青い日々にさようなら2

「先輩。こんにちは」


 昼になると、いつものように屋上に行ってみた。波折は変わらず、一人でフェンスに寄りかかって座っていた。波折は沙良に気付くと、ぱち、と瞬きをする。


「沙良……」

「ああいうことありましたけど生徒会にいる以上距離をとるのも変でしょ」

「まあ、そうだね」


 沙良が波折の隣に座ると、波折がちらちらと沙良を横目で見つめる。嬉しいような、気まずいような、そんな眼差し。


「でも、屋上にくるのは今日で最後にしますね。週末にうちに誘うのも、全部」

「……えっ」

「俺のけじめです」


 ぎち、と寄りかかったフェンスが軋んだ。沙良の言葉に、波折は納得したように俯いて、それでもどこか寂しそうな顔をする。これから大人になって、自分たちは敵同士になるとわかっているのに慣れ合うなんておかしな話だ。沙良のけじめは当然で道理にかなったものではあるが、いざそうするとなると少しさみしい。


「……勘違いしないでくださいね」

「ん……?」


 しょぼんとしている波折の手を、沙良が握った。あ、と波折が顔をあげれば、沙良が触れるだけのキスをしてくる。


「先輩に興味なくなったとかじゃないですから。俺、先輩のことまだ好きですよ」


 ふ、と風が二人の間を抜けてゆく。青い、匂いがした。秋の終わりが近づく冷たさ、屋上のほこりっぽさが混ざる、この場所独特の匂い。


「これから、俺達は別々の道を進んでいって……きっと、違う人を愛していくと思います。波折先輩は……鑓水先輩とか、かな。俺はわからないですけど。でも、今、この瞬間俺が一番好きな人は波折先輩です。この学校に入って、波折先輩に出逢えて俺は幸せだった」

「……沙良、」


 きゅ、と波折が唇を噛んだ。ちらちらと降り注ぐ太陽の光に、波折のまつげがきらきらと光る。光に照らされて少しだけ眩しい髪の毛が、風に靡いていた。


「俺も、沙良に出逢えて幸せだった。沙良と一緒にいた時間は、俺のたからものみたいにきらきらしてて……なんか……まぶしすぎて非現実的かな、俺には」

「……もう、ないですからね。ああして一緒にすごすのは。非現実的って言われると、そう感じてきます。夢だったみたいって、俺もそのうち思うようになるのかもしれません」

「これからどんな関係になるのかはわからないけど……「あった」んだね、きらきらした時間が俺達には」


 するりと沙良の手が波折の腰にまわる。波折はぴくりと震えて、そのまま沙良に身を預けた。ゆっくり、沙良の手が波折の服の中に入っていく。くす、と波折が笑った声が聞こえた。


「こんな場所で、ってわるいことをしている気分になるのも、最後かなあ」

「……はい、きっと」

「さみしい、な」


 波折が沙良の背に腕を回す。沙良が波折の背を撫で回すと、波折が小さな声で喘いだ。はあ、と甘い吐息の声が沙良の劣情を煽る。

 こんな、欲望のままの行動。猿だってできる、セックスなんて行為に感傷に浸るのは馬鹿らしいかもしれない。でもこの場所で触れ合った、その記憶は強く体のなかに刻まれていって、一生忘れないものになるだろう。光を浴びながら、冷たい風に吹かれながら、熱い体を触れ合わせた記憶に心は火傷をして、いつまでもじくじくと痛むのだろう。痛みが癒えたころにも、痕が残って彼のことを一生忘れられない……そんな、彼とのセックスはくだらない行為だ。


「あっ……」


 ぐい、と波折の服をたくしあげて胸を撫でる。彼の感じるところをあますところなく触って、彼の声を聞きたかった。息のかかる距離で見つめ合って、お互いに体を触りあう。波折も沙良の下腹部に手をやって、ゆるゆると触ってきていた。


「んっ……あぅ……」

「はじめて、一緒に学校に行った日のことを覚えていますか」

「はっ……あ……俺が、魔女に襲われた沙良を助けて、」

「はい……あのときの波折先輩はかっこよかった。先輩に憧れました。まさか、こんなに可愛い人だなんて思わなかった」


 昼休みは、あまり時間がない。少し急ぎ目の行為になってしまって、なんだかもったいないような気がした。でも、なんだか時間がとまったみたいな、そんな不思議な感覚が襲ってきて心は焦っていない。丁寧に、全身を触っていく。


「――ッ」


 後孔をほぐすと、波折はきゅ、と目を閉じて悶えた。いちいち反応が可愛い、そんな波折と身体を重ねられるのもこれが最後なのだと思うと悲しい。彼のひとつひとつの仕草を頭に刻みつけるように、沙良はじっと波折のことを見つめる。


「そうだ、先輩……もう一度俺の唄を先輩の前で歌うって約束、結局守れなかったですね」

「……う、ん……あっ……」

「いつか……歌えればいいな」

「うっ……あぁっ……」


 波折がぽろぽろと涙を流しながら甘い声をあげる。次々と波のように迫ってくる思い出たちが、止めどなく心を圧迫する。波折は嗚咽をあげ、同時に喘いで、沙良にキスをして、哀しみから逃れるようと必死になった。

 かなしい想いをするのが嫌だったから、人に好かれたくなかった。なのに、こうして一緒に思い出をつくってしまった。そしてその結果、やっぱりこうして苦しい想いをしている。思い出の海に、溺れている。でも、それを後悔はしていない。よかった、そう思っている。沙良と出逢えてよかった、沙良と一緒にいられてよかった。

 青い日々たちが、美しく煌めいている。


「今日が、晴れてよかったですね」

「――あっ……!」


 繋がると、熱を感じた。胸を焼きつくすほどの熱さ、心の焦げ付く臭い。制服を着て、青空の下でこんなことをできるのは高校生のうちだけか、なんて思うと苦しくなってくる。そんな痛みが、余計に興奮を煽るのかもしれない。目がちかちかとして、眩しい。


「先輩の目、きらきらして綺麗」

「さ、らぁっ……」


 太陽の光で涙に濡れた波折の瞳がきらきらと輝いていた。抱き合って、微かに身体を揺らせば更にその瞳の輝きは増す。波折の頬が紅潮して、みているだけでどきどきとしてくる。少しずつ少しずつ迫ってくる快楽の波に理性が溶かされていって、動きもはやまっていった。


「あっ……あぁっ……!」

「波折、せんぱい……」


 無我夢中で腰を振って、一緒に、果てていた。

 疲れのせいか、酸欠のせいか、……それとも感傷のせいか。沙良の瞳にも涙が浮かぶ。

 青い空とか、臭い歌詞の唄とか、そういった日々のなかで性欲に溺れるようなセックスをしていた。くそったれな青春だったかもしれない。艶かしいシーンがたくさん心のなかにはあって、そんなものがいっぱいの高校時代ってなんだろうとは思うけれど、これでもいっぱいいっぱいに恋をしていた。ぐちゃぐちゃな想いに苦しみながら、ここまで恋をしてきた。


「波折先輩……」

「沙良」

「……大好き、でした」

「……俺も……大好き……だったよ」


 太陽の光は俺達を嗤うのか、祝福するのか。青い春なんて余計な季節をなぜ人間は持っているのか。おとなになれば笑い飛ばしたくなるような青い日々をなぜか人は通ることになって、逃げたくても逃げられなくて、でも逃げたいと思うのに厭味ったらしいほどに青春はきれいだ。

 きらきら、している。


「――さようなら、波折先輩」









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