暴走



 その日の生徒会活動がなんとか終了する。メンバーが生徒会室を出ようとしたときのことだ。一番先に教室から出た可織が小さな悲鳴をあげる。何事かと波折が出てみれば……


「……篠崎くん?」


 生徒会室の前に、篠崎が立っていたのだ。可織は予想外の人物がいたということに驚いて悲鳴をあげてしまったらしい。おそらく、可織でなくても驚いただろう。それくらいに篠崎が今ここにいるということは、おかしなことだった。


「……何か、ご用が?」

「冬廣会長に話がありまして」


 波折に声をかけられれば、篠崎はそう答える。さすがに波折も変だと思ったが、波折が答える前に鑓水が出て行って篠崎を追い払おうとした。


「いい加減にしろ。今日の活動は終わりだ、帰れ」

「……鑓水くんには用がないのですが」

「うるせえ! 波折にも迷惑がかかるって言ってんだよ! 何の用だ、手短に言え!」

「……僕は冬廣会長と話がしたい」


 ……話にならなかった。どうしても篠崎は波折と話がしたいらしい。しかしだからといって波折と彼を話させてあげようと鑓水は思えなかった。ここまで波折に執着し嫌っている奴なんかと、波折を対峙させたくない。しかし、波折はすっと鑓水の前に出ると穏やかに言う。


「……どのくらいかかります?」

「……少し時間をいただくかもしれません」

「……いいでしょう、中にはいってください」


「――オイ!」


 波折は篠崎と話をするつもりらしい。波折が篠崎を生徒会室に案内したのをみたメンバーはみんな顔を青ざめさせた。その体格差にぎょっとしてしまったのである。もしもここで篠崎が波折に暴行でもしたら……と考えると、二人きりにさせるわけにはいかない。波折はまた先ほどのように「追い払うのと話をするのでは前者の方が時間の短縮になる」と思っているのだろうから、鑓水が何を言おうがこのまま篠崎と話をするつもりだ。


「なら、俺も立ち会う。篠崎、中にはいれ」

「……鑓水くんには用がないので帰ってください」

「ざっけんな! おまえ波折に何をするつもりだよ! 力任せに生徒会長潰す気か?」

「まさか……話をするだけです」


 篠崎は頑なに、鑓水の同行を拒んだ。どう考えても怪しいと、鑓水も躍起になってしまう。しかし、波折は至極冷静に篠崎を生徒会室の中へ案内していた。「やめろ」と止めるメンバーの声をきこうとしない。


「大丈夫、さすがに風紀委員全体の評判を落とすような真似を彼はしないでしょ。俺がちゃんと話しておくから……みんな先に帰って」

「でも……!」

「いいからいいから。残っているなよ、帰れ。みんなの仕事はもう終わりだから」


 波折がひらひらとメンバーに手を振る。篠崎を中に入れると、ぴしゃりと扉を閉めてしまった。

 波折が扉を閉めてからも、しばらくメンバーは生徒会室の中の様子を伺うようにその場に残っていた。しかし、扉に耳をあてて話を聞いていれば、案外二人の声色は穏やかだ。これは大丈夫そうだ、と判断したメンバーは後ろ髪をひかれながらも帰って行く。


「……活動が終わってからくるってことは、個人的な話なんでしょ? 何? 篠崎くんは随分と俺を嫌っているみたいだけど」


 生徒会室の前からメンバーが姿を消したころ、波折はずっと感じていたことを篠崎に問う。鑓水は篠崎が生徒会の邪魔をしている……と言っていたが、それは誤りだ。篠崎は生徒会の邪魔をしているのではなく、波折の邪魔をしている。鑓水や沙良とは会話をする気がなく、波折と会話をすることだけを求めていた、ということでそれは明確である。普段も出会うたびに嫌味を言ってきたりとしているため、それはもう、風紀委員として波折が嫌いなのではなく、個人として波折のことを嫌っているに違いない。


