▼ 本懐
「今日の相手のドールって、どんなヤツ?」
ドールが待っている部屋まで、ヘンゼルはヴィクトールに抱きかかえられながら移動していた。足腰を動かせないことはないのだが、長い距離を歩くとなると辛い。ヴィクトールが一歩踏み出すたびに起こる微弱な振動を感じながら、ヘンゼルは気持ちを落ち着けていた。
「……ああ、……言っておいたほうが、いいかな」
「心の準備っていうか……前に見たちょっと危ないやつだったら嫌だし……『C』とかいう」
「ううん、ヘンゼルくんの相手は『C』じゃない。こういうやつの相手はほとんど『A』から選ばれるから」
ドールが夜を過ごす部屋まで来て、ヘンゼルは驚いたように目を瞠る。長い廊下に扉がいくつか並んでいて、その全てがドールの部屋だとすると、ドールは結構な人数がいることになるのだ。
「一つの部屋に何人もいるのか」
「そう……あ、でも昼間はみんな違うことをしてもらっているから部屋にはいないよ。今日も、ヘンゼルの相手をする一人を除いては出払っている」
一つの扉の前で、ヴィクトールは立ち止まる。「A-1」という札がかけてあったが、その意味をあまりわかっていないヘンゼルにとっては無意味なものだ。なかなか扉を開けようとしないヴィクトールを、ヘンゼルは不思議そうに見上げる。
「ヘンゼルくん、一旦僕からおりようか。あんまり弱っている姿を『彼』にみせるのもいけない」
「ああ、うん……ありがとう、ここまで運んでくれて」
ヴィクトールに促され、ヘンゼルは素直に応じる。足で地面を掴んだ瞬間にズシンと下腹部に違和感が走ってふらつきそうになったが、一人で立てないことはない。いくらか呼吸をして心を落ち着け、ヴィクトールの静かな視線の先の、ドアノブを掴む。
「ヘンゼルくん、今日の君の相手は、」
「え?」
ヴィクトールが言い終わる前に、扉をあけてしまった。飛び込んできた光景に、ヘンゼルは言葉を失う。
「……兄さん」
大きな部屋、並ぶベッド。その一つにポツンと座ってポカンとこちらを見つめる少年は――紛れも無くヘンゼルの弟・椛だった。ヘンゼルは久しぶりに椛に会えた喜びに震えたが、すぐにこの部屋にきている理由を思い出して青ざめる。
「……ヴィクトール、まさか……椛と……?」
ヘンゼルの震え声に、ヴィクトールは黙っていた。その様子に悟ったヘンゼルは、何も言わずうなだれる。
一度、椛とそういうことをしたことはあった……が、未遂だった。もちろんセックスをすること自体が嫌だったが、なにより自分がドールになるのだという事実を椛に知られることが嫌だった。自分は弟を助けるためにここにいる。それなのに、その助ける相手に、自分が男に抱かれているのだということを知られるのが、嫌だった。
「えっと、……とりあえず、椛と少し話していい?」
「……いいよ」
ヴィクトールに許可をとり、ヘンゼルはゆっくりと椛に近づいてゆく。そして、再び「兄さん」と呼ばれたとき――ヘンゼルは椛を抱きしめた。
「椛……よかった、元気そうだな」
「にいさ……」
椛がヘンゼルの背に手を回し、強く抱きしめ返してくる。微かに耳を掠めた嗚咽に、ヘンゼルは椛の頭をぽんぽんと優しく撫でてやった。
「椛、大丈夫、……俺がいれば、大丈夫だから……」
震える体は、少し痩せただろうか。どこか怪我などはしていないだろうか。溢れる想いに、やっぱり自分は兄なのだということを自覚して、ヘンゼルは笑ってしまった。
いくら嫌っていても、兄弟というものはつながっているらしい。こうして逆境にたたされたとき、今までいくつも付加された弟への嫌いな理由など吹っ飛んで、何よりも大切な人となる。切っても切れない存在というのはこういうことか、ヘンゼルはそんなことを思う。
