アリスドラッグ | ナノ


▼ 潮の香りが泣いている



 島に上陸すると、船員たちが町へ食料を調達しに出かけていった。また酒に酔って問題事を起こさなければいいが……とウィルはその様子を船の上から眺めていた。



「ウィル、おまえもおりろよ」

「……オーランド。彼らと一緒にいったんじゃ……」

「統率はフィン(副船長)にまかせてある。言ったろ、次の島についたら一緒に歌おうって」

「……!」



 ……どんなにおかしくなっても。オーランドは音楽が好きだった。ここのところずっと薄暗い部屋に閉じこもって体を交えることしかしていなかったため、ウィルは少しばかり驚いてしまった。もしかしたら、音楽を愛しているのではなく、ウィルの呪われた声に魅入られているだけかもしれない。それでも、また一緒に歌えるということがウィルは堪らなく嬉しかった。

 船をおりて、海岸に座り込む。人がいない。大きな空と海のなかに、二人だけでいるような感じがした。

 オーランドがギターを鳴らす。指先が弦を弾いているのを、ウィルはオーランドの肩に頬を寄せながら見つめていた。

 ……好きだなあ。

 ぼんやりと、そう思う。オーランドのことが好きだ。とくとくと高鳴る鼓動が心地好い。ずっとセックスばかりしていたからわからなくなってしまいそうだったが、ウィルはたしかにオーランドに恋をしていた。



「……オーランド」

「ん?」



 ぽそりと名前を呼ぶと、オーランドがちらりとウィルをみた。優しい瞳に、きゅんとした。ぐ、と首を伸ばしてキスをすると、オーランドが唇を押し付けてくる。ぎゅうっと胸が締め付けられるような感じ。キスだけでくらくらしてくるくらいに、ウィルはオーランドのことが、好きだった。

 本当に、世界に二人きりだったなら、これを幸せと呼んだのだろう。お互いを激しく求め合うことに、罪を伴わない。この恋が、人の命の上にたっているから、『狂気』と呼ばれてしまう。



「……オーランド」

「……どうした」

「……好き」

「……俺もだよ、ウィル」



 壊れてゆく。いつか。罪の上にたった恋は、いつかきっと崩れ落ちてゆくだろう。



「ウィル……歌ってくれ。ずっと、ずっとずっと……おまえの唄を聞きたかった」

「うん……」



 唇から、唄をこぼす。オーランドのギターの音色と溶けこむそれが、いつかの思い出を呼び覚ます。潮の香り、かもめの声。きらきらと波間に輝く記憶は――呪いによって歪んでしまった。オーランドは変わらずギターを弾いていて、自分はその隣で歌っているのに、どこか昔とは違う。あの頃は夢と希望で満ちていたオーランドの瞳が、狂気によどんでいる。ずっと望んでいたことなのに……自分だけをみて、自分に溺れて――そんな風に愛されることを望んでいたのに、なぜかたまらなく悲しくなった。

 だって、オーランドのことが好きだから。太陽に照らされて笑っていた彼が、好きだったから。



「……っ、オーランド……」

「ウィル?」

「……好き、大好き……」



 ウィルの頬を伝った涙に――オーランドはすこしばかり驚いたようだった。どうしたのかとウィルの顔を覗きこめば、そのまま唇を奪われる。



「ん……ん……」



 オーランドがギターを置いて、ウィルの体を抱く。ぐっと引き寄せられて、ウィルは倒れこむようにオーランドにもたれかかった。何度も角度を変えながらキスをして、心臓が爆発してしまいそうになった。好き、好き、好き……溢れんばかりの気持ちを込めて、キスをする。



「なんで……泣いているんだ」

「……オーランドのことが、好きだから」



 世界が、反転した。熱い砂の感触を、背中に感じる。押し倒されたのだと気付いたときには、また、唇を重ねていた。

 ふと、思った。呪いを解く方法はないのかと。船に戻ったら、椛にきいてみよう――そう思ったけれど、ひとつ、怖いことがあった。呪いに蝕まれた者の声が人を狂気に陥れて、そして求めてくるようになるというのなら――オーランドの呪いが解けたら、自分への愛が消えてしまうのではないのかと。こうして愛してくれるのは、自分が呪いによって美しい声を手にしてしまったからなのではないかと――



