黒には染まらない



 秋風が心地良い朝だ。庭に咲く金木犀の花の香りが体のなかにすっと染みこんできて心が安らぐ。日課である庭の掃除がそこまで嫌じゃない理由は、この屋敷の庭がこうして自然を感じ取ることができるからかもしれない。

 スイは大雑把に箒を動かしながら、縁側でぐうすかと寝ている高嶺を睨みつける。自然が綺麗なのはいいが、やはり人に雑用ばかり押し付けるあの人には苛立ちがこみ上げてくる。文句を言いたくなるのをぐっとこらえ、さっさと掃除を終わらせてしまおうとスイが少し強めに箒を振ったとき。


「おいおい、掃除は丁寧にしろよな」

「……!」


 上から声が降ってきた。はっとして顔をあげればそこには、真っ黒な青年。黒髪に黒い着物、黒い瞳。


「……橡(つるばみ)」


 木の上に座ってこちらを見下ろしているのは、鴉の妖怪の橡だ。いつもふらふらと空を飛んでどこかへいってはこうして庭の木で羽を休め、またどこかへ飛んでゆく。屋敷にずっといる妖怪たちとくらべて彼とは会話を交わすことがあまりない。


「ハッ、家事もまともにできねェ弟子になんの価値があるんだか。どうせこんなことに意味はないとか思って掃除してるんだろ、クソガキ」

「……俺なりにちゃんとやってる」

「どうだかね」


 冷たい表情、冷たい瞳、冷たい言葉。会話を交わす回数の少なさもあるが、彼の性格も相まって、スイは橡に苦手意識を持っていた。いちいちこちらの癇にさわるようなことばかり言ってくるが、橡のほうがこの屋敷に長く住んでいる。強く言い返すこともできず、スイはいつもほんの少しの抵抗だけしては、彼の暴言に耐えていた。


「なんだって嗣郎はおまえなんかを弟子にとったかな。もっと文才もあって人もできている奴がごまんと弟子になりたいって申し出てきたのにアイツは断った。おまえに魅力なんて、俺は微塵も感じないんだけど」

「……言わせておけば……さすがに失礼だぞ! 自分に文才があるとも人間としてできているとも思っていないけど、俺だって自分なりに頑張っているのに……!」

「……ツラかな? いや、手紙をみただけじゃあおまえのツラなんてわかんないもんなあ……」

「おい、聞いているのか、橡!」


 橡はぶつぶつと独り言を言いながらその冷たい瞳でスイを見下ろしている。きっとスイが橡をにらみあげれば、ほんの少しの間を置いて、橡がぽんと手を合わせた。


「ああ、確かにツラは悪くねえな、ツラは! なんで嗣郎がおまえを弟子にしたのかはしらねえけど、俺、おまえのツラは嫌いじゃねえよ!」

「はあ?」

「よう、クソガキ。いっちょ仲良くしようぜ。これから一緒に住むんだからさ、俺もあんまりおまえのこと毛嫌いしたくないんだわ。ってわけで俺におまえの魅力教えてくれよ」

「……何言って……」


 散々酷い態度をとったのはそっちだろ、そんなスイの意図は伝わらなかったようだ。橡はひらりと木の上から降りてくると、ず、とスイに詰め寄ってくる。そして手首を掴むとそのまま木の裏に引きずり込んだ。箒を思わず手放してしまったが、拾いに行く隙も与えてくれない。


「……近くでみると、生意気そうなツラ。やっぱりムカつくなあ……」

「なんなんだよさっきから! 人の顔にまで文句をつけるな!」

「俺だってあんまりおまえのこと嫌いになりたくないんだって。ただおまえがどうにも気に食わない。でも、なんとかおまえのこと好きになりたくて」


 どん、と耳元で鈍い音が聞こえる。橡が木の幹に手をついた音だ。橡と木の間に閉じ込められた。スイがぎょっとして瞠目すれば、橡がいじわるそうに微笑んでいる。


「……だからさ、おまえの可愛いところ、俺にみせろよ」

「えっ……」


 く、と橡がスイの首に口付けた。突然のことに、スイの体がびくんと跳ねる。


「ちょっ、なにを……橡、やめ……」

「大人しくしてろ。嗣郎が起きる」

「……っ」


 慌ててスイが抵抗しようと擦れば、手首を掴まれて木の幹に押し付けられた。

 そうだ、縁側で高嶺が寝ている。大きな声をだせば彼が目を覚まして、このよくわからない状況を見られてしまう。落ち着いて考えれば高嶺に気付いてもらって橡を止めてもらうのが良案なのだが、混乱している今、スイにそんなことは考えられなかった。この恥ずかしい状況を高嶺にみられてはいけないと、それしか頭に浮かばなかった。


