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『――翼くん、すごいね』
すべてを欺いて生きてきた。
中学のころ、俺の家族はおかしくなり始めた。きっかけは、母が介護疲れで鬱になり始めたことだったと思う。攻撃的な発言が増えた母に愛想をつかした父が、浮気を始めた。浮気をしだした父を嫌悪して、姉が薬を始めた。母は、狂っていった。
家族のなにもかもが嫌になって、俺の逃げ場は学校と塾になった。とにかく家に帰りたくない一心で、特に好きでもない勉強を熱心にやっていた。そうしていたら成績は全国模試で上位に入るくらいになってしまい、先生からは期待され、友人からは尊敬のまなざしで見られた。入る気もなかった進学校への入学を強く勧められた。
心が休まる場所はなかった。本当のことを話せる人もいない、甘える人もいない。いつの間にか被せられていた「頭のいい翼くん」の仮面を外せなくなって、俺は滑稽に踊り続けた。足が潰れても、痛みに気付かないふりをして踊り続けていた。
本当は、年相応にはしゃいで、子供のようにくだらない遊びをたくさんしたかった。わがままも言いたかったし、悪いことをして叱られてみたかった。でも、俺は投げつけられた期待と尊敬を裏切る勇気を持てず、応えようと無理をし続けた。大人っぽいねといつも褒められていた。
気付いたころには、心が壊れていた。
無事、俺は進学校に入学できた。けれど、俺の手首には、切り傷が増えていた。しばらく、長袖を着て、その傷は隠していた。夏になり――プールの授業が始まって、傷を隠すことができなくなると心配していたころ。
母の、無理心中で家族は死んだ。
俺は腹を刺されて死にかけた。血が溢れるとともに、俺のなかの「普通の少年」も溢れ出ていったような気がした。
*
『ふう〜ん。すごいな、進学校でテスト一番とったんだ?』
家族が死んだあと、俺は親戚のオジサンに引き取られることになった。
親戚のオジサンは、昔から、俺を「そういう目」で見ていた。
『はは、おまえ、モテるだろ? 顔も良くて頭も良くて……あはは、でもそんなおまえがな、家ではこんな……犬みたいなことを』
親戚のオジサンの家にいたころ。俺は、家の中で下を履くことを許されなかった。制服のシャツと、ネクタイ。それ以外のものを身に着けることを許されなかった。
家に帰るとまず、下を脱がされる。そして、後ろ手に手錠をかけられ、その状態で食事をさせられる。
食事は、犬や猫に使う餌皿に盛られて、床に這い蹲って食べる。もちろん、飲み物もだ。手が使えないから、口だけでなんとか食べるしかない。オジサンは、そんな俺を足を組みながら見下ろしていることがほとんど。その時のオジサンは、いつも、勃起している。
『学校では、優等生なんだろ? 男のこと、誘ったりしないんだな? おちんぽ大好きなのに』
『……』
『ほうら、おまえの大好きなおちんぽだぞ。デザートだ、喜べ』
食事を終われば、すぐに調教が始まる。オジサンがチンコを出したら、それによろこんでしゃぶりつかなければいけない。「おいしい」って言いながらむしゃぶりつかなければ、思い切り殴られる。
調教をされ、頭は洗脳され、俺は確実に普通の少年ではなくなっていたが――今の自分はおかしいと、それはしっかりわかっていた。
普通の少年は、こんなに汚い家で、毎日のように、おっさんのチンコをしゃぶったりしない。無理やり酒を飲まされて意識が飛ぶまでセックスをさせられたりとかしないし、おかしなドラッグを打たれて喉が枯れるまで喘がされ続けたりなんてしない。
ちゃんと、辛いとはわかっていた。いくら体が悦んでいようと、嫌だと思っていた。だからこそ――オジサンにされ続けた酷いプレイを、俺は「好き」だと自分に言い聞かせていた。
そうしなければ、俺は俺の人生を否定することになってしまうから。
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