13
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何度も臀部を叩かれたり、股関節が逝くくらいに激しく突き上げられ続けたせいか、やたらと歩きづらい。山崎さんの後も二人ほど相手をして、俺はもうすっかり疲れ切っていた。
すぐにでも帰って寝てしまいたかったが、白柳に言われた食材を買わなければいけない。……別に、あいつに会うことを楽しみにしているわけじゃない。してはいけない。ただ、頼まれたことはしっかりやらなければあいつに嫌われてしまうため、当初の目的が叶わなくなってしまう。
そういうわけで、俺は白柳の家の近くにあるスーパーまで来ていた。
スーパーで食材を買うなんてことをほとんどしたことがなかった俺は、白柳にもらったリストを見てもどこに何が売っているのかわからず、ただの買い物に結構苦労した。中には知らない食材もあったから、スマートフォンで調べながら買ったりもした。
大した量でもない食材を探し続けて、30分くらい経っただろうか。まだリストの三分の二ほど、食材を探さねばならない。
……こんなに大変なことを、白柳は毎日のようにやっていたのだろうか。白柳はここまで買い物に時間がかからないということを差し引いても、決して楽なことではないと思う。俺が居候しているから、わざわざこんなことをしていたのかと思うと――申し訳ない、という気持ちの前に、妙に浮かれてしまった自分に気付いた。
何が嬉しいのだろう。……あいつが、俺に情を持ってくれているとわかったから? たしかに、あいつに好かれれば俺の作戦は成功するのだから、嬉しいと思ってもおかしくはない。けれど……それだけじゃない、何かが。
「――あれ、セラ?」
「えっ」
ぼーっとしていた俺に、誰かが声をかけてくる。ハッとして振り向けば、そこにいたのは――梓乃くん。
「……セラ、だよね? なんか難しい顔しているから誰かと思った」
「……、あ、ああ、梓乃くん! すごい偶然! なんでこんな時間にスーパーいるの?」
「大学の友達と宅飲みしてて。お酒なくなったから、買い足しにきたんだよ」
「一人?」
「ううん。もう一人いるんだけど、トイレいっちゃった」
「そっかあ」
「セラは、どうしてここに?」
梓乃くんは、ひょんなことで知り合った、大学二年生。大学生のわりにはあんまりチャラチャラしていないし、のほほんとしている。
「……なんか、悩みあるの? セラ。疲れたような顔してるけど」
「べつにい。そうだなあ、欲求不満すぎてしんどいから、梓乃くんがエッチしてくれたら笑顔になれるかも!」
「ふざけんな馬鹿」
俺は、梓乃くんのことは好きだ。彼は優しい。だからこそ、絶対に俺の本性を見せるつもりはないし、必要以上に距離を詰める気はない。
きみとは、空いた時間の隙間を埋める程度の付き合いができればいい。何も考えず、表面だけでも楽しい時間を過ごす――そんな関係が、俺と君の理想の関係だろう。深いところで関係を持つつもりは一切ないから、俺は梓乃くんに覗かれたくない。
「そーだ、梓乃ちゃん、卵ってどこに売ってるの?」
「えっ? あ、……あっちだよ。賞味期限見て買うんだよ」
「そっかあ、ありがと」
梓乃くんは、普通の人。俺がどんなになりたくてもなれない、普通の人。彼に見られていいのは、俺の取り繕った笑顔だけ。ほかの顔を見せては、絶対にいけない。
俺は彼に挨拶をして、背を向けた。
彼の方が俺よりも年下なのに、俺よりも物知りだ。……俺の人生ってなんなんだろう。そう思った。
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