「橡……ねえ、やめてってば……」


 スイが震える声で橡を制止する。しかし、橡が離れていくことはない。橡は顔をあげるとじっとその黒い瞳でスイの顔を覗きこむ。


「……怯えてる? ハァン? 悪くねえ顔じゃん」

「何がしたいんだよ、橡は……」

「だから……可愛い顔見たいだけだって」

「なに……あっ……!?」


 ずくん、と突然下腹部から電流のようなものが這い上がってきた。腰が砕けそうになったが、ずる、と体がずり下がったところでまた腰が震える。橡が、膝でスイの股間をぐりぐりと刺激しているのだった。腰が抜けて座り込みそうになれば、余計に刺激が体を苛めてしまう。


「ちょっ……あ、……やめ、」

「ん? なに? こういうの、キライ?」

「いや、だって……あぁ、ん……はぁっ……」

「そうには見えないけど? はは。ほら、もっと感じろよ」

「あぁっ……ん……」


 ぎゅ、と手首を握りしめられながら、股間をぐいぐいと刺激される。にやにやと橡が笑っているのに悔しい、と感じたが、抵抗できない。じくじくと身体の内側が熱くなっていって、くらくらとしてくる。


「はぁ……あぁ……あぁん……」

「気持ちよさそうな顔。いい顔すんじゃん」

「うるさ……あぁ……」

「声もいい感じだ。でもあんまりだすと嗣郎に聞こえるかもしれないぜ」

「……っ」


 ちゅ、と橡が額にくちづけてくる。とろんと蕩けたスイの瞳をみては微笑んで、今度は瞼にも。鼻、頬……いろんなところに口付けを落としてくる。手首を掴んでいた手は後頭部に回されて、髪の毛をくしゃくしゃとかき回してきた。


「あ……ぁん……」

「どう? スイ……今のおまえ、なかなかいいぜ。おまえは今どんな気分なの?」

「どんな、……ぁあっ……なんとも、ない……ふ、ぁ……」

「は、生意気……じゃあ、これはどう?」

「ふ、ぁあっ……」


 橡が着物の中に手を突っ込んでくる。そして、きゅうっと乳首をつまみあげた。ぴくぴくと身体を震わせたスイをみて、は、と橡があざ笑う。


「ほら。ほら、どうなんだよ。顔とろっとろにしてさ」

「あっ、ぁんっ、だめ、そこ……ひゃあっ……」

「だめ? 違うよな。もっと俺をそそる言葉、くれよ」

「わから、な……ぁあっ……やあ……」


 ぐ、ぐ、と下から橡の膝が突き上げてくる。がくがくと身体を揺さぶられて、スイはされるがままになっていた。声をだしてはいけないと、手の甲を唇にあててはいるが、それは全く意味をなしていない。止めどなく、甘い声が漏れてゆく。


「あんっ……あんっ……」

「声、嗣郎に聞かれるぜ? いいのかよ、そんないやらしい声聞かれて。ちゃんと我慢しろよ」

「だって、……ぁあっ……あ、……」

「だって? だって、なんだよ。言えよ、スイ」

「だって……きもち、い……きもちいい……こえ、とまらな……」

「……、」


 す、と目の前の橡の瞳の中で、瞳孔が開く。その瞬間、ゾクゾクっと身体の芯が震えた。黒い眼光が、身体を貫いてゆく。ふ、と唇の端をあげて笑ったその顔に目眩を覚えた。


「可愛い。ご褒美、あげようか」


 するりと橡の手が下へ下がっていき、着物の中でスイの熱を掴んだ。突然性器を掴まれたスイはびくんっと仰け反ってため息のような息を吐く。


「先……ぐっちゃぐちゃじゃん。相当気持ちよかったんだ? スイ?」

「あ、あ……」

「わかる? すっげぇぬるぬるしてる。やらしいなあ?」


 くく、と橡が笑う。鈴口を親指でくりくりと撫でられて、かくかくと腰が揺れてしまう。ぬるぬるとした感触が伝わってきて、スイはかあっと顔を赤らめた。でも、もう抵抗なんてできなくて、むしろもっと触って欲しくて……このうだるような熱から解放して欲しくて。スイは橡の背に腕を回すと、ぎゅっと着物を掴む。


