優しく触れられる感覚で、シルヴェストルは目を覚ました。

 ゆっくり、重い瞼を開ければ――頬杖をついて自分を見つめてくるジークフリートが視界に入る。彼は、指先でシルヴェストルの髪の毛を弄びながら、じっと無表情にシルヴェストルを見つめていた。


「おはよう、シルヴェストル」

「……、おはよう、ございます。ジークフリート様」


 シルヴェストルはジークフリートを見つめ返し、気を失う瞬間に聞いた彼の声を思い出す。『俺は、本当に正しいのか』。あの言葉で――シルヴェストルは、全てを悟った。


「……シルヴェストル。俺に従う気になったか?」

「……いいえ。貴方には、従いません」


 シルヴェストルがジークフリートに従わなかったのは――実のところ、シルヴェストル自身の意思によるものではない。シルヴェストルの肉体の「正義のアルカナ」という定義がジークフリートを拒んでいたのである。理由がわからないまま、シルヴェストルは「正義のアルカナ」として彼に反抗していたのだ。

 それが、一瞬心が接続されたことによって、わかってしまった。なぜ、この体がジークフリートを拒むのかということに。彼という人間が、一体どんな人間なのか――それを、知ってしまって。


「……なぜ、そんなにもおまえは俺を拒む。あれだけセックスで感じていたんだから、俺の魔術師としての素養は認めているんだろう? それ以上に――俺は、「正義」に反する人間だって言いたいのか」

「……正義に反する、とは」

「……だから。俺が、人殺しをしているから、「悪」だって。そう感じているから、おまえは俺に従わないんだろう」

「――……」


 シルヴェストルはジークフリートに問われ、静かにジークフリートを見つめた。自らを「悪」だと言う彼の目は――「迷い」で濁っている。

 シルヴェストルはうんざりしたように溜息をつくと、ベッドから抜け出して落ちていた自分のシャツを羽織った。「おい」と声をかけてくるジークフリートを無視して服装を整えると、じろりとジークフリートを見下ろし、言い放つ。


「――貴方は、私のことをどこか勘違いしているようで。「正義」とは……法でもなければ倫理でもありません。貴方が人を殺しているかそうでないかなど、どうでもいい」

「……なに?」

「「正義」は、人それぞれ違うでしょう。同じ行いも、捉える人によって「正義」となったり「悪」となったりする。だから、私は善悪によって主を判断したりしない。私は――自分の行いを「正義」と信じる心を持つ人間を、主として認める……それだけです」


 シルヴェストルの言葉に、ジークフリートは目を見開いた。

 ジークフリートやシルヴィオは、「正義」を見誤っていたのだ。ジークフリートが大義名分のために殺戮をしているから、シルヴェストルが従わないのだと、そう信じて疑わなかった。しかし、違っていた。


「貴方は――自分の行いに、迷いを感じていますね。「本当に俺は正しいのか」と。だから、私、すなわち「正義」を従わせることによって、自らを「正義」であると証明しようとした。けれど、これだけは言っておきましょう。「正義」は自らの行いの言い訳のためにあるものではないと。私が貴方に強く反発するのは、貴方が私をそのようにとらえているからですよ」

「……っ、迷わずに、いられるものか! 人を殺しているんだぞ! それを「正義」などと言い切れる人間が、どこにいる!」

「迷うのならば、私のことなど召喚しなければよかった。貴方にとって、私を従えることはとても難しい。殺戮を「正義」と言い切れない、貴方は――優しい人間ですから」

「優しい、……? 何をもってそんなふざけたことを言っている。おまえを、ああして無理やり従わせようとしているんだぞ。人を、殺しているんだぞ。そんな、俺が――」

「……貴方の“声”を聴くと同時に、貴方の過去を……一瞬だけ、みてしまいました。すみません」

「えっ……」


 ジークフリートは「正義」を自分を罪から守る言い訳として利用しようとしていた。そのことに、シルヴェストルの体は強く嫌悪感を抱いていたのだが――シルヴェストル自身は、ジークフリートという人間のことを突き放そうとは思えなかった。

 精を放たれた瞬間に、一瞬だけ接続した心は――シルヴェストルに、ジークフリートという人間の根幹を見せてしまった。


「……。来週の、魔女狩り、でしたね。手を貸すとまではいきませんが、同行しましょう。それまで……どうか、体を休めておいてください」


 シルヴェストルはふいと視線を逸らすと、そのまま部屋を出て行ってしまった。残されたジークフリートは、唖然と彼の出て行った扉を見つめ――自らの過去を、思い出していた。

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