随筆…高嶺嗣郎という人




 高嶺さまは、私の思い描いていた人物像とは少し違った方でした。高嶺さまの紡ぐ文章は非常に美しく、きっとご本人も聡明で気品のある方だろうと思っておりました。しかし実際は剽軽(ひょうきん)で野暮な方でした。日がな一日ぐうたらと横になっては酒を飲み、人前に出ない時は草臥れた着物を着て髭も整えません。私は彼の召使のような日々を過ごし、ほとんど教えを受けることはできませんでした。

 ある日、私はとうとう我慢ができなくなって高嶺さまに言いました。私は貴方の召使ではなく弟子です、貴方の教えを受けたいと。そうすれば高嶺さまはいつものように笑って、私に言ったのです。


「ここに住んでいれば、良いものが書けるようになるさ」


 教えてくれるつもりはないのだろうか。わざわざ田舎から東京のここまで来た意味がまるでないのではないか。きっと、そんな私の気持ちが顔にでてしまっていたのかもしれません。高嶺さまは面白いものをみた、という風にまた笑います。


「君の文章は落ち着きがあったから、もっとおとなしい子だと思っていたよ。それが、こんな生意気な子なんてね。文章から人柄ってわからないものだね。これから楽しくなりそうだ」


 それを貴方が言うのだろうか。とにかく、このときの私は高嶺さまの言動全てに苛々としていたと思います。高嶺さまは子供をあやすような余裕たっぷりの表情でひたすらに笑っていました。



雨瀧 スイ 著「恋綴り」から引用



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