「スイ……可愛いな、スイ。口でもねだってみろよ」

「あ、っ……あぁ……もっと、……もっと、……」

「もっと?」

「もっと……さわ、って……さわって、つるばみ……」


 すうっと橡の瞳が細められた。そして、橡はスイの耳元に唇をもってゆく。


「……いい子だ、スイ」


 掠れ声で、囁かれた。


「はぁっ……ぁあ、っん……!」


 にゅる、と勢い良く性器をしごかれる。じゅわじゅわっと溢れだすような熱に耐えられず、思わずスイは大きな声をあげてしまった。はっとしてスイは唇を橡の首元に押し当てて、声を我慢する。大きな声を出したら、高嶺に聞かれてしまう。


「んんっ、んっ、んー、んーっ……」

「ふ、いい子いい子、ちゃんと声我慢できているな。最後まで、我慢できるかな?」

「ふぁあっ……! ん、……ぁ、……んっ、んっ、んっ」


 橡の手の動きが早くなってゆく。身体ががくがくと震えて、立っているのも辛い。必死に橡にしがみついて、なんとか体勢を維持しながら声も我慢する。視界がくらくらと回って、おかしくなってしまいそうだ。気持よくて気持よくてたまらない。ふーふーと自分の息が荒がってゆくのが恥ずかしい。


「んー、んーっ……ん、ん、ぁあ、ん、あぁっ……」

「……よし、いいぜ。俺の手のなかに出せ……」

「あ、……ん、ん、……ふ、ぁ……」


 熱が膨れ上がってゆく。橡がくい、と肩を震わせて自分の首元に縋り付いていたスイの顔をはらう。そして、どろどろに蕩けた表情を覗きこむように、目を合わせた。


「あっ、あっ、あっ、あっ」

「……イけ」

「あっ……」


 びくんっ。身体が大きく震える。そして、ぞぞぞっと下から快楽が凄まじい勢いで這い上がってきて、きゅうっと下腹部が収縮する。


「あっ、あぁあっ……あぁー……」



***



「なんだよ、その顔」


 橡が自分の手をぺろぺろと舐めている。先ほどスイが精を吐き出した、その手を。スイは木に寄りかかって座り込み、かすかに顔を赤らめながら、そんな橡を睨み上げていた。


「外で……あんなこと……しかも、先生が起きるかもしれないのに」

「よがってたのおまえじゃん。それに、良かったじゃねえか、嗣郎の奴、まだいびきかいているぜ」

「この……」


 かり、と橡が指を噛む。そして、じろりとスイを見下ろした。


「……ヤってるとき以外は可愛くないの? おまえ」

「……な、……俺は、可愛さとか別に欲してないから……」

「生意気なクソガキが。どうしたら普段からさっきみたいな可愛いツラみせてくれるかなぁ」


 ふん、と橡は笑うと、ひょいと飛び上がって木の上に乗っかった。


「ちゃんと抱いたらもっと俺にデレてくれる?」

「……はぁ?」

「そのムカつく態度、いつか壊してやるよ。俺に骨抜きになってさ、とろとろに蕩けた顔で俺に媚びるくらいにしてやる」

「何言ってんだよ、橡は」

「……あー、生意気生意気。まだまだおまえのこと好きにはなれそうにねえなあ」


 ばさ、と橡の背中から漆黒の翼が生える。そして、そのまま橡は飛び去っていってしまった。

 ひらりと、黒い羽がおちてくる。それはひらりひらりと舞い踊って、座り込むスイのすぐ側に落ちた。

 真っ黒な羽。あの、黒い瞳を思い出して身体の内側がじゅわ、と熱くなってくる。強引に快楽を与えてきて、意地悪に笑った橡。凄まじい引力をもった黒い瞳。


「……あんな奴に好かれてたまるか」


 未だ冷めない熱に浮かされながら、スイはぽつり、つぶやいた。




黒には染まらない…終


橡の章



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