「……」

「何? 言いづらいこと? いいよべつに、俺は何を言われても」

「……冬廣会長。貴方の目に、僕はどう映っていますか」

「え……? いつも突っかかってくる風紀委員長……?」

「風紀委員としてではなく……!」

「な、何? 篠崎くんのこと? えー……たくましそうな……人? 俺以外の人には優しそうだよね……? これでいいの?」

「そう、ですか……気持ち悪いデブでは、ないんですね……」

「太ってないよね? 気持ち悪くもないよ? え?」


 突拍子もない篠崎の言葉に、波折は戸惑った。しかしわけがわからないといった表情をしている波折とは裏腹に、篠崎は今にも泣きそうな顔をしている。感極まっているような。何がそんなに悲しいのか……もしくは、嬉しいのか。それが波折にはさっぱりわからなかった。


「……みんなの憧れの冬廣会長の隣に立っても恥ずかしくないように……僕は、頑張って体型も変えて、」

「……篠崎くん?」

「どうにか冬廣会長に意識してもらいたくて、生徒会と対立する風紀委員会にはいって、そしてこの学校で唯一貴方を嫌う存在になって、」


 一歩、篠崎が波折に近づいてくる。突然篠崎に泣かれてしまった波折は混乱していて、まともに言葉を紡ぐこともできなかった。そもそも篠崎が何を言っているのかわからない。


「冬廣会長……! 好きです……一年前の、あのときから……!」

「えっ」


 篠崎の告白と共に、波折の視界がぐらりと反転する。ソファに押し倒されたのだ。がっしりとした篠崎の腕で体をソファに縫いとめられて、波折は抵抗できない。もがくこともできないまま……波折は篠崎に唇を奪われた。


「……!?」


 波折は全く状況についていくことができなかった。なんで自分のことを嫌っていたはずの風紀委員長に告白されてキスされているんだ、と頭のなかがぐるぐるとしてしまう。篠崎に唇を離されて、波折がただ驚きの眼差しで見つめていれば……篠崎は波折の手首をまとめてネクタイで縛り上げてしまう。


「ま、待て……篠崎くん、待って……!」

「……冬廣会長。僕と、付き合ってください」

「い、いや……えっと、……それはできないから、……」

「……これをみても!?」

「えっ……」


 篠崎が波折の目の前にスマートフォンを突き出す。そして、動画のようなものを再生し始めた。そこに映っていたものをみて、波折は寒気を覚える。


「こ、これ……」

「……冬廣会長……鑓水くんとこんな関係だったんですね」


 スマートフォンに映しだされていたのは……波折の部屋だ。そこで、鑓水と波折がセックスをしているところ。音声もばっちりだ。自分の性行為をみせつけられていることよりも、自分の部屋がなぜか撮られているということに恐怖を覚えた。部屋に、隠しカメラが設置されていたということだ。


「……し、篠崎くん……これ、なに……」

「鑓水くんと冬廣会長が付き合っているって噂……前にもありましたけど、あくまで噂でしたもんね。どうなんでしょう、みんなの羨望の的の会長と副会長がこんな関係で、毎日のように淫らなことをしているのって」

「……人が何をしようが勝手だろ……」

「そうかもしれませんけど。これ、みんながみたらどうなりますかね。男同士でこんなことを……貴方はどう思うかしらないですけど、鑓水くんにも確実に迷惑がかかるんじゃないでしょうか」

「……」

「それから」


 篠崎が画面をタップして、違う動画を表示させる。そこに映っていたものに――波折は目を見開いた。


『――ご主人様……!』

「こ、これ……」


 動画に映っていたのは……今度は「ご主人様」と波折がセックスをしているところ。いつから隠しカメラが設置されていたのか、と思ったが、それよりも……


「……まずくないですか。「ご主人様」って……この人と生徒会長がこんな関係にあるの知られたら大問題でしょ」


 動画には、はっきりと「ご主人様」の顔が映し出されている。篠崎に、「ご主人様」と自分の関係がバレてしまった。


「……僕と付き合ってくれたら、誰にもいいません。冬廣会長」

「……なんで、こんなこと……」

「貴方のことが好きだからですよ! でも僕は……普通に告白したところで、絶対に貴方に振り向いてもらえない……僕は、鑓水くんみたいに頭がいいわけでも、かっこいいわけでもないから……」

