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「白柳さんっ。会いたかったです」
「……おまえさあ。俺の休みを全部奪うつもりかよ。休みのたびおまえの顔見てるんだけど」
「だって白柳さんの家居心地いいんだもん」
「だもんじゃねえキメエ」
あの日から、俺は白柳に頻繁に会っていた。かなり無理やり会いに行っているため、白柳にしてみれば迷惑だろう。普通に堕とすつもりならこの方法は間違っていると、さすがの俺でも理解できるけれど――対白柳なら、この方法でいい。
この男は、甘い。懐いたふりをして尻尾を振ってやれば、「やれやれ」と面倒をみてくれる。そしてこの男、面倒をみることが好きなようだから、なんだかんだ俺の来訪を嫌がっていない。こいつには、押せ押せの精神でアプローチしていくのがよさそうだ……俺はそう思っていた。
一日に白柳と対面する時間は、大体2時間くらい。時には白柳の家に泊まりこんだりもするけれど、そもそも仕事の時間が違うから、顔はあまり合わせない。俺は夜の仕事、白柳は昼間の仕事。白柳が家に帰ってきてから俺が仕事に行くまで、その時間だけ顔を合わせている。
白柳は家に帰ってくると、当たり前のように俺にもご飯を作ってくれるようになった。かなり、文句は言われるけれど。この男、見た目に反してなかなか料理が上手で、派手さはないにしろ堅実で健康的な料理を作る。コンビニ飯生活をしていた俺にとってはこれがごちそうのようなもので、食べるたびにお世辞ではない「おいしい」を口にしていた。
「……おい、セラ」
「はあい」
「……さっきみたら食器が増えてるんだけど。なに勝手に俺のうちにおまえの物を置いてるんだ」
「いいじゃないですか! もう住んでいるようなものだし」
「よくねえ」
演技にしろ、甘えるのって結構楽しい。気を張る必要もないし、楽だし。それに甘えるということを今までしたことがなかったから、新鮮だ。あとは白柳がもうちょっと精力的ならよかったんだけど。ちょっとムラっとしたときにヤッてくれれば最高だった。
白柳は、あの日以降、俺とそういったことをしようとはしなかった。まあ……一緒にいて、そういうことを強制してくるよりはずっとマシだけど。
「あ、そうだ、白柳さん! 明日は俺がご飯つくってあげます!」
「いやなんで明日も俺の家にいる前提なんだよ。……まあ、作ってもらえるならありがたいけど」
「ふふ、がんばりますね!」
「で、何つくるの?」
「……うーん。そういえば料理したことないや」
「……ちゃんと食えるもの作れるんだろうな。米の炊き方知ってるか?」
「米……あ、炊飯器使ったことないや」
「……米は炊く前に洗うことを知ってるか?」
「……洗剤で?」
「……ッ、天然記念物かよおまえ! わかったわかった、飯の作り方を明日教えてやる。いいか、俺が帰ってくる前に台所に立つなよ。食材が……いや、家自体がダメになるかもしれない」
「やった! 教えてくれるんですか!?」
気まぐれにご飯をつくってあげようとしたが、そういえば俺は料理をしたことがないのだと気付く。これから先、料理ができないと困ることがあるかもしれない。白柳の提案は、素直に嬉しかった。
「何買っておけばいいですか? 何をつくるんですか?」
「……あー、後でリストつくるからそれ買っておいて」
「はあい」
はじめてのおつかいかよって、くらい、俺はワクワクしていた。理由はわからない。ただ、穏やかな心の弾みに、不思議と心地よさを感じたのだ。
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