目を細めて微笑んだ。

 それはさながら、捕食者のような瞳。



「高嶺と同じ臭いがする。空の心を満たそうとする、飢えた野犬みたいな。無様で、憐れで、滑稽な臭いだ」

「……意味がわからないけれど、俺のことを馬鹿にしているのはわかる。鬱陶しいからあっちいけよ」

「馬鹿にだってしたくなるだろう。意味もわからず愛を食っていって、満足したつもりでいるんだからな。おまえも同じようなことをするんだろう。高嶺と、同じ末路を辿るんだな」

「俺は……先生を、……だから、先生のようなものを書きたいから、あの人の言うことをしようと」

「しようとしているんだな。抱かれて、抱かれまくって……そして何かを得ようとしている。いいさ、止めやしない。俺もおまえを抱いてやるよ」



 は、と息を呑むと同時に――スイは布団に押し倒された。

 驚いて、スイは橡を見上げることしかできない。自分を見下ろし、不敵に微笑む彼に――徐々に体温が上がってゆく。



「ああ、わかったよ――なんで俺がおまえみたいなガキが気になって仕方ないのか。高嶺に似ているんだ、心の中にでっかい穴をあけている。俺は虚無が好きなんだ、鴉だからな。ほら――鴉は死骸を食うだろう。魂の抜けた、肉の塊を食らうだろう」

「俺を、死骸と一緒にするな」

「悪いな、俺のなかではおまえも死骸も変わらない。こうして、おまえを食いたい衝動に駆られているからな」



 橡が、スイの唇に噛み付いた。スイは抵抗しようとしたが――それも、ほんの少しの間のことだった。悍ましいこの捕食衝動にも似た情念をぶつける、この橡のくちづけを、欲しいと思ったのだ。これも――自分の心の一部にしようと。

 激しいくちづけを、スイは受け入れた。橡の背に手を回し、ぐっとしがみつく。服を脱がされていって、裸にされるまで――スイは一切抵抗をしなかった。



「あっ……あ、……んっ……!」

「ほら……もっと、啼け。嫌いじゃねえよ、おまえの声……しゃれこうべを叩いた時の音に似ている」

「だから……、あっ、あぁっ……そういう、……あっ……んぁあ……」

「はは……悪くねえ、もっと聞かせろ」



 ひとつひとつの橡の言葉に反抗しながらも、スイは甘い声をあげる。秘部をほぐされればあっという間にペニスからはとろとろと蜜が溢れだし、スイの穴はグチュグチュにやわらかくなってゆく。酷い言葉を投げながらも橡の手つきは優しく、くちづけだけが激しい。そんな橡の愛撫のせいで、スイの頭のなかはぐちゃぐちゃになってゆく。橡の言葉には腹が立つのに……身体は橡を求め、それに引きずられるように脳みそが蕩けてゆく。



「あ……あぁ、ん……は、ぁ……」



 指を挿れられただけで、スイは何度もイッた。橡の指をきゅうきゅうと締め付けながら、そこはビクンビクンと痙攣する。スイの白い身体は赤らんでしっとりと汗ばみ、色香を醸し出す。

 口先だけの抵抗も、なくなってきた。唇からは甲高い雌の声だけがこぼれている。もう、自分に抵抗する気持ちがすべて砕け散っただろう――そう感じ取った橡は、にたりと笑ってスイの手を引いて身体を起こしてやった。



「はぁ……は、……ぁ……」

「ほら……もっと気持ちいいの欲しいだろ? スイ。素直に言え」

「欲しい……」

「はは、いい子だ、スイ。ヤってるときは可愛いなあ。おいで、天国みせてやる」

「んっ……」



 橡が、するりと下着を解く。そうすればスイの求める猛りがあらわれた。



「はぁ、……」



 徐々に、橡がスイの手を引きながら仰向けに身体を倒してゆく。そうすればスイと橡の視点は逆転し、スイが橡を見下ろすような形になった。

 「乗れ」と言っているのだ。スイが橡の上に乗り、自ら猛りを挿れろ、と。この憎たらしい妖怪を相手に自らなかへ挿れるのは、抵抗があった。しかし、身体は逆らえない。しかし、その衝動には逆らえない。しかし――橡の瞳には、逆らえない。

 スイは腰を浮かせ……ほぐされたソコに、橡の堅くなったものをあてる。その瞬間、熱がいりぐちからずうっと中に入り込んできて、挿れていないというのになかがヒクンッと疼いた。求めているのだ。身体が、奥のほうが、橡を求めているのだ。



