昼下がりの甘い時間
 満腹の身体に、すっきりとした紅茶の味が心地よい。沙良はティーカップから唇を離し、ほ、一息つく。

 沙良と波折はリビングで食休みのようなことをしていた。ソファに座って、のんびりと紅茶を飲む。夕紀はさっさと自分の部屋に戻ってしまったため、今リビングにはふたりきりだ。


「波折先輩って休みの日は何をしているんですか」

「……べつに、なにも」

「何もってことはないでしょー」


 ちら、と波折のほうに視線を動かして、沙良の心臓はとくんと跳ねる。食べたあとだからだろうか、完全に気が抜けたようなぽやんとした表情。温かい紅茶で身体も温まっているのだろう。柔らかなソファに身を預けて、波折はぼーっと虚空を見つめている。隙だらけ、といった表情だ。あの完璧人間の王子様の、誰にもみせないような顔。


「俺、べつにプライベートで遊ぶような友達もいないし、なにか特別なことをしているわけでもないし。休みの日は本当に、一人で家でぼーっとしてる……それか、」

「それか?」

「……あー、いや、なんでもない」


 言葉もいつもよりもキレがない。眠いのだろうか。

 思わず唇を奪ってやりたくなるような波折の様子に、正直なところ会話の内容はあまり頭にはいってこなかった。沙良はじっと波折の横顔から目が離せなくて、紅茶が冷めていってしまっているのにも気付けない。


「じゃあ、休みの日にうちに来てくださいよ」

「……沙良は沙良の予定があるだろ」

「予定いれないから!」

「……他の友人を大切にしなよ」

「友達は学校でも会ってるし」

「俺とも会ってる」

「波折先輩と一緒に休日を過ごしたいんです!」


 沙良はティーカップをテーブルに置いて、波折の腕を軽く掴んだ。ぴく、と肩を震わせて沙良を伺いみた彼の表情は……複雑なものだった。きゅ、と唇を噛んで、顔は沙良の方を向いているのに目はそらしてしまう。睫毛が、震えている。


「……料理、教えるためだけだ。夕紀ちゃんのために、」

「それでいいので、うちに来てください。休日に波折先輩が俺の家にいるの……すごく、嬉しいから」


 波折の持っているティーカップの紅茶に、波紋が生まれる。ちら、と遠慮がちに沙良を見つめたその瞳は、どこかきらきらとしていて。もしかして、誘われていることが嬉しいのかな、なんて沙良が考えていれば、すぐにプイ、と顔を逸らされてしまう。


「本当に……俺は料理を教えにくるだけだからな。沙良のためじゃないから」

「……はい」

「俺は、沙良のこと、嫌いだから」

「はい」


 むす、として俯いてしまった波折が可愛くて、沙良はにやついてしまう。もう一度どか、とソファに背を預けて、しばらく無言を楽しんだ。

 紅茶を飲み終えた波折は、カップをテーブルに置いてぼーっとしていた。テレビで流れているバラエティは面白くもつまらなくもない、BGMには最適な番組だった。ちらりと沙良が波折をみつめれば、彼の瞼が下がりかけている。うつらうつらとしていて、可愛らしい。


「……!」


 一瞬、かくん、と波折の首が大きく揺れる。沙良はへへ、と笑って波折の肩に腕を回して抱き寄せた。


「寝ていいですよ、波折先輩」

「あっ……ね、眠くない、大丈夫」

「いや、眠いんでしょ、寝ていいって」

「……じゃあ……十分したら起こして」

「んー、じゃあ、体勢はこう」

「ん……」


 肩にもたれかかる体勢を続けるのは辛いかな、と思って沙良は波折を抱いてソファに横になった。そして、自分の腕に波折の頭を乗せてやる。

 意外にも波折は抵抗してこない。そのまますり、と沙良に擦り寄ってきた。これは朝と同じ状態だ。たぶん、波折は極度に眠いときには「人に好かれないための」仮面がぽろりと外れてしまう。だから、甘えてくる。

 可愛いなあ、なんて思って沙良が波折の頭を撫でてやると、ほんの少しだけ波折の瞼がひらく。


「……ごめん、おじゃましているのに、ひるねとか、」

「いいですよー、俺幸せだし」

「……?」

「波折先輩、いつも休日はこの時間寝てるんですか?」

「いつもは……うん、……いつもってわけじゃないけど……こうやって……」


 どこか舌足らずに波折はそういって、ぎゅ、と沙良に抱きついた。ふわ、といい匂いがして、沙良の下半身に熱が集まってしまう。


「な、なに、先輩、こうやって何かを抱いてるの? ぬいぐるみとか? かわいいー」

「んー……ご……さま、」

「え? なんだって?」

「……」


 沙良の質問には答えることなく、波折はそのまま寝入ってしまった。すうすうと寝息をたてて、気持ちよさそうに寝ている。

 波折が何を抱いて寝ているのかな、と考えるだけで沙良は楽しくてにやにやしてしまった。抱きまくら、もしくはぬいぐるみ。寝相が悪くて布団をまるめて抱いているのかもしれない。

 沙良は波折のいい匂いのする髪の毛に少しだけ顔をうずめて、自分も昼のまどろみに耽る。
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