「あ……ん、……んッ……」



 シャツのボタンを外されて、肌を愛撫されるとじわりと全身が熱くなっていった。あの、入江でしたセックスを思い出す。潮風に吹かれて、拙いセックスをした。甘く、綺麗で、儚い思い出。



「オーランド……大好き……」

「……ウィル」

「ぁあっ……あ、」



 あの記憶を求めて、ウィルはオーランドを掻き抱いた。彼のことが好き、誰よりも好き、世界が壊れたとしても愛したいと思うくらいに。だからこそ――呪いは解かなければいけないと思った。本当の彼の笑顔を取り戻したかった。潮風に吹かれて、笑ってギターを弾いていたオーランドが、好きだった。

 愛してほしい。でも、それよりも彼に幸せになってほしい。ウィルのなかで、相反する想いがせめぎ合う。



「……オーランド、からだ……起こして、」

「ん……ウィル、あれ好きだな。かわいいやつ」



 腕を引かれ、ウィルの身体がオーランドの上に乗る。ウィルは対面座位が一番好きだった。抱きしめ合いながらできるし、深くはいってきて気持ちいい。ウィルは身体を起こされると早々にオーランドにしがみつく。



「んん……あ、ぁあ……」

「気持ちいい?」

「……すごく、いい……ぁ、……ぁあッ」

「……ほら、しっかりつかまってろ」

「あぁっ……」



 ぐずぐずに下半身が蕩けてゆく。力がぬけてくたりとした身体を揺さぶられて、オーランドに支配されている感じが堪らなかった。やわらかくなった結合部がひくひくと疼いて、擦れるたびにイッてしまう。なかのいいところをゴリゴリと突かれるたびに、意識が飛んでしまいそうになる。首筋に顔を埋めると、オーランドの匂いが鼻腔をついて、くらくらとしてきた。



「あぁっ……オーランド……すき……すきっ……!」



 朦朧とする意識のなかで、何度も「好き」と叫んだ。泣きながら、叫んでいた。こんなにも気持ちよくて幸せな気分になるのは、オーランドに抱かれているから。彼が好きで好きで堪らないから。



「ウィル……愛している、……ウィル、」

「もっと……もっと言って……オーランド……」

「ウィル……!」



 信じている。呪いなんてなくたって、彼に愛されているのだと。でも、臆病に揺れる心は確証を欲しがって、オーランドの「愛している」を渇望した。そして言われるたびに、イッた。ぎゅうっとオーランドの背に爪をたてて、身体を硬直させ、のけぞりながら、それでもオーランドを求めた。



「愛している、ウィル……愛してるよ」

「あッ……ぁああッ、あ……オーランド……!」

「ウィル、好きだ……」

「ひっ……ぁッ……イッ……く、……あぁああ……もっと、……!」



 ぼろぼろと泣きながら、異常なくらいに感じてしまう。呼吸が荒くなってきて、苦しい。



「ウィル……」

「ん、ん……」



 後頭部を掴まれて、唇を奪われる。そして、ぐ、と一度強く突き上げられた。強く腰を抱かれて、――ああ、出される、そう思った。



「んん、ん、んッ……!」



 びくびくとなかでオーランドのものが震え、じわりと熱が広がってゆく。その瞬間に、ウィルは今まで一番の絶頂の波に襲われる。しかしぎっちりとオーランドに身体を抱かれキスをされているため、のけぞることも声をあげることもできない。オーランドの腕のなかで、強すぎる快楽に必死に耐えた。



「は……は、……」



 唇を離して、再びウィルはオーランドの肩に頬をのせる。優しく背中を撫でられて、とろんとまぶたが下がってくる。



「ウィル……大丈夫か?」

「……オーランド……」

「ん……?」

「……好きって、言って」

「……好きだよ。ウィル……愛している」

「うん……」



 声色は優しい。昔と変わらない。どうか、どうか……永遠に、私を愛してください。



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