アリスドラッグ | ナノ


▼ 源


 再び夜が訪れる。昨晩と同じように海賊たちは宴をひらいていたが、ウィルは意地でもそれに参加しなかった。脚が痛いということもあるし、こうして体が弱っている状態で椛がオーランドの側で歌っているのをみると、きっと昨日のようになってしまう。オーランドの隣にいたい、その想いに囚われてしまう。あんな失態は二度と繰り返したくない、そう思ってウィルは頑なに宴に参加するのを拒んだ。直接見なければ、そこまで心が乱れることもなかった。



「ようウィル。脚の具合はどうだ」



 宴が終わったのか、オーランドが部屋に戻ってくる。でも大丈夫だ、冷静でいられそうだ。そう思ってウィルは体を起こし、ベッドの端に座る。



「……いつもどおりだ」

「なら結構。さあ、続きをしようか」

「続き?」

「昨日の続きだよ」



 オーランドはふっと笑うと、ウィルの肩を掴み押し倒す。しかし、昨日のようにはならない。ウィルはじろりとオーランドをにらみあげ、冷たい声を吐く。



「……溜まってるなら女を抱けば」

「なんでそうなるんだよ。俺はおまえがいいって何度も」

「俺がいいって? セックスすることしか考えてないくせに。そんなに俺が好きなら俺が嫌って言ったら触らないでもらおうか。……どうせできないだろ、薄汚い海賊が」



 ウィルは拒絶の態度をオーランドにみせてやる。何がなんでも、この男にほだされたくなかった。部下が生きていると知ったからには、堕ちるわけにはいかない。

 だがオーランドが見せたのは、ショックを受けたわけでも苛立っているわけでもない……困ったような表情だった。くしゃくしゃとウィルの頭を撫でると、諭すような声で言う。



「……だっておまえ、抱いてやらないとだめだろ」

「は? 寝ぼけたことを。自惚れてるのかおまえは」

「いいや……おまえの声が死ぬから」

「声が……死ぬ?」



 どういうことだ……ウィルはわけがわからなくてぽかんとしてしまう。そんなウィルの表情にオーランドは参ったように頭をがしがしと掻く。椛のみせた表情と少し似ていた。「知らないのか」という呆れと戸惑いの表情。



「ウィル、おまえ自分のことわかってないのか?」

「……椛ってやつにも言われたけど……なんなんだよ」

「溺れた拍子に記憶とんだっていうしなぁ……まあ仕方ないっちゃあ仕方ないか」

「だからなんなんだって! 教えろよ!」



 イラっとしてウィルはオーランドの胸ぐらを掴む。オーランドはウィルをなだめるように静かに掴んできた手をほどくと、体を起こしてベッドの端に座る。なんとなく、ウィルも釣られるようにしてオーランドの隣に座った。



「ウィル……おまえは、マーメイドなんだよ」

「はい?」

「……人魚の呪いに蝕まれた、哀れな人間」



 オーランドの話によれば、こうだ。

 ある島に、人魚の呪いというものが伝わっていた。それは無差別に、生まれた子供にかかってしまうものらしい。その呪いをうけた者は、幾人を魅了する美しい声をもつという。そしてその声は――悦楽と悲劇を感じることによって、艶を増す。また、夜になると脚にナイフに抉られるような痛みを感じるようになる。

 オーランドは海を彷徨うなかで、その呪いの存在を知った。昔、ウィルが頑なに日没前には帰宅しようとしたこと、そして唄が非常に美しかったことからウィルもその呪いをうけたものではないかと疑って捕らえたらしい。



「……なんだよそれ、作り話か」

「でも現に、おまえは日没の時刻丁度に歩けなくなるという不可思議な症状を抱えている」

「……そう、だけど……あ、じゃあ……声が死ぬってなんだよ」

「そうした声を持ちながらそのままそれを生かすこともなく死んでいくって勿体無いだろ?」

「……で、悦楽を得るためにおまえに抱かれろって? 俺になにか得があるとは思えないな」



 呪い――そんなフィクションじみた話をすぐに信じる気にはなれなかった。たしかに脚の件は医者にも原因がわからないとは言われていたが。ただ、今のウィルにとって、呪いを信じる信じないというよりも、それのためにオーランドに抱かれるということが嫌だった。彼に身体を許すつもりはもうない。落ち着いてさえいれば、捨て去った恋心がぶり返すことも――ない。




