魔女の戯れ

 何者かの腕に引っ張られて、気付けば沙良は全くみたことのない部屋に閉じ込められていた。普通の、一般家庭の私室のような部屋。ベッドもあって机もあって、本棚もあって。どこにでもありそうな部屋なのに、部屋を出入りするための扉がない。……おそらく、魔術でつくられた異空間だ。


「んっ……んー……」

「……?」


 誰かの声が聞こえる。それは、ベッドの上から。布団がこんもりと盛り上がっていて、それがもぞもぞと動いている。こういう状況で下手に動くのは危険なような気がしたが、何かアクションを起こさなければこの状況を打破できないような気がした。沙良は恐る恐る布団を掴み、一気にめくりあげる。

 なかから出てきた人物をみて――沙良は驚きのあまり固まってしまった。


「な、波折先輩……!?」


 布団のなかにいたのは、両手足を縛られ、口にタオルを噛まされて拘束されている波折だった。


「あ、あの……大丈夫ですか?」


 涙をぽろぽろと流し、顔を真っ赤にしている波折。どこか様子が変だ、と思って、沙良はあることに気づく。波折のまわりに、チョコレートの包み紙が散らばっている。そして……ぶーん、と無機質なモーター音。恐る恐る音をたどっていけば……波折の臀部のあたりで何かが、ぐりぐりと動いている。スラックスの中にそれはあるためよくわからないが……たぶん、


「やあ、神藤くん」

「……!?」


 とりあえず波折を解放してあげようとしたところで、後ろから声をかけられた。今まで誰もいなかったはずなのに……と慌てて沙良が振り向けば、そこには不可思議な生物がいた。人の形をした影のようなもの。ちりちりのノイズがかかっていて、それはゆらゆらと動いている。魔術かなにかで作られた傀儡だろうか。


「……何が目的だ。おまえ、魔女だな」

「目的なんて、そんな難しいものじゃないさ。ただ俺を楽しませて欲しいだけ」

「……楽しませる?」

「この部屋を出る条件を教えてあげる。お察しのとおり、この部屋は俺の魔術でつくった異空間。一切の外側からの介入を許さない、完全に隔離された空間だ。つまり、俺の条件をちゃんと飲まないとこの部屋は出られない」

「……もったいぶってないで早く条件を教えろよ」

「そこの波折を正常な状態に戻してあげればいい」

「……正常って、」

「チョコレートを食べた波折は、何回かイケば正常な状態に戻るんだ。だから、君のやることは……わかったよね?」

「……」


 チョコレートを食べてしまった波折。あの、生徒会室でみた彼と同じ状態だ。発情してしまって、身体も敏感になる。イカせてあげるには……


「……っていうか、なんでおまえが波折先輩がチョコレートを食べるとやばくなるって知ってんだよ、おまえ、誰だ!」

「じゃあ、またね」

「あ、おい!」


 沙良の問には答えず、影は消えてしまう。

 沙良は冷や汗を流しながら、波折を横目で見た。はあはあと息を荒げながら、身体のなかにあるソレの刺激に耐えている波折。かあっと身体が熱くなってくる。せっかく、波折とは少しずつ仲良くなって、彼の救いになりたいと決めたのに。その決心が揺らぐ。今の波折は、あまりにも淫靡だった。沙良にとって、過激すぎた。


「な、波折、先輩……」

「んー……んー……」


 波折が涙目で沙良を見上げてくる。どき、と心臓が高なった。しかし、今は動揺している場合じゃない。とりあえず、彼を解放してあげなければ。沙良はまず、波折の口を塞ぐタオルを解いてやる。するり、波折の口から離れていったタオルには彼の唾液がついて、糸をひいていた。


「ふ、あぁっ……」

「先輩……大丈夫ですか……!」

「あぁっ……あぁん……さ、らぁ……あぁ……」

「せ、せんぱい……」


 塞ぐものがなくなった瞬間、波折の口からはいやらしい声が溢れだす。あまりにも蠱惑的なそれに、ずく、と沙良の下半身が疼いてしまう。それでも沙良は歯をくいしばって、今すぐにでも波折を犯したいという欲望を押さえつけた。体のなかから湧いてくる熱のせいでくらくらとする視界の中、続いて手足を拘束する縄をほどいてやる。きつく結ばれたそれは解くのがなかなか大変で、解いている間にも波折がくねくねと体を動かすものだから理性を保つのが、大変だった。


「はぁっ……さら、……さらぁ……!」

「ちょっ、」


 手足が自由になったとたん、波折がぎゅっと沙良に抱きついてきた。あまりの驚きに、沙良は固まってしまう。波折の抱きついてきた勢いのままベッドに倒れこんでしまった。


「んっ、んっ、さらっ、さらっ……」

「あのっ、波折、先輩、ちょっと……」


 波折が顔をすりすりと沙良の首元にすりつけてくる。そして同時に、全身を触れ合わせるように体を揺すってくる。甘えるような、誘うような、そんな彼の仕草に沙良の理性は陥落寸前だった。


