欲望の捌け口
 篠崎の家は、波折の家と同じように、ワンルームマンションだった。玄関の扉をあけて、中に入る。なんとなく憂鬱な表情を浮かべて波折が靴を脱いでいると――


「冬廣会長」

「……え?」

「やらないんですか?」

「……なにを?」

「鑓水くんにはやっていたじゃないですか。帰宅するなり好き好き言いながら、キス」

「……ああ、」


 そこまでみていたのか。波折は寒気を覚えながら、ちらりと篠崎を見上げる。小さくため息をついて、背伸びをして軽く口付けをすると、再び靴を脱ごうと下を向いた。その瞬間――篠崎がガッと波折の頭を掴んで上を向かせる。


「「好き」って言ってくださいよ」

「えっ……え、っと」

「恋人なんだから好きって言ってください」

「あ、あー……」


 鑓水のときは自然と出てきたものだったから、意識していなかった。「言え」と言われて仕方なく、波折は言おうとしたが……なぜか、その言葉は口からでてこない。喉のあたりでつっかえて、そこから先に出てこようとしないのだ。

 波折が言葉に詰まっていれば……篠崎の表情がみるみる曇ってゆく。まずい、と思ったときには、波折の身体は壁に打ち付けられていた。がつ、と勢い良く押し当てられて、壁と彼の間に閉じ込められる。


「……どうして言えないんですか」

「……わ、わからない……」

「鑓水くんのことがそんなに好きですか……!」

「えっ……いや、えっと……」

「……嫌いって言ってください。鑓水くんのこと。僕のことを目の敵にするあいつのこと、僕の恋人である冬廣会長も嫌いなはずです」

「え……」

 
 なんでそんなこと言わなきゃいけないの。波折は抗議の眼差しを篠崎に向けたが、彼の意思は変わりそうにもない。早く言え、と首を締めるようにして掴んできて、強要してくる。


「っ……ま、って……俺、慧太のこと、きらいじゃ、」

「言え!」

「……うっ……」


 ミシ、と首の骨が軋む。このまま抵抗していれば、絞殺されかねない。それに、自分が彼に逆らえば、あの動画を流出される可能性がある。そうすれば……鑓水に迷惑がかかる。波折は意を決して、口を開く。一向に出てこようとしないその言葉を無理やり引きずり出して……絞りだすように、


「……きら、い……けいたのことは、……きらい、……」


 言った。そうすれば、篠崎はにっこりと嬉しそうに笑って波折を解放する。苦痛から解放された波折はむせながら、うずくまった。何度も何度も咳をしながら……なぜか溢れてくる涙を拭う。酸欠で涙が出ているのだろうか。それにしては胸がギリギリと痛くて、哀しい。自分で言った「慧太が嫌い」という言葉に切り裂かれたように。


「冬廣会長……こっち。冬廣会長と恋人になれたときのために、ずっと準備していたんです」

「……?」


 ぜーぜーと息をする波折に気を使う様子もなく、篠崎が廊下の奥へ行ってしまう。波折がよろよろと立ち上がって、追いかけていけば……そこには身の毛のよだつような光景が広がっていた。


「えっ……これ、なに」

「冬廣会長と愛しあうための、部屋です」


 扉をあけた先に広がっていたのは、まるで拷問部屋のような、そんな部屋。天井からは拘束具がぶら下がっていて、床の至る所に大掛かりなアダルトグッズが置いてある。そして拘束具を囲うようにいくつも置いてあるカメラ。色々とアブノーマルなプレイをしてきた波折もさすがにドン引きである。


「冬廣会長。これ、着て」

「……なんで」

「冬廣会長に似合うと思って買ったんですよ」

「……性癖歪んでんじゃないの」

「え? 何か」

「……いや」


 波折が押し付けられたのは、赤い女物の着物。こんな意味のわからないプレイをする準備をずっと前からしていたのかと思うと、ゾッとした。


「……」


 波折が黙っていても、篠崎は何も言ってこない。「着ろ」という無言の圧力を感じた。波折は渋々制服を脱いでいく。脱いでいるところを舐めるように見つめらて気分が悪かったから、手早く。脱いだ制服は鞄の上に投げ捨てて、さっと着物を羽織る。帯をしめたところで篠崎に引っ張られて拘束具のあるところまで連れて行かれた。