「……んっ」



 肩を強く掴まれ、乱暴に口付けられる。きっとどんなに抵抗しようとも、オーランドはウィルを抱くつもりだ。後頭部を鷲掴みされ、欲望をそのままぶつけるかのような激しいキスをされる。体の芯がゾクゾクと震えてきて、このまま下されて組み伏せられて……そんなシーンが頭に浮かんできて、じんと下腹部が熱くなる。だめだと何度も言い聞かせているのに、オーランドのことが好きだという気持ちがなかなか離れていってくれない。



「は……、あ……」

「おまえが……呪いをうけた者だと気づいたときから、俺はずっとおまえを探していた。俺の手で……おまえの歌を美しくしてやりたいってずっと思って……やっと見つけたんだ」

「……エゴイストが。俺の意見はまるで無視しているじゃないか。……さすがは海賊」

「……ウィルだって……俺ともう一度歌いたいって言ってくれただろ……なあ……俺のとなりで歌うのはおまえだけだ……ウィル……」

「……っ、だって、……ん、ん……」



 再び唇を重ねられる。今度は舌をいれられた。そしてウィルは思わずそれを、すんなりと受け入れてしまった。咥内に入り込んできた舌はしばらくなかを掻き回して、ウィルはそれに酔うことしかできなかったが……彼がウィルからの返答を待つように舌を撫ぜてくると、堪らずウィルも舌を動かして、彼のものに絡めてしまう。馬鹿、なにをやっているんだ……そう頭のなかで自分に言っているのに、勝手に体が……



「あっ……」

「ちょっと堅くなってんじゃねえか」



 ボトムの上から、熱に触れられる。きゅんと疼くような感覚に、思わずウィルは眉をひそめて甘い声をあげてしまった。そのままそこをぐいぐいと大きな手のひらで揉まれて、腰が勝手にひいてしまう。



「ひ、っ……」



 不意に、椛の顔が頭のなかに浮かぶ。オーランドの隣で歌っていた彼。自分の立ち位置を奪ったあの少年。彼がいるから、ウィルはオーランドに近づきたくないと思ってしまう。嫉妬に狂うなんて惨めな想いはしたくない。軍人という立場のせいもあるが、やはりそれがオーランドに抱かれたくない一番の原因だった。

 悦楽。今感じているものは、まさしくそれだろう。オーランドに触れられると、それを激しく感じ取ってしまう。刻み込まれた恋情には逆らえない。……もし。もしも。これをずっと受け続けて、何度も何度も抱かれて……そうして、伝承のように美しい唄を歌えるようになったら。椛から、あの立ち位置を奪い返すことができるんじゃないだろうか。



「や、やめ……」



 愚かすぎる考えが――ウィルの思考を破壊し始めた。

 オーランドがベッドに座るウィルを後ろから抱きしめるようにして、シャツを脱がしてゆく。止めなければ――この手を払わなければ。そう思うのに、オーランドの一番になれるかもしれない……その想いがウィルの体を羽交い絞めにする。ひとつボタンが外れるたびに冷たい空気が肌を撫ぜて、心臓をノックして。ドクドクと高鳴ってゆく鼓動は、これからの行為に期待している自分を顕著にあらわしているようで、苦しかった。



「……ウィル……おまえは、違うのか。もう……俺のことは……」

「……だめだ、……俺は……俺はおまえとは敵同士で、」

「今のおまえは軍服を着ていない」

「……っ」



 首筋にキスをされる。彼の唇の感触を感じるたびに、ぴくぴくと体は反応してしまって、前のめりになってしまう。しかしオーランドは逃がさないと言わんばかりにはだけた胸元に手のひらをすべらせた。ぐっと左胸を掴むようにして身体を引き戻されて、ウィルはびくりと小さく震える。心臓の鼓動が完全に伝わってしまう。この想いが、バレてしまう。



「ウィル……」

「あっ……」

「おまえも……俺のこと、好きでいてくれた?」

「……ちが、」

「少し触れただけでこんなになって……狂おしいな」

「あぁっ……」



 乳首をきゅっと引っ張りあげられると、あまりの気持ちよさに身体が指から逃げてオーランドの胸に完全に背を預けるような格好になってしまう。



「オーランド……だめ、……だめ、だ……おかしくなる……」

「おかしくなれよ。俺に抱かれている間は、おまえは海軍とか、そんなもの忘れろ。なあ……ウィル」

「やめろ……あっ……ぁあッ……オーランド……だめ……」



 抱きしめられながら胸を弄られるのに、堪らない幸福感を覚えた。全身で彼の体温を感じて、心が満たされるようだった。オーランドのことが好きで好きでどうしようもなかった。脚の痛みのせいだと自分に言い訳したかったが、もう、わかっていた。理性を働かせることができないくらいに……オーランドの全てになりたい。



