生徒会室の秘密
俺の憧れの人――それは、このJSに入学したときから変わらない。
神藤先輩だ。現在、生徒会長を務める三年生。俺が入学した時には二年生だったけれど、俺はずっと神藤先輩に憧れている。
けれど、神藤先輩はちょっととっつきにくい。愛想が悪いわけではないけれど、一人でいるときの表情が冷たすぎて、話しかけづらいのだ。そこがクールでいいなんて女子には人気があるけれど、そこが話しかけづらい原因となっているから、俺的にはもう少し笑っていてほしいなんて思う。
そんなわけで、俺はなかなか神藤先輩に話しかけられないでいた。仲良くなりたいのに、怖くて話しかけられない。だから――神藤先輩にお近づきになるために、俺は生徒会に入った。不純な動機だと言われそうだから、それは誰にも言っていないけれど。
「神藤先輩。まだ、残っていくんですか?」
「……。もうちょっと、これ進めてから帰るよ」
「そう、ですか。待っててもいいですか?」
「待っててくれるんだ。ありがとう、でも、もう少しかかるよ?」
「大丈夫です」
同じ生徒会に入って、二か月くらい。ちょっとした会話なら、ぎこちなくなることなく、できるようになった。それでも俺は緊張してしまって、神藤先輩と話すときには顔が熱くなってしまうのだけれど。
今日の神藤先輩は書類を終わらせてから帰るというから、俺はそれを待って一緒に帰ることにした。生徒会室に、二人きり。かなり、ドキドキするけど……別に何かがあるというわけではないだろう。
「あの、神藤先輩」
「ん?」
「せ、先輩って、彼女いたことありますか!」
「えっ?」
俺は黙っていると胸が破裂しそうになったので、神藤先輩に話しかけてみることにした。仕事の邪魔になったら申し訳ないけれど、神藤先輩は特にウザがる様子もなく、ただぽかんと俺を見つめている。
……話のネタをミスったかもしれない。
ちょっとばかり、俺は後悔したけれど、神藤先輩はパソコンを打つ手を止めて、ふっと笑う。
「彼女は……どうだろう。ちゃんと付き合ったりはあまりしてないから」
「ちゃんと、っていうと?」
「精々セフレってところかな」
「――ッ!?」
SEHURE――まさか神藤先輩の口から出てくるとは思っていなかった言葉に、俺は思わずむせてしまった。
神藤先輩は、結構ストイックな雰囲気がある。飾りっ気がないし、生真面目。顔立ちが綺麗だからあか抜けて見えるけれど、でも、遊んだりするような人にはどうしても見えない。
そんな神藤先輩から、セフレなんて言葉が出てきたものだから、俺は自分の耳を疑った。正直、先輩はセックスすらもしたことがなさそうだと思っていた。それくらいに、神藤先輩の持っている雰囲気は堅実なのだ。
「な、な、先輩、……えっ、先輩って、そういう」
「いや……告白されて、一応オーケーはするんだけど、付き合ってみたらあんまり合わないから別れるんだよね。でも、女の子ってよくわかんなくて……俺と、セックスはしたいんだって。別れてからセックスしたり、するんだよ」
「き、聞きたくない! 聞きたくない! 先輩のイメージが壊れる!」
「え、何。志田って俺にどんなイメージ持ってるの。俺、普通にセックスするし、セックス好きだけど」
「神藤先輩の口からセックスってききたくないー!」
イメージ大崩壊。クールでかっこいい神藤先輩は、ただれまくりのチャラ男だった。
そんな俺の絶望を知ってか知らずが、神藤先輩は頬杖をつきながら笑っている。その仕草すらも、俺の理想の神藤先輩からはかけ離れていて、俺は思わず低い声で言ってしまった。
「……一人くらい、大切な人はいないんですか」
別に、セックスくらいしていてもいい。むしろ、彼は18歳なのだからしていてもおかしくない歳だ。けれど、不特定多数としているのは……俺の倫理観に反する。
神藤先輩を嫌いになりたくなくて、俺は聞いてしまった。そもそも、勝手にこんなイメージをつくりあげていた俺も悪いけれど……でも、セフレ持ちの生徒会長なんて、嫌だ。
「大切な人?」
神藤先輩は、頬杖をついたままじっと俺を見つめ、つぶやく。
神藤先輩は、やっぱり見た目は堅実で、「大切な人」という言葉すらも彼の口から発せられると色気を感じる。
俺がどきどきしながら神藤先輩を見つめていると――神藤先輩は目を細めて、かすれ声で言った。
「殺したいくらいに愛している人が、いるよ」
「――……ッ」
――ゾクッ、とした。
今までの人生で聞いてきたどの言葉よりも、色気があった。
憧れの神藤先輩に、そこまで愛している人がいるという事実に、嫉妬する。そして、それなのになんでセフレなんてつくっているのかと怒りを覚える。でも、そんなぐちゃぐちゃした想いがかき消されるほどに、俺は――神藤先輩の言葉に興奮してしまった。勃ってしまった。
体の奥が熱くなって、俺は思わず脚をもじもじと動かしてしまう。堅くなってしまったものを隠すために、カバンを脚の上に置いて。
神藤先輩はそんな俺に気付いたのだろうか。頬杖をついた手の、中指でとんとんと自分の頬を叩き、ふっと唇の端をあげて。「志田」と俺の下半身に響くような声で呼ぶ。
「おまえの座っている、そのソファで。俺、その人を抱いた」
「――……ッ、」
一瞬、自分が神藤先輩にここで抱かれる想像をしてしまって。爆ぜそうになってしまった。びくびく、と腰が砕けてしまって、俺は思わずうずくまる。
「……この話は、終わり。もうちょっとで終わるから、待ってて」
「……はい」
先輩は俺が達してしまったことに気付いている。
俺はカバンを抱きしめながら、呼吸を整えた。
先輩に、このソファの上で抱かれたい。セフレでいいから、ここで、セックスしてほしい。
自分の考えていることがおかしいと、わかっている。でも――俺は、更に神藤先輩に惹かれてしまったようだった。