「あの……兄さん、……なんか、……雰囲気変わったね」
「はあ?」
「……いや、久しぶりに見たからかもしれないけど」
何言ってるんだ、そう思って椛の顔を覗けば、椛はさっと目を逸らして顔を赤らめた。どうしたんだコイツ、と思いつつヘンゼルは椛をしつこく撫で続けた。
「……ヘンゼルくん、そろそろ」
「あ……」
ふと、ヴィクトールの声がかかる。そうすれば、ヘンゼルはずしりと胸のなかに重石が降ってきたように憂鬱になって、表情を翳らせた。本当に椛とセックスしなければいけないのか……でも、しなければ椛を救えない。
「……椛、これからすること、聞いてるか?」
「……うん」
「はやく済ませよう、椛も嫌だろ、こんなこと」
「……嫌、じゃないけど……不安かな」
「俺も不安だよ」
「そうだよね、……兄さん、抱かれたことないでしょう? 僕も、誰かを抱いたことがないんだ」
「……?」
え。ヘンゼルのなかに疑問符が浮かぶ。
「ヘンゼルくん……これはドールになるためのテストだ。オンナ役は……君だよ」
「……!?」
驚きと絶望で、目の前が真っ暗になった。ドールになるためのテストなのだから、考えてみればわかることではあるが――弟に抱かれるということがショックだった。彼の下で啼けと言うのか。
著しく兄としてのプライドを傷つけられたような気がして、ヘンゼルは言葉を失ってしまった。しかし、椛は思ったよりも冷静だ。
「兄さん、兄さんが痛くないように頑張るから……僕、兄さんとここを出たいんだ」
それは俺も同じだよ、とは言えない。
椛はヘンゼルがドールになることを知らない。ただ人質としてヘンゼルがとらえられていたとでも思っているのだろうか、素行の悪くつっけんどんな態度をしていたヘンゼルがまさか男に抱かれていたなんて思っていもいないのだろう。
椛にとってこれは、ヘンゼルがドールになるためのテストではなくて、自分がドールとして、ヘンゼルを救うためのトロイメライからの命令なのだ。
「兄さんが僕の下になるのが嫌だったら……兄さんが僕の上に乗っていいから……」
「あ、待て、椛……」
椛はあくまで必死に命令をこなそうとしている。しかし、ヘンゼルはまだ覚悟ができていない。ヘンゼルのシャツのボタンを外そうとする椛の手を、思わずはらってしまう。
「まだ、俺……」
「ごめん……でも、……兄さん。あんまり兄さんに辛い想いをさせたくないから、リラックスしてほしいから。ね、脱いで。肌で触れ合ったほうがいいよ」
椛は自分を救おうとしてくれている。その想いを無下にはしたくない。なにより、こちらだって椛を救うためにここに来ている。やるしかない。
緊張に震える手で、ヘンゼルはボタンを外していく。空気が肌に触れ、冷たさを感じ、恐怖心が煽られて。なかなかボタンを外せない、弟に抱かれることが、どうしても怖い。
「……兄さん?」
動きを止めたヘンゼルに、椛が声をかける。それに弾かれたようにヘンゼルは顔をあげた。その声色に、どこか違和感を覚えたのだ。これから抱かれる兄を思いやる気持ちというよりは……ドロッとした醜いものを孕ませたような、そんな声。
「……それ、なに?」
「えっ」
椛の視線の先には――ヘンゼルの胸元に散る噛み痕と鬱血痕。普通に暮らしていてできるはずのない痕。それをみつけた椛は、勢い良くヘンゼルのシャツを掴んで、胸元を開いた。現れる、ゾッとするくらいにつけられた大量の痕。それが意味するものを、椛は当たり前のように察した。
「……誰かに……抱かれていたの?」
「……椛?」
