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「おはようございま〜す」
「おはよ〜」
今夜の仕事が終われば、白柳に料理を教えてもらえる。それを楽しみに、俺はいつものようにブレッザマリーナまでやってきた。更衣室に入れば、そこには着替えをしている同期が一人。
「あっ、セラ。聞きたいことあるんだけど」
「なあに」
「今度東京のさ、吉祥寺いくのよ。どこかご飯食べれるおいしいところしらない?」
「えー、吉祥寺ー?」
「セラ、東京出身でしょ? なんか知らない?」
「うーん。東京っていってもそこらへんはあんまり行かないし……。新宿とかそっちならある程度」
「そっかー」
彼の名前はアキト。こんなお店で働いているなんて信じられないくらい、純朴な雰囲気のある男の子だ。体型は普通で、やや肉付きが良い。抱き心地は良さそうだよな、なんて服を脱いでいる彼を見ながら思う。
「セラ、なんでこっちに来たの? こんな田舎より、東京の方が楽しいでしょ?」
「え〜? 東京はやだよー」
「なんで? 俺、憧れるなあ」
「ムリー。嫌いな人いるし」
「えっ、それだけ? それだけでわざわざここまで?」
「いやいや、死んでも会いたくないんだって。それにアイツに飼われて過ごしたウザい日々思い出すもん、東京にいると」
「……はえー。大変だねえ」
だらだらと世間話をしながら、俺も着替える。アキトは着替え終わったのか、じーっと俺の着替えを観察していた。あんまり見られるとすごく着替えづらいんだけど……と言いたいところだが、気にしないふりをしておく。
「そういえばさっき、店長が『東京の人から予約があった』なんて言ってたよ。こっちに出張なんだって」
「……ふうん。こっちに来るついでにゲイ風俗ってところかな?」
「セラにその人回ってくるんじゃない? やっぱり都会の人にはこんな田舎っぽいボーイなんて合わないでしょ」
「関係ないでしょ。それにアキトはゲイ受けめっちゃいいって聞いたけど」
「セラにはかなわないって。セラ360度イケメンだもんー」
「なにそれ」
アキトは東京コンプレックスか何かなのか、というくらい、都会とか田舎とかに拘っていた。逆に俺は東京はすっかり苦手な場所なので、こっちの田舎の方が好きなんだけど。だからアキトがあんまり東京の話をしてくるもので、参ってしまった。ほんと、嫌なことを思い出す。
俺は、生まれは東京だ。家族を失い、親戚のオジサンのダッチワイフになり、家を飛び出してしばらく新宿で水商売。どうやらオジサンが俺を探しているらしいと噂を聞き、二十歳のころに逃げるようにこっちまでやってきた。そんな経緯を持っているので、もともとこのあたりに住んでいたボーイたちからは、妙に憧れられている。東京出身って、そんなにすごいものだろうか。
「――セラ、ちょっといいか」
着替えを終わったところで、更衣室に店長が入ってきた。アキトが「やっぱり」という顔をしていて、俺もなんとなく彼の用事を察する。
「今週の金曜、出張の方で予約入ったんだ。夜の九時から、駅前のホテルで。いけそう?」
「……噂の東京の人ですか?」
「あれ? 知ってるんだ? うん、そうなんだ。仕事でちょっとだけこっちにくるらしいから、そのついでにだってさ」
「ふうん。まあ、大丈夫です。俺入ります」
「よろしく〜。東京の人ってなんかすごそうだからがんばってね」
「……そうかなあ。まあ、了解しました」
案の定、アキトが言っていた「東京の客」は俺が担当することになった。店長もアキトも、やたら東京の人に変なイメージを持っているらしく、俺からすればそんなに気がまえなくてもいいのにって思う。客なんて、ただの札束なんだから。
そうこうしているうちに、時間が迫ってくる。今日は、店内の個室での仕事。ブレッザマリーナは個室と出張の二種類があって、俺と白柳が出逢った時のようにブレッザマリーナ内にある部屋でプレイをするタイプと、今回の東京の客のようにどこかホテルや自宅へこちらから赴いてプレイをする二つのタイプがある。俺は両方を請け負っていて、出張の仕事が入ればそっちを優先させるし、それ以外のときは個室で待機している。
今日は、個室。ただし今日は予約が入っているので、時間厳守だ。たしか……山崎さん。記憶が正しければ、変態豚野郎。山崎さんは俺を痛めつけるのが好きなタイプらしいので、また体に傷が増えてしまう。痛いのはいいんだけど……痕が残るのは嫌だなあ。
俺は重い腰をあげて、部屋へ向かった。いつくるかわからない、白柳に抱かれるときのために、あまり傷をつけられないように気を付けよう……そう思いながら。
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