「うっ……」


 拘束具は、色んな種類があった。鎖や手錠、荒縄。こんなものを天井に取り付けて、あとでマンションの管理人から請求が来ないのだろうかと波折はどうでもいいことを考える。

 着物を肩まではだけさせられて、荒縄で乱暴に縛られる。つま先でぎりぎり立っていられるくらいに上から吊られて、そして尻を突き出すような格好をさせられる。手首は前にまとめあげられた。


(……変態だ……)


 熟女もののAVなんかでありそうな格好をさせられているなあ、と波折は他人ごとのように自分の状況を考えていた。赤い着物と荒縄。非常に変態臭い。拘束プレイは大好きだけど、なんだか気が乗らない。篠崎の言動に散々傷つけられたあとだからだろうか。


「冬廣会長。これ、飲んで」

「……っ」


 波折の拘束を終えると、篠崎が冷蔵庫から飲み物を持ってきた。コップに並々と注がれた、どろっとした茶色の液体。近づけられて匂いでわかる。チョコレートドリンクだ。この量だと……板チョコ一枚分くらいの量になるのだろうか。

 こんなものを飲んだらひとたまりもない……わかっているが、抵抗するわけにもいかない。波折はぎゅっと目をつぶって、口を開く。そうすれば、篠崎が遠慮無くチョコレートドリンクを口の中に注いできた。


「……あっ、」


 全てを飲み込んだ、その直後に全身がゾクゾクとしてくる。量が多すぎだ。ガクガクと身体が震えて、頭が真っ白になって、壊れてしまいそうになった。かあっと身体が熱くなって涙まで溢れてくる。


「可愛い……冬廣会長……」


 篠崎がいそいそと道具を取り出しはじめる。手には、ローターやバイブ。両方の乳首にローターをガムテープで貼付け、そしてアナルにローションをかけたあと、バイブをずっぷりと突っ込んだ。そして口もガムテープで塞がれてしまう。


「んんーっ……! んー! んー!」


 拘束されて、オモチャで感じるところを責められて。身体はエビ反りになったり前かがみになったり、せわしない。ビクンビクンと大げさなくらいに何度も何度も跳ねて、つま先立ちの脚がガクガクと震えてくる。立ち上がったペニスからは先走りがだらだら、だらだらと大量に溢れてきて太ももを濡らし、そしてやがて床も濡らす。感じすぎて感じすぎて、おかしくなってしまいそうで。助けてと言いたいのに、口は塞がれていて唸ることしか許されない。


「んーっ! んんー……! んー……んー……」


 泣いて泣いて、懇願して。それでも篠崎はニヤニヤと笑っているだけ。周りのカメラを使って波折を撮影し始める。ご丁寧に照明器具まで設置してあるのか、波折の痴態を強い光が照らしだす。ビックンビックンとひくつくアナルやびしょぬれの股間、そして泣き顔。色んなところをアップにしながら篠崎は撮影を楽しんでいた。


「冬廣会長ー……すっごくエッチですねー。またいい動画ができた。そうだ、この動画、みんなに回してあげましょうか」

「……!」


 波折が目を見開いて、ぶんぶんと首を振る。そうすれば篠崎が、ハハっと笑って波折の口を塞ぐガムテープをベリっと引き剥がした。


「じゃあ、どのくらい気持ちいいかこのカメラに向かって言ってみてください、冬廣会長。とびっきりエッチにね。ちゃんと言わないと動画回しちゃいますよ」

「……っ」


――屈辱だった。淫語を言わされるのはよくあることだし、別に嫌ではない。が、この男に言うのはどうにも好かなかった。チョコレートを使って無理やり感じさせているだけのくせに。オモチャを大量に使っているだけのくせに。セックスが下手なくせに。もの頼りの男に下るのが、悔しい。……でも、言わないと。逆らっては、いけないから。


「……気持ちいい、です……あっ……おかしく、なっちゃいそう、なくらい……」

「……まだまだ言えるよね、会長……鑓水くん相手のとき、もっとすごいこと言ってませんでした?」

「……っ、イッちゃいそうです……気持ちよすぎて、イッちゃいます……! ゆるして、篠崎くん……!」


 何を言えばいいのかなんて、わからない。慧太は上手だから自然とああいう言葉がでてくるんだよ! と波折は心のなかで叫ぶ。いくら身体は感じていても、篠崎への嫌悪感が募りすぎて頭は冷静だった。