ヘンゼルは、椛の表情に戦慄した。あまりにも、無表情だったのだ。発せられた声は彼にしては低く、ゾワリと全身をなでつける。
「兄さん……」
椛の心を蝕んだものは、暴れ狂うような嫉妬。
久々に見たヘンゼルは、なぜだか美しく見えた。ここで見てきた人間の誰よりも綺麗で、穢れのない……そう見えた。そんな彼が自分の兄であり、自分のものであるということに喜びを覚えた。それなのに、ヘンゼルは自分の知らない間に知らない男に抱かれていた。こんなにも大量の痕を残すような、激しい抱かれ方をしていた。その男は、自分の知らないヘンゼルの顔を知っている……
「待っ……! 椛、」
椛は、衝動のままにヘンゼルを押し倒した。抱きたいとか、そういう想いではない、ただ、兄が自分から離れてゆくのが怖かった。ヘンゼルの全てを知りたい、全てを自分のものにしたい……溢れる情念が椛の身体を動かした。
「ここ……噛まれたとき、兄さんはどんな声をあげたの? ちゃんと……抵抗した?」
「……んっ……」
首にできた噛み痕に、椛が触れる。その瞬間、ヘンゼルの身体に電流のような刺激がはしった。変な感じだ。弟に押し倒され、見おろされ、そして抱かれた痕に触れられる。わけのわからない快感が、身体のなかに沸き起こる。
「ひっ……」
「……? 兄さん? ここ、もしかして感じるの?」
つうっと椛の手がヘンゼルの身体をなぞっていき……胸の頂に触れた時、ヘンゼルの口から小さな声が漏れる。その反応に不快感を覚えたのか……椛は反応を伺うように、両方のそれを指で引っ張りあげた。
「あっ……、やめっ……」
「兄さん……気持ちいいの?」
「ち、ちが……んっ、……」
「……ここ感じるなんて……相当ここ触られたんだね。どんな風に……? 兄さん、触られるたびに、どんな顔をみせたの?」
「あっ、あっ、……椛、やめろ、……だめ、」
椛の中に苛立ちが募ってゆく。兄のここを触った男がいる。ここを触られて乱れる兄を見た男がいる。……腹が立つ。その男はここをどんな風に弄ったのだろう。兄はここをどう触られると、どんな顔をするのだろう。全ての表情をこの目でみてみたい。その男に独占なんてさせたくない。
椛は思いつく限りの様々な方法でヘンゼルの乳首を弄ろうとした。乳輪ごと指の腹で掴んで引っ張り上げる、引っ張りあげたままくるくると円を描くように回してやる。埋め込むようにぐりぐりと押しつぶしやる、指で摘み上げてこりこりと揉んで、先端を指の腹でとんとんと叩いて。
「んんっ……ん、……ッ!」
びくびくとヘンゼルの身体が震えた。片腕で自分の口を塞ぎ、必死に声を堪えるヘンゼルの姿に椛は焦燥を覚える。いつもこうして声をださないようにしているのだろうか、いや、自分の前だから出したくないのか……それならば、許せない。声をきかせてほしい、他の男にきかせたその声を、僕にも――
「あっ、ぁッ……」
椛がしつこく乳首をいじってくる。ヘンゼルは羞恥で泣きだしてしまいそうになった。弟のまえではずっと気丈に振る舞ってきたのに、こんな、まるで女のように胸で感じることを知られてしまって、恥ずかしかった。
弟の目は完全に座っていて抵抗しても許してくれそうにない。きっと、おかしくなってしまうまでここをいじられてしまうのだろう。ズク、と下腹部が熱くなってくる。弟に下されているのだと、征服されているのだと……そう悟ってしまった瞬間に、全身が熱くなってくる。
「あっ……」
「兄さん……どう触られるのが一番好き? 僕にも教えてよ」
「い、……ぁあっ……まって、さわ、……だめ、……」
――やばい、やばい、俺、変だ。