――だめだ、だめだだめだ、波折とは段階を踏んでいきたい。


 しかし、既のところで、欲望に理性が勝利する。沙良は優しく波折を抱きしめ返してやって、とりあえずは自分の気持ちをおちつけてやる。


「波折先輩……」


 波折の頭に顔を埋めると、ふわりといい匂いがした。どきどきする。胸が、満たされる。波折が身体を擦りつけてくるため、身体の密着度が半端じゃない。暖かくて、本当に胸がきゅうっと甘く締め付けられた。

 しかし、ここで一人で満足しているわけにもいかない。「何回かイケば波折は戻る」、と影は言っていたが、実際のところ何回なんだろう。みたところ食べたチョコレートの量はかなりもので。

 沙良はおそるおそる、波折のベルトを外し、スラックスを下げる。そして、抱きしめた体勢のまま、そろそろと臀部に手を回した。


「う、うわ……」


 ささっている。ぶるぶると震える太いバイブレーターが、波折の後ろの穴に。予想はついていたが、本当にはいっていると触ってみてわかると、沙良は酷く動揺した。男が後ろに挿れられているところなんて、実際にみたことがないのだから。あるとしたら……そう、あのアダルト動画くらい。演技でもしているのだろうと疑っていたあの動画のように……今の波折は、アナルにバイブを挿れられて、気持ちよさそうによがっているのだ。


「さら……それ、うごかして……」

「ヘアッ!?」

「おく……おくに、ずぼずぼして突いて……さら、おねがい、さら……」

「ちょっ、あのっ、な、なおり、せんぱっ」


(な、なななななな)


 あまりにも卑猥なお願いをされて、沙良はパニックになってしまった。前もたしかに豹変していたが……ここまでではなかった。チョコレートの力恐るべし。これを他の生徒が知ったらどうなるんだろうなあ、なんて思う。THE・優等生のイケメンがこんなに淫猥なことをおねだりするなんて、誰が思うだろうか。


「な、なお、」

「ひゃんっ……!」

 
 何もしないわけにはいかないと恐る恐るバイブの持ち手に沙良が触れると、びくんっ、と波折の身体が跳ねた。びっくりして沙良がぱっと手を離せば、波折がぐりぐりと頭を押し付けてくる。


「も、もういっかい……いまの、とこ」

「い、いまのとこ?」

「いいとこ、あたったから……もういっかい、して……」


(ひ、ひぃー!)


 もう一回してくださいなんて、なんて淫乱なんでしょう! 沙良は顔を真っ赤にして固まってしまう。頭で色々と処理しきれていない。本当にこれは波折先輩か? このとんでもない淫乱が? いくらチョコレートを食べているからって? だってだって、あの爽やか王子様兼さみしがりやさんの美青年のイメージとはかけ離れすぎている。


「さら……さら、おねがい……」

「も、もう自分でやったらいいんじゃないでしょうかね!?」

「やだ……さらに、してほしい」

「なんで!?」

「人にいじわるされたほうが……きもちいい」

「な、な」


 ぶぶぶぶぶ。モーター音はなおも続く。こうして沙良が動けないでいる間にも、バイブの振動は続いている。波折からすれば焦らされているような気分なのだろうか。すりすりと頬を擦りつけてくる波折からは、気持ちよさそうに蕩けた声がこぼれてくる。


「んん……さら、はやく……んっ、……」

「あー、もう、やればいいんでしょ、やれば! どうにでもなれ!」

「ひゃああああっ……!」


 このままだと理性が壊れてしまう。やけになって沙良はバイブを掴んで、ぐっと思い切りなかで傾けてやった。その瞬間、波折は弓反りになってびくんびくんと身体を震わせて、甲高い嬌声をあげる。


「あぁああっ……いくっ、いっちゃう……! あぁっ……!」

「……!」


 波折が快楽に悶え、身体をよじらせた拍子に、波折の顔が再びあらわになる。その、とろとろになった顔をみて……沙良の下半身がずくんと熱を持った。衝動のままに――ずぶっ、とバイブを一度奥に突っ込んでしまう。


「はぁんっ……!」

「……」

「あんっ、あんっ、あんっ……」


 ずぶ、ずぶ、ずぶ。気がつけばバイブを抜きさししていた。奥に入り込むたびにびくんと跳ねる波折の身体がいやらしい。ふつふつと、嗜虐心がわきあがる。もっと波折のいやらしい顔を、みたい。


「あぁっ、んっ、はぁっ……さらっ……おもちゃ、やだ……」

「え……?」

「さらの、ほしい……さらの……」


 息があがる。興奮のあまり、くらくらしてくる。
 
 沙良は身体をおこし、波折の脚をつかむ。ぐ、と脚を開いてやれば、バイブがずっぷりとささっているところがはっきりみえた。潤滑剤でてらてらとぬめったそこに、うねうねと動く異物。どきどきしながらそれを引き抜けば……ぬぽっと音がして液体が糸をひいた。


「あぁん……」

「……っ」


 ぽっかりとあいた穴が、ひくひくと物欲しげにうごしている。あの動画を思い出す。男のここがあんなにいやらしいわけがないと思いながらみていたあの動画と同じ光景が、今目の前に。はーはーと息を吐く波折が、とろんとした目でこちらをみている。はやくいれて、懇願するようにその瞳を潤ませながら。


