19
オジサンは、恐怖に固まる俺を捕まえると、服を剥いて手と脚を縛ってベッドに転がした。ただのビジネスホテルだから大声をあげれば誰かに気付かれる可能性はあったが、それは俺の本能が拒否した。オジサンに逆らってはいけない、オジサンから逃げてはいけない――俺のすべてに刻み込まれた、本能が。
オジサンは軽い調子で俺を見つけたなどと言っているが、実際は俺が逃げてからずっと血眼になって探し回っていたに違いない。
だって、オジサンが俺を探しているという情報が、東京からこの田舎まで流れてくるほどだ。オジサンはありとあらゆる職業の人間に俺のことを聞きまわっていて、しかも探偵まで使っていて、その情報が風俗店の従業員を通して俺のところまで流れてきたのである。俺が見つかるのは時間の問題だったが、それが今日だったというわけだ。
結局、俺はオジサンから逃げることなどできなかった。俺はあきらめの境地に達していたのか、もうすっかり抵抗する気力を失ってしまっていた。ただ、オジサンの暴力めいたレイプに恐怖を覚えていただけだった。
「翼……高校生のときはすごくかわいかったけれど、大人になったら色っぽくなったね。今は二十四歳かな? 一番おいしい時期だね。あのころよりもエッチな体になっているのな?」
けれど、俺の体はオジサンを受け入れようとしていた。自分でも信じられなかった。オジサンの存在は間違いなく俺の中のトラウマで、嫌悪すべき記憶だった。いくら俺の中でオジサンが大きな存在だとしても、オジサンは怖くて仕方なかった。会いたくなかった。しかし――
「ああ、すごい。もう勃っている。可愛いな、翼。俺のことが大好きなんだな」
――俺の体は、オジサンから与えられた快楽を覚えていた。
初めて、オジサンの家に行ったとき。俺は無垢だった。男はもちろん、女のことも知らない真っ白な体だった。そんな俺を、オジサンは染め上げた。毎日のように淫らなことを強要され、真っ白な体は色魔のごとくいやらしい肉体へ調教された。そんな体だから、オジサンを見ると勝手に反応してしまうらしい。オジサンから舐めるような視線を浴びせられた俺の体は、すっかり調教される準備を始めていた。
「綺麗な体だな、翼。何人の男に抱かれたんだい?」
オジサンの太くて脂肪のついた、毛深い手が俺の体を撫でる。上から下までずるーっと撫でていき、そしてへその下のあたりをくるくると円を描くように撫でる。
「これから毎日、ここにいっぱい精液を注いでやるからな。常にぱんぱんにしておくんだ。出したらすぐ注ぐ。わかったね、翼」
「……はい」
オジサンの前では、俺の腹はオジサンの精液を貯めるための壺でしかない。オジサンが腹を撫でて「はじめるよ」と合図をすれば、俺の体は悦びの声をあげる。俺の体の存在意義をがまっとうできるのだと、オジサンの精液を渇望するのだ。
怖かった。頭と、体が、別物のようで。頭ではこんなにもオジサンを拒絶しているのに、体はオジサンを欲しがっている。脳みそが、肉体という檻に閉じ込められて逃げられない――それがこんなにも怖いことだなんて。
「どこもかしこも、可愛いよ、翼……これから君が死ぬまで、すみずみまで愛してあげるからね」
「あっ……あぁっ――……!」
オジサンがぎゅむ、と太い指で俺の乳首を掴んできた。その瞬間、稲妻が落ちたように俺の体を快楽が貫いて、俺はのけぞり悲鳴をあげる。それから根元ごとこりこりと乳搾りのように揉まれ、こすり上げられ、そのたびにチリチリとか細い電流が下腹部へ流れていくような切なさに苛まれた。
「はぁ、あっ……ん、く、ぅ……」
「ふふ、毎日のように俺が乳首をしゃぶってあげたからね……ぷるぷるしたいやらしい乳首になったんだよね。ほら、こんなにぷっくりふくらんじゃって……いじめがいがあるよ」
「あ、はぁっ……そこ、やだ、ぁ……」