たしかに胸も最近は感じるようになってきた……けれど、こんなに気持ちよかったっけ。ばしばしと視界に白い火花。ふと気を抜けばイッてしまいそうになる。椛だから……相手が、椛だからだろうか。弟という特別な存在、生まれた時から運命によって繋がっていた人。
「兄さん……」
「あッ――」
ぴ、生ぬるいものが胸にかかる。胸を執拗に弄られて、それだけでイッてしまったのだった。ヘンゼルのものからは精液が弾け、自らの身体にひっかかってしまった。言いようのない喪失感、惨めさ、色んな想いに苛まれヘンゼルは手の甲で顔を隠し、椛の視線から逃れようとした。
しかし、椛は構わずその手を掴みヘンゼルの表情を覗こうとする。あっさりと手をどけられてシーツに縫い付けられ、泣きそうな顔を晒すことになってしまったヘンゼルは、ぐっと椛から顔を背けて視線から逃げた。
「兄さんの身体って……思ったよりもエッチだね」
「……う、るさい……」
「恥ずかしがらないで兄さん……こういう兄さん見れて、僕嬉しいんだ」
椛の顔は、ヘンゼルの新たな一面を見ることが出来た喜びにきらきらと輝いていた。顔を真っ赤にして目を閉じて、睫毛を震わせているヘンゼルに、椛は見惚れたようにため息をつく。
こうして淑やかにしていれば、こんなにも美しい人だったのか……もっと早く気付けばよかった。口の悪いヘンゼルを思い出し、椛は笑う。
「兄さん……もっと見せて」
「……っ」
思わず声を出してしまいそうになり、ヘンゼルは解放された手で再び口を塞ぐ。椛がヘンゼルの胸に散った精液を、胸全体に手のひらを使って塗りたくったのである。気持ち悪さよりも、爆発しそうな羞恥で頭がいっぱいになった。
自分の精液だ。椛に乳首を弄られただけで出してしまった、精液。自分の淫乱さを刻みつけられているようで羞恥心が煽られてしまう。やめろと声を出せば同時に喘ぎ声まで出てしまいそうで、何も言えない。がくがくと震える手で必死に口を塞ぐしかできない。
「んん……っ、ん、」
「兄さん……綺麗、すごい」
椛の言葉にヘンゼルはぎゅっと目を瞑る。椛はあくまで綺麗と言うのか。せめて、もっと罵ってくれればいいのに。淫乱とでも売女とでも言ってくれればいいのに。ヘンゼルはとうとう涙を零し、ふるふると首をふる。
しかし、椛は快楽に喘ぐヘンゼルを、醜いとは思わなかった。椛の世界で一番美しい人。兄であるヘンゼル。たった一人、自分をちゃんと見てくれた人。新しい顔を見せてくれたなら、どんな顔でも嬉しい、たとえ自分で否定していた淫乱な姿であっても。むしろ、昂ぶる、胸が高揚する。なんだろう、この気持ちは。
「兄さん……」
「あ……あ……」
椛が精液に濡れた乳首を口にふくんだ。母乳でも吸うかのようにちゅうちゅうと吸われ、ヘンゼルはたまらず仰け反った。声を我慢するのが辛い、でも聞かれたくない、でも気持ちよくてたまらない……
「んっ、んっ……!」
「すごい……兄さんの精液はじめて舐めた……不思議だね、なんだか甘く感じる……それに、兄さんの乳首……刺激を与えるとぷっくりしてきて、なんだか可愛い」
「黙って……言うな、お願いだから……」
「なんで……だって本当だよ?」
「あっ……あぁあ……」
再び、吸い上げられる。滔々と甘い声が唇から溢れ出てしまう。感じてしまう自分が情けなく思った。乳首の感触を味わうようにころころと舌で転がされて、ヘンゼルの腰がビクンビクンと跳ねる。泣いても泣いても、椛はやめようとしない。もう、ヘンゼルの中の兄としてのプライドはズタズタになってしまっていた。
(兄さん……すごい、僕の知らない兄さん、綺麗……)