「あっ……あぁああっ……!」



 腰を、下ろす。ゆっくり、ゆっくりと下ろして――最後まで、挿れた。最奥まではいってくると、あまりにも気持ちよくて蕩けそうになって、目の前が真っ白になる。スイはのけぞりながら目を閉じ、ぴくぴくと震え……その体勢のまま、橡のものによる圧迫感を堪能していた。

――しかし。



「あっ……! は、ぁあんっ……!」



 ズンッ、と一突き、おみまいされる。橡が下から突き上げてきたのだ。その一突きでイッてしまったスイは、このまま何度も突かれたらおかしくなってしまうと、許しを乞うように橡を見下ろす。そうすれば橡は唇の端をあげながら嗤って、もう一突き、与えてきた。



「アッ――!」

「腰を振れ、スイ。おもいっきりだ」

「そ、んな……あんっ……」

「俺が欲しいんだろ? ほら……なあ、スイ?」

「あんっ……! あんっ……! は、ぁ……まって、……わかった、……わか、った……から、……あぁんッ! とめ、てぇ……!」



 橡の突きは深く、一回一回が強烈だった。スイが懇願すれば、橡はそれを止め、スイを催促するように睨み上げる。スイは……観念したように、自ら腰を振り始めた。



「はぁっ……はぁっ……」



 くちゅ、くちゅ、と控えめな水音が響く。ほんの少し、腰を浮かせてちょっとずつ腰を振るスイは、それでも快楽を感じていた。結合部が蕩けそうになって、スイは顔を恍惚とさせながら腰を振る。徐々に緩やかな抽挿では足りなくなって――激しく、腰を振っていった。ずぼっ、ずぼっ、と橡のものを何度も何度も自分のなかに挿れ、奥を奥をと突いてゆく。橡に手を掴まれながら、のけぞり、スイは淫らに揺れた。



「あっ! あっ! あっ!」

「スイ……俺の名前、呼べ、」

「あっ! 橡……! つるばみ――イクッ……イクッ――!」



 我を忘れて腰を振りながら、スイは橡の名を叫ぶ。そうすれば、橡はスイの奥に精を注ぎ込んだ。びゅるる、となかに出されたことを感じたスイは、一気に絶頂に達し、ガクガクと震えだす。そんなイッてしまったスイを引き倒し、橡は噛みつくようにくちづけをした。



「んっ……んっ……」



 唇を重ねながら、今度は橡がスイを突き上げる。スイは何度も何度もイッて――橡が満足するまで、奥を突かれ続けたのだった。



***



「ん……」



 朝日と共に、目を覚ます。目が覚めたばかりで頭がぼんやりとしていたスイは、わけもわからないままに、自分と共に布団にもぐっているものに抱きついた。それはどうやら人のようで――頭を撫でてくる。そういえばこの人は誰だろう、そう思って顔をあげたスイは――



「えっ!?」



思わず、悲鳴をあげた。



「つっ……橡……!?」



 スイの頭を撫でたのは、橡だったのだ。自分のことを毛嫌いするような発言をしていた彼が――まさか、こんなに優しく頭をなでてくれるなんて。信じられなくて、スイはあわあわとすることしかできない。

 しかし、橡は特に表情を変えることもなく。体を起こし、スイを見つめた。



「昨夜、おまえを抱いたんだ。朝まで一緒にいてやるのが礼儀だろう」

「なっ、……だ、だ、抱いたって……」

「忘れたわけじゃねえだろ。今更カマトトぶっているんじゃねえよ。昨日のおまえ、なかなかに可愛かったぜ」

「つっ……つるば、」



 かっと顔が熱くなって思わず叫ぼうとしたスイの唇をを、橡が塞ぐ。

 一瞬の、くちづけだった。橡はするりと布団をぬけ出すと、また昨夜のように庭の木まで飛んでいってしまう。

 唇にも、そして身体にも残る熱が妙に艶やかで、スイはそれ以上悪態をつくことができなかった。



「……死骸よりかは美味い味がした。おまえはもしかしたら――高嶺とは少し違うのかもな」

「え……?」

「また欲しくなったら言えよ。他の妖怪にばっかり現を抜かすなよ?」



 橡は、とん、と木を蹴ると飛び去ってしまった。

 スイは、橡の消えてしまった空を眺め――火照る自らの身体を抱きしめる。昨夜のことを思い出し――もっと、彼に喰われたい、そう思ってしまった。





屍を喰らう者…終


橡の章



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