「だからって……」


 波折はぐっと押し黙る。その顔には、焦りと絶望。


「……篠崎くん、やっていいことと悪いことが……」

「うるさい……! 冬廣会長……! 僕と付き合うんですか、付き合わないんですか! 答えて!」


 迫られ、波折は顔をしかめる。付き合うっていったら……今とは大分状況が変わる。沙良と昼休みに語らうことも、鑓水と同じ部屋に帰ることも、きっと許されない。そもそも今まで関わりのなかった人物に突然関係を強要されるのが、嫌だ。――でも。


「……わかった……付き合うよ」


――篠崎が、恍惚と微笑んだ。波折の頬を撫でうっとりとした声で囁く。


「……冬廣会長……僕のものに、なってくれるんですね」

「……うん」

「他の男と無駄に接触するのは、だめですよ。鑓水くんと同棲するのも」

「……わかってる」


 篠崎は波折の返事をきくと、にこにこと嬉しそうに笑った。全く悪気のない顔だ。平気で人の家に侵入して隠しカメラを設置するくらいなのだから……その精神は普通ではないのだろう。その笑顔は本当にただ好きな人と付き合えることになった純粋な少年のもののようだった。

 篠崎がポケットからチョコレートを取り出す。隠しカメラで「ご主人様」とのセックスもみていたから、波折がチョコレートを食べることによって変わってしまうことも知っているのだ。チョコレートを差し出されると、波折は抵抗しても無駄だと悟り、おとなしく口を開く。チョコレートが咥内に押し込められ、じわりとその甘味が溶け出してゆくと……身体がじわじわと熱くなってきた。


「うっ……」


 乱暴に、服を脱がされる。篠崎は興奮で手が震えているのか、波折の服を脱がせるのに苦労しているようである。ベルトを外すのも、スラックスを脱がせるのにも時間がかかっていた。上はもはやちゃんと脱がせる心の余裕がないのか、ぐいっと首までたくし上げられて、胸を露出させられる。波折の肌があらわになっていくごとに、篠崎の息はあがっていった。


「……あっ……ひ、ぁ……」


 篠崎はただ興奮のままに、波折の身体を舐めまわす。一年――溜め込んだ波折への想いをすべてぶつけるような愛撫は激しくて、それでいて粗雑。チョコレートの作用でかろうじて波折は感じてしまっていたが、あまりにもひとりよがりなそれに波折の心は拒絶を示していた。後孔のほぐし方も、下手くそだ。ただ指を突っ込んで掻き回しているだけ。


「うっ……」

「冬廣会長、……感じて、ますね……とても可愛いです」

「あっ……あぁっ……!」


 篠崎は早急にペニスを波折のなかに突っ込んできた。体格のままに、太く大きいそれをろくに解されることもなく突っ込まれて波折は悲鳴をあげる。


「やっ……もう、いやだ……! やめて、……ひゃあっ……!」

「いやいやいって……恥ずかしがっているんですか……可愛い……」

「ううっ……」


 セックスは好き。でも、ここまで気の乗らないセックスは初めてだ……というくらい、波折は篠崎のやり方が嫌だった。感じてしまっている自分が憎らしいと思うくらい。別に、篠崎が嫌いというわけではない……むしろこのセックスを通して嫌いになりそうだ。こんなに、相手のことを考えない自分の欲望のままにするセックスを、波折は知らなかった。ガクガクと身体を揺さぶられて、強引に口付けられて。ああ、これセックスじゃなくてレイプだ、と気づいたのは中に出されたとき。最後まで、波折はこのセックスへの嫌悪感を拭えなかった。


「冬廣会長……今日から、僕の家に帰りますよ。冬廣会長との愛の巣にふさわしくなるように、たくさん準備していますからね」

「……うん」


 ……自分のうちに帰りたいなあ、なんて。慧太に触られたいなあ、なんて。そう思いながら、波折は微笑んだ。

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