椛は夢中になってヘンゼルの胸をしゃぶってた。どきどきする。次第に大きくなってゆく甘い声に、ヘンゼルの体を開いていっているような錯覚を覚える。
「も……やだ、……むね、ばっかり……あっ、」
「え、違うところ、もっと好きなの?」
「ちが……そういう意味じゃ……」
「どこ? 教えて、兄さん」
「言うか……だれが、そんな……」
「ここ?」
「ひゃ、あ、ぁッ!」
突然、指を後孔に挿れられる。急に強烈な刺激に襲われ、ヘンゼルはあられもない声を出してしまった。指を一本、挿れただけでイク寸前まで感じてしまったヘンゼルに、椛はじっとりと不機嫌な眼差しを送る。
「ここも……いっぱい可愛がられたの? 僕の知らない人に」
「や、やめ……!」
「ここで知らない男のチンコ咥えたの? 兄さん、精液注がれたの? 何回?」
胸よりも敏感なところ、みつけた……。椛は嬉しさに震えると同時に、知らない男に犯されているヘンゼルを想像してしまって気分が悪くなった。
この白くて綺麗な太ももを掴まれて、無理やり脚を大きく開かれて……こんなに綺麗な穴に醜い欲望の塊をぶち込まれ、細い腰が砕けるほどに突き上げられる……腹立たしい。
「な、椛……」
冷たい目で見下ろされながら片足をぐっと腹まで押し倒されて、後孔が丸見えの状態にされて、ヘンゼルは流石に抵抗しようとした。しかし、動こうとした時に、中にはいった指に前立腺を擦られ力が抜けてしまう。
「兄さん……今、兄さんの中にはいっているもの、なに?」
「……なぎの、ゆび……」
「そう! 僕の指。これ、僕の指だよ……感じる?」
「……ッ! あっ、……ゃ、!」
忘れてしまえ。ほかの男のことなんて。燃え上がるようなどす黒い嫉妬が、椛の胸の中を埋め尽くす。この兄の感じている顔を、自分だけのものにしたい。そして、もっともっと感じて欲しい。綺麗、綺麗だ、兄さん……。
この感情を、なんという。今まで生きていて、初めてのこの想い。ただの兄に抱くものではないということは、椛も気付いていた。
「あっ、あっ、なぎ、ッ……なぎ、やめ……」
名前を呼ばれれば体の芯が熱くなる。そう、これは――狂おしいほどに純粋な、恋。
「兄さん……!」
「あぁ……!」
みち、指よりもずっと太いものがはいってくる。それが椛のペニスであると理解したヘンゼルは、喪失感に襲われる。とうとう弟にいれられてしまった、抱かれてしまう。じわっ、と熱が下腹部から一気に広がってゆき、勝手に身体が仰け反ってしまう。先端が入ると、窮屈さは抜けて、ソレは一気に中に入り込み奥を貫いた。
「はぁ……ッう、!」
ヘンゼルの身体は大きく跳ね上がり、出したばかりのペニスから、また、切なげに精液が飛び出す。
なんとも哀れな光景だった。泣き声混じりの吐息、大きくはだけたシャツ、精液に濡れた胸、弄られすぎて腫れ上がった乳首、開かれた脚……絶景だった。ショックで大人しくなってしまった口がまた、愛おしい。
「すごい……兄さん、すごい……」
「……、ぁ、」
「なか、すごくあったかい……それにぴくぴく動いていて気持ちいい……兄さん、すごいよ」
「うごかな……ぁっ……あ……!」
椛がヘンゼルに覆いかぶさって、キスをする。その拍子にまた深くはいってしまって、ヘンゼルは声をあげてしまう。拙いながらも激しいキスで責められて、ヘンゼルはされるがままになるしかなかった。舌で咥内を引っ掻き回され、息をつく間も与えてくれない。
快楽でまともに呼吸ができないヘンゼルは、苦しくて椛から逃げるように顔を逸そうとするが、顔を掴まれそれは阻まれる。唇から唾液が零れてしまうがそんなことはどうでもいい。酸欠で頭のなかが真っ白になって、なにも考えられない。