 何とか絞り出した言葉は、篠崎のお気に召しただろうか。正直、彼を相手にこれ以上の言葉は言えそうにない。波折はぼろぼろと涙をこぼしながら、篠崎を見上げる。


「……まだまだかなって思いますけど……まあ、いいか」

「……っ、」

「で、冬廣会長……気持ちいいんですよね? もっと気持ちよくさせてあげます」

「そ、んな……もう……」


 もう、無理。心と身体が乖離している。こんなにも嫌なのに、感じてしまっているのが苦痛でたまらない。縄がぎしぎしときしんで、身体ががくがくといって。勝手にこぼれてくる自分の嬌声が、やかましい。

 虚ろな目で、篠崎をみつめていれば、彼はまた新たな道具を取り出す。それをみて、波折は息を呑んだ。鞭だ。先端が数本に分かれている、バラ鞭と呼ばれるもの。一度、波折は「ご主人様」にそれを使われたことがあった。しかし、「ご主人様」は波折の身体に傷がつかないようにと、そこまで強く叩いてこなかった。バラ鞭は一本鞭と比べれば痛くはない。しかし……篠崎が使ったらどうだろう。今の、まともな理性を持ち合わせていない彼が使ったら……


「あっ……いや……」

「バイブもマックスにしてあげますね」

「いや……あっあぁああっ……!」


 鞭を持ちながら、篠崎は波折に取り付けたローターとバイブのスイッチを最強まであげた。ぶるぶると震えながら達した波折を……篠崎は、パァン! と鞭で叩く。


「ひぁっ!」


 突き出された尻に、何度も何度も。パァン! パァン! と激しい音が部屋に鳴り響く。叩かれるたびに鋭い痛みが走って波折は身体をビクつかせたが、同時にオモチャの刺激による快楽も迫ってきて、わけがわからなくなる。悲鳴なのか嬌声なのかわからない声を、波折は泣きながらあげていた、


「やぁっ!」

「鞭で叩かれても、可愛い声だすんですね……ほら、もっと強く叩きますよ!」

「ひぃっ! いやっ! あぁっ!」

「もっといやらしい声、出してください!」

「いたいっ……! あぁあっ! はぅッ!」


 波折の尻が真っ赤に染まる。白い肌に紅い跡、絶妙なコントラストに篠崎は恍惚とした笑みを浮かべた。


「……もう、……いや……」

「何か言いましたか?」

「……いいえ」

「もっと叩いて欲しいんですね」

「……はい。もっと……ぶって、ください……あっ、ひぁっ!」


 篠崎は徐々に加減を失ってゆく。思い切り、イイ音を出すことに必死になっているように、強く強く波折の身体を叩いた。尻の他にも、色んなところを叩いてゆく。全身に跡がついてしまって、その体は痛々しい。篠崎は波折が嗚咽をあげながら泣いているということにも、気付いていないのかもしれない。


「う、う……」

「あんなに甘い声をあげて……そんなに鞭でぶたれるのが気持ちよかったですか?」

「……っ、きもち、よかったです……」

「それはよかった……そろそろ挿れて欲しいでしょう、こんなにここヒクヒクさせて」


 篠崎が波折の後孔にささったバイブをぴんっとはじく。波折は全身の痛みに浮かされて、もはやそこの感覚もよくわからなくなっていた。ズルリとバイブが引き抜かれ、篠崎のかたくなったものが押し当てられる。がしりと尻肉を掴まれて、一気に奥まで貫かれて、波折の身体はビクビクッと仰け反った。


「ぁあっ……!」


 ガクン、と身体が大きく揺れる。波折の苦しそうな反応などお構いなしに、篠崎は抽挿を始めてしまった。吊るされている身体は、突かれるとゆらゆらと揺れて、辛い。篠崎はガツガツとひたすらに腰を振って、波折の奥をズンズンと突き上げる。


「あっ……うっ……あぁっ……!」

「冬廣会長のなかっ……すごいです……しめつけて、くる……!」


 一突きくらうたびに、吐き気がこみ上げてくる。チョコレートを飲んでいなければ、悲鳴をあげて暴れていたかもしれない。それくらいに、気持ちよくない。身体は一応快楽を感じているのかビクビクと震えてはいるけれど、苦痛でしかなかった。早く終わってくれとずっと思っていた。

 そのうち慣れるのかな、とか。こんなレイプまがいのセックスも気持ちいいって感じられるようになるのかな、とか。そんなことを考えているうちに、篠崎はなかに精液を注ぎ込んでいた。びゅるるっとひとしきり出すと、引きぬいたペニスを波折の口に押し当ててくる。


「……」


 篠崎のものを咥えて、涙を流しながら。この苦しみから早く開放されたいと祈るばかりであった。


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