「ん……オーランド……あ、……ん、ぁ」



 ウィルは、オーランドの手をそっと掴む。そしてその指先に触れた。自分のものよりも、少し固い指の腹。ギターを弾いている者特有のそれ。くらくらした。この指で、自分のためだけにギターを弾いてほしい。

 俺だけのために……



「ん……」

「……ウィル、」



 ウィルはそのままオーランドの人指を咥えてしまった。口の中で、オーランドの指の感触を感じ取る。目を閉じて、夢中になって指をしゃぶった。指を舐めているだけで、身体の内側から熱くなってくる。



「ん、ん……」

「ウィル……もう一本」

「んん……」



 オーランドは熱っぽい声で囁くと、ウィルの唇に中指もいれてやる。ウィルは薄くまぶたをあけると、とろんとした眼差しでオーランドの手を見つめた。大好きな手で、口の中を満たされる。いい。すごくいい。

 こんな姿、部下には絶対に見せられない。それくらいに、今の自分が淫らであることを、ウィルは自覚していた。脚が痛くて心が弱っているからとか、そんなことは関係なかった、オーランドが相手だと……こうなってしまう。



「あぁあっ……」



 下着に手を突っ込まれて、直接ペニスに触れられる。大きく揉みしだかれると、腰が砕けそうになって指を舐る舌の動きが止まってしまいそうになる。それでも、やめなかった。必死になってオーランドの指をしゃぶることに、興奮した。やがてたちあがってきたものを扱(しご)かれて、先のほうをくりくりと親指で虐められて……あっさりと訪れた絶頂のときも、ウィルは指を咥えたまま、ぎゅっと目を閉じてイッた。



「……ん、……ふ、ぁ……」

「……俺の指、好き?」

「……ん、」

「……かわいいヤツ」



 オーランドはウィルの口から指を引き抜くと、キスをする。自ら唇を押し付けるように顔を寄せてくるウィルの表情はすっかり蕩けていて、オーランドはチリっと胸が焼けつくような焦燥を覚えた。軍人として硬い表情の仮面を被っていたが……それを剥いで見ればその下は昔と変わっていない。愛しい愛しい、ウィル。



「……オーランド……拘束、解いて」

「ん……それはどうすっかな……じゃじゃ馬のウィルくん」

「……逃げない……逃げないから、抵抗しないから……オーランド……」



 動けなくてもどかしい。そんな風にウィルが胸元に擦り寄ってきたから……オーランドはこれは参ったと笑って、ポケットから手錠の鍵を取り出した。

 拘束を解かれて、ウィルは待ち望んでいたようにオーランドに抱きついた。オーランドはウィルを自分を跨ぐように座らせて、正面から向かい合う。



「脚、大丈夫か、痛くない?」

「ん……」



 キスをしながら、後孔をほぐしてやる。ウィルはぎゅっとオーランドに抱きつきながら、鼻からぬけるような甘い声を漏らし続けた。十分にほぐれるころにはウィルはくたくたに骨抜きになっていて、全身をオーランドに委ねるようにして呼吸を荒らげていた。はーはーと息を吐くウィルを、オーランドは優しくなでてやる。



「ウィル……少しだけ、体浮かせるか。挿れたいんだけど」

「う……あ、痛……だい、じょうぶ」



 オーランドに支えられながら、ウィルはなんとか体を浮かせて、オーランドの熱を自分のなかに挿れてゆく。ずぶずぶと入ってくる感覚に、脳天に白い電流が突き抜けたような感覚を覚えた。そして、奥まで入ったその瞬間……やはり、イッてしまった。昨晩と同じ。ひとつになったと実感すると、それだけでイッてしまう。



「ウィル……動かすぞ」



 対面座位のセックスがここまで満たされるとは、ウィルも思っていなかった。拘束を解かれて、初めてオーランドに抱きつくことができて。力いっぱいに彼にしがみつきながら揺さぶられると、ものすごく幸せだった。



「あぁあっ、あっ……! 好き……オーランド……、好き……!」

「俺も……俺も、好きだよ、ウィル……大好きだ」



 オーランドに、自分だけを見てほしい。きっとこれから……もっともっと、彼は自分をみてくれる。そう思うと、ウィルはより一層淫らになった。はしたないくらいの声をあげ、大きく身体をくねらせてよがり続ける。イッて、イッて、何度イッてもまだ足りない。狂ってしまいそうになって……それでも、ウィルはオーランドの熱を離したくなかった。



「あ……、オーランド、ん、あぁ! もっと……もっと、はげしく、……あぁあッ……!」



 長い年月。それは恋心を狂わせた。

 貪るように、二人は激しく情を交わし続けた。いつかの淡いセックスの記憶を求めるように。




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