下腹部が熱を持ち、それなのに触ってもらえるのは乳首だけ。言葉にしようのない切なさが、さらに俺を煽って狂わせる。腰が勝手に揺れて、まるで男根をねだっているようだ。もちろん頭ではそんな浅ましいことをしたくないのに、体が勝手に動く。乳首をしつこく責められて、オジサンの目の前で腰を振ってしまう。
「そんなに俺のおちんぽが欲しいのかい、翼。まったく、可愛いなあ」
「はぁうッ――……!」
オジサンは俺の乳首をぎゅっと引っ張り上げると、その状態で俺の股間にむしゃぶりついた。突然そんなことをされたものだから、俺はガクガクッ、と体を震わせて達してしまった。俺は涙をあふれさせると同時に、情けない調子で射精をしてしまったが……オジサンは俺がイっている間にも乳首を引っ張り上げるのとあそこをしゃぶるのをやめようとしない。
「あっ、ぁう、あ、あ、」
オジサンは豚のような鼻からふごふごと鼻息を吹きながら、俺のあそこをべろべろと舐めていた。脂っぽいオジサンの顔をこすりつけられることに頭は激しい拒絶を示したが、俺の体の奥のほうはきゅんきゅんとうずきだし、オジサンの愛撫を悦んでいる。俺は気付けばオジサンの顔に自分の股間を押し付けるようにして腰を揺らし、懇願していた。
「やぁ、ん、あぅ、あ、あ、」
涙が止まらない。こうして、オジサンに抗えない自分を思うと、哀しくてしょうがない。オジサンに囚われていたころと、今の俺は何も変わらないのだと。あの頃と同じようにオジサンの前で腰を振っている俺は――結局、オジサンのもとから飛び立つことができない。
そんなことは知っていたけれど。だからこそ、翼という名前で呼ばれることを拒絶したのだけど。今になって突然、こんなにも悲しく思うのは――なぜ。
「翼――ひとつになろうね」
『――翼』
――一人だけ、翼と呼ばせた男がいた。その人のことを思い出した瞬間、俺の目の前は真っ暗になる。
『――翼。起きろ。いつまで夢を見ている気だ、馬鹿野郎』
――あの男の前に居る時、俺は自分でも飛べるのではないかと期待していた――きっと。普通の人のように、普通に生きることができるのではないかと淡い期待を抱いていたのだ。だから――そんな期待を、一瞬でも抱いてしまったから。光を知ってしまったから。俺は再び闇へ引きずり込まれることに恐れている。
俺は、飛べない。飛ぶことができない。空を見ることは赦されず、地を蹴るための大地を見下ろすことも赦されず、ただ――闇だけを、見つめている。
「あっ――い、あぁあっ……!」
堕ちると気付いた、その時に。オジサンは俺の中へ、自身を埋め込んできた。切なさを滞留させた洞穴へ、一気に求めていた熱をねじ込まれる。
「だめ、だめ、だめっ――……」
「はぁ、……キツイ、翼のなか、いつもキツイ……最高の体だ、翼……」
「や、あ……」
焦らされ、調教された記憶を何度も回想し、求めていた体の奥が――悦びに震える。凶悪に太く、長いそれは俺の最奥をいともたやすく突き上げて、俺を残酷なほどに絶頂へ追い込んでゆく。
「ひっ、あ、あぁ、」
オジサンの醜い脂肪の塊がぶるんぶるんと揺れている。汚らしい体にのしかかられて、俺はあの頃の地獄を思い出した。汚い部屋、悪臭にまとわりつかれ、息をすることが苦痛だったあの日々を。もう一度、俺はあの日々へ還るのだ。ずぶんずぶんと何度も突き上げられながら、俺は腰を暴れさせ、あの頃の記憶に耽っていた。
育て上げられた快感の噴射口を、容赦なく責めあげられた。渦へ突き落されるような墜落感、重力を感じなくなるような浮遊感、両方が合わさっておかしくなりそうになる。ひっきりなしに零れる自分の声は女よりも甲高く、弱弱しく、そして女と違って美しくなかった。快楽に屈服した醜い肉塊の嬌声だった。
「一発目だよ、翼……まだまだ入るね、翼」
「い、あぁあ……」
精を放たれ、俺は翼を引きちぎられるような錯覚を覚えた。俺はオジサンに「翼」を喰われたのだ。もう、飛べないのだ。
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