「波折先輩……」


――本当は、友達になりたいよ。


「波折、先輩……」


 く、と唇を噛んで、沙良は波折を抱きしめた。


「……指で、気持ちよくしますからね、波折先輩」

「なんで……さら、……さらの、ほしい……」

「……それは……もしも、俺達が恋人になれたら……そのときに」


 だめだよ。俺達はまだ、友達にもなれていない。


「波折先輩……はやく、この部屋をでよう。がんばって」

「さら……あっ、あぁ……」


 指を、いれる。本当はすでに勃ってしまっているものを、挿れたい。でもそれだけはだめだと、理性が打ち勝った。波折のことを、大切にしたかった。二人で屋上でお昼を食べて、時々本の話をして、でも生徒会の活動が終わったら別々に帰って。そんな、少しずつ歩み寄る関係を、ここで壊したくなかった。


「あっ、あぁ……さら……あんっ……」

「波折先輩……波折先輩」


 肉壁がぎゅうぎゅうに指を締め付けてくる。波折がぎゅっとしがみついてきて、甘い声をあげ続ける。たまらなくいやらしくて、愛おしくて。今すぐにでも欲望で犯したくて、我慢が苦しい。それでも、絶対に一線を越えたくない。

 こんなことを強いてきた魔女は、いったい何が狙いなのだろう。男子高生同士がセックスをするところをみたかったのだろうか。わけがわからない。楽しませてほしい、だなんてふざけるな。


――俺の恋心をもてあそぶなよ……!


 悔しくて、悲しくて、涙が溢れてきた。


「うっ……く、ぅっ……ん……」

「……波折先輩」


 ぎゅっ、となかが締まる。そして、びくんっ、と波折の身体が跳ね上がって、背中に爪をたてられた。ああ、イッたんだな、そう思って沙良はよしよしと波折の頭を撫でてやる。


「さ、ら……」

「……大丈夫? 波折先輩……」

「うん……あっ……んんっ……」


 泣き顔を隠すようにして、沙良は波折の首元に顔をうずめる。そして、また指を動かす。すがりついてくる波折が可愛い。本当に、可愛い。でもこの行為は魔女に強いられたものであって。これ以上自分は波折に触れてはいけない。自分がしていいのは、彼をイかせる、という行為だけ。こんな状況のなか、彼とひとつになりたくない。


「はぅっ……、あっ……!」


 可愛い。可愛い。辛い。しつこく前立腺のあたりをこすってやると、波折が短い間隔で何度もイッた。自分の首元に顔をうずめながらふーふーと息をして喘いでいる波折が本当に可愛くて、我慢の限界が訪れてしまいそう。それでも沙良はぎゅっと唇を噛んで、耐え続ける。


「あっ……あぁッ……!」


 何度目かの絶頂は、一際大きかった。波折は身体を縮こませて強く沙良を抱き、髪をくしゃりと掴んできた。


「波折……先輩……?」


 波折はしばらくぎゅうっとしがみついてきていたが、やがてぱたりと力を抜く。沙良が体を起こして彼の顔を覗いてみれば、ぽーっとした顔で見上げてきた。


「……先輩……身体、落ち着いた?」

「……さら……」


 チョコレートの効果がきれてきたのだろうか。沙良はほっと息を吐く。頬を優しく撫でてやれば、波折は安心したように目を閉じた。


「沙良……ごめん……沙良……」

「なんで先輩が謝るんですか……悪いのは全部、魔女だから……」

「さら……」


 波折はぽろ、と涙を一筋流し、瞼をあける。そして、潤んだ瞳で沙良を見上げて、また目を閉じた。

 疲れてしまったのだろうか、波折はすうと寝息をたてはじめた。愛おしさにぎゅうっと胸が締め付けられて、沙良は波折を起こさないように優しく抱きしめる。


「――お疲れ、神藤君」

「……!」


 そのとき、ベッドの傍らにすうっとあの影が現れた。沙良ははっと顔をあげてソレを睨みつけ、唇を噛みしめる。自分たちを散々侮辱した魔女が許せなかったが、この影に攻撃したところで本人にはおそらく届かないだろうし、なにより裁判官でない沙良が学外で魔術を使ったりしてはいけない。何もできない悔しさに震えながら、沙良は黙りこむ。


「君はなかなかに我慢強い子だね。好きな子にあんなに迫られて理性を保つなんて。既成事実を作っちゃって波折のこと無理やり恋人にしちゃえばよかったのに」

「……」

「ありがとう、なかなか楽しめたよ。約束どおり、解放してあげる。あと五分くらいしたらこの部屋は消えて君たちは元の世界に戻るから、準備を整えといてね」


 影は飄々とした口調で話し、そしてまた消えてしまった。

 本当に魔女の狙いがわからない。魔女が憎くて仕方なかったが、結局何もできない自分が一番憎かった。


「……先輩」


 自分が裁判官になれたら、大切な人を守るために魔女を裁けるのに。様々な想いがせめぎあい、沙良はもう一度、波折を抱きしめた。


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