「えっ、先輩、今日はもう帰っちゃうんですか!?」


 夜が近づくころ、波折は帰宅すると言い出した。夜まで一緒にいたいな、と思っていた沙良は残念に思って渋ったが、結局帰ってしまうらしい。

 波折が鑓水と付き合っていないとわかったからには、また波折との距離を詰めていきたいと、沙良はそう思っていた。鑓水との不健全な関係について、自分が口を出せることではないと思いつつも、なんとかして止めさせたい。普通の愛を知ってほしい。


「今日は夜、用事があるから」

「そうなんですか……じゃあ、仕方ないか」

「……ところで沙良」


 今日のところは残念ながら引き止めることはできなそうだ。沙良は名残惜しくも思いながら、玄関で靴を履いている波折を眺めていた。そうしていると、波折がちらりと見つめてくる。


「……沙良ってなんで裁判官になりたいんだっけ」

「え?」


 突然の波折の問に、沙良は戸惑った。しかし、悩むような質問でもないと――沙良は即答する。


「――魔女を殺すため?」


 そのとき、ばたばたと階段を駆け下りてくる音が聞こえてきた。沙良がぱっと振り返れば、夕紀が慌てて走ってきている。部屋着に着替えていて髪もぼさぼさだから、きっと今の今まで寝ていたに違いない。昨日は友人の家で夜までおしゃべりでもしていたのだろう。


「波折さん! 帰っちゃうんですか!」


 夕紀はぱっと沙良の前に回りこんで波折の手をにぎる。波折はハッとしたように目を見開いて……そして、笑った。


「うん、今日はもうお暇するね」

「えー! また来てくれますよね!?」

「そうだね、また週末にでも」

「ほんと!? やったー!」


 なぜか表情が優れない波折を、沙良は首をかしげながら見つめる。しかし、彼が「また週末」と言ったことに素直に喜びを感じた。沙良は自分の前に立つ夕紀の頭をぐりぐりと撫でながら、波折に呼びかける。


「先輩。これからもうちにきてください」

「……夕紀ちゃんのためにな」

「う、またそれですか」


 波折が夕紀に微笑みかけて、手を離す。玄関の扉に手をかけたとき、沙良は言う。


「波折先輩! また明日! 明日、学校で!」

「……うん」


 ちょっとだけ波折が笑ったから――きゅんと胸がなった。
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