「兄さん……好き……」
「……」
唇を離せばつうっと銀の糸がひく。ぼんやりとした視界のなか椛が発した言葉の意味を、ヘンゼルはしばらく理解できなかった。椛はヘンゼルに抱きついた状態のまま、ピストンを始める。
「あっ……ぅ、あぁッ……!」
「こっちみて、兄さん、僕をみて……」
「あっ、あっ、あっ」
狂いそうなくらい気持ちいい。ヘンゼルはまるで自分のものではないような甲高い声に戸惑いを覚える。弟に好きなんて言われて、こんな風に犯されて、嫌なはずなのにものすごく感じてしまう。それはもう、異常なくらい。
なにをされても、どこを触られても……身体は敏感すぎるくらいに反応してしまう。決して弟に恋心など抱いていない、自分にとっての一番はヴィクトールのはずなのに、そんな迷いすら吹っ飛んでしまうくらいにこのセックスは気持ちいい。
突かれるたびに畝るような快楽の波が下から押し寄せてきて、脳天を貫く。はしたないくらいの嬌声を惜しみなくあげてしまえば、おかしくなってゆく自分に酔ってゆく。
「あっ……! 兄さん、やぁっ! きつい、すごい、兄さんの、なか……あっ!」
感じているのはヘンゼルだけではなかった。椛もまた、初めての感覚に快感を覚えていた。ヘンゼルを突きながら、女のような高い声で啼く。奥を思い切り突けばヘンゼルの中はぎゅうっと締まってペニスを強く締め付けられるのだ。突くたびに襲い来る、腰が砕けるような快楽。無我夢中で腰を振って、そして椛は嬌声を撒き散らす。
「ぁんッ……! にいさん……! ひゃっ、あっ、きもちい、ッ……にいさん……あぁあっ!」
「あっ、やめ、ゆる、して……あっ、だめっ、なぎ、あっ……」
精液に濡れた胸がこすれ合う。涙と唾液でぐちゃぐちゃになったキスをする。醜いほどに快楽に純情な兄弟の交わり。理性を捨て去った、狂気すらも感じさせるそのセックスは、まるで動物の性交のよう。ベッドはギシギシと煩く軋み、行為の激しさは次第に増してゆく。
狂気すらも感じる……それを見ていたヴィクトールは目を瞠り、冷や汗をも流していた。タチとなる相手もドールとして敏感な身体を作られた人間、ドールのテストの時に二人でキャンキャンと啼きながらセックスをするというのは珍しいことではなかった。
しかし、この兄弟は。おかしい、何かが普通ではない。ヴィクトールはヘンゼルとグレーテルをみて、そう思う。
「やぁあんっ、にいさ、んっ! あんっ、ぁあッ!」
「あっ、あ、ん、だ、め……ッ」
いつもは恥じらいながらも自分を求めてくれるヘンゼル。それが今やどうだ。弟に抱かれ壊れたように快楽に溺れている。抗いようのない強烈な快楽に為す術もなく屈服している。弟を相手にするとああなるものなのか……自分以外の男に感じているこのへの嫉妬よりも驚きが勝るほどに、ヘンゼルの様子はいつもとは違っていた。
「い、くッ! なぎ、……だめ、とめて……アッ、いくっ、イク……!」
かくかくと腰を振りながら、どろどろに蕩けた表情をしている椛。彼をみつめ、ザワリとなにかが胸の中で蠢くのを覚えて、ヴィクトールは息を呑む。あの少年がオカシイのだろうか、あの少年はなぜヘンゼルを狂わせることができるのか……
「あっ、なかっ……にいさん、なか、でるぅッ!」
「いっ、だめっ、なか、やだ……! ゆるして、なぎ、……あっ、イク、イクイク、や、あ――!」
ぎゅうっと椛の身体を抱きしめ、ヘンゼルは何度目かになる絶頂に達した。椛も同時にいったのだろう、身体を強ばらせたかと思うとぺたりとヘンゼルの身体の上に倒れこむ。
「兄さん……出しちゃった……」
「……」
「兄さんが……女の子だったら、僕の子供できていた、かもね」
椛はヘンゼルの下腹部に手を伸ばし、椛の精液が溜まっているだろう場所を手のひらで撫でる。そしてここに種付けをしてやったのだと、恍惚とした表情で笑う。
「お疲れ様、ふたりとも」
最後までいった、それを確認したヴィクトールは足早に二人のもとへ歩み寄る。これ以上ヘンゼルを触られるのは癪だったし、あまりこの兄弟を触れ合わせてはいけないような気がしたのだ。
ヴィクトールはタオルで軽くヘンゼルの身体を拭いてやると、椛から取り上げて抱きかかえる。まだぼんやりと意識を保っていたヘンゼルは、自分を抱く男がヴィクトールでると気づくと、安心したように目を閉じた。
「グレーテルくん……君、ヘンゼルくんのこと抱いたのは初めて?」
「……そうですけど」
まるで椛とのセックスに慣れていたかのようなヘンゼルのよがりっぷりに、ヴィクトールは疑問を覚えていた。ヘンゼルを取り上げられてムッとした表情をした椛にヴィクトールが問いかければ、椛は体を起こしベッドの上に座る。
「……兄弟だから特別なのか、いや……」
「あの」
「なんだ」
「貴方、先ほど兄さんにヴィクトールと呼ばれていましたけれど……トロイメライの団長のヴィクトールですか?」
「……そうだけど」
椛はじっとヴィクトールの顔をみつめた。他のドールから聞いたヴィクトールの話、自分たちへの仕打ち……それらの非道と反する、ヘンゼルへの眼差し。この部屋に入ってきたときにみせたヘンゼルの、ヴィクトールへ心を許したような表情が思い出される。
ヘンゼルを抱いた男の正体が、今目の前にいる男であると気付いた椛は、静かに吐き捨てた。
「……貴方に幸せな終わりなんて、絶対に訪れない」
その穢れた手で兄に触れるな、その穢れた心で兄を愛するな誑かすな。たくさんの人々を不幸にした者が幸福を望むことはなんて腹立たしい。椛の燃えあがる憎悪は冷たい言葉の刃となってヴィクトールに突き刺さる。
「……っ」
ドールにここまでの敵意を直接向けられてヴィクトールが抱いたのは、戸惑いだった。
いつもはドールに敵意なんてむけられたところで、羽虫の羽ばたきくらいにしか思わず気にも留めない、または見せしめに惨殺でもしてやろうくらいしか思わないのに……椛の言葉にヴィクトールは酷く衝撃をうけた。ヘンゼルが何度も何度も、悪事を働いてきた自分に寄り添うことに苦しんでいたから。
そして、苦しむ彼をみて、自分自身、苦しかった。しかしここまで大きくなった組織の頭を辞めることなど、そんな理由で叶うわけがない。今更辞めたところで罪を償えるわけでもない。椛の言うことはもっともで、自分のなか、どこかで常に思っていたことでもあったのだ。
「僕は……」
お互い苦しいのに、もうヘンゼルのことを手放せない。ヘンゼルが100回ショーで勝てばここを離れるというルールはあるが、それまではかなりの時間がある。せめて、それまでは夢を見ていたい。好きで、大好きでたまらないヘンゼルと一緒にいたい。自分勝手な彼への愛が溢れてしまう。
ヴィクトールは逃げるようにして椛に背を向けた。情けない、と思いつつも言い返す言葉がない。人を好きになると弱くなるな、と実感してしまう。
「……後に団員がくる。その人にシャワー室に連れて行ってもらうといい。君はまた、明日からドールとしていつも通りの生活を送ってもらう」
刺すような視線を背中に浴びながら、ヴィクトールは部屋をあとにした。
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