甘い恋をカラメリゼ | ナノ
 trois

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 彩優の言ったとおり学院前駅を降りてみると、存外あっさりとそのケーキ屋をみつけることができた。大学が近くにあるというのに寂れた学院前駅。まあ、田舎の駅なんていうものは主要の駅以外はおんぼろで周辺も栄えていない。そんな地味な街並みのなか『ブランシュネージュ』なんて小洒落た名前のケーキ屋は見つけやすかった。

 最近できた店なのだろうか、錆びれた建物が並ぶ街並みで少しだけ目立つ、綺麗な外装。ライトブルーを基調とした爽やかなその建物は、正直男である俺には近寄りがたい。最近ぽつぽつと聞くスイーツが好きな男子なんていうのは、こうした店にも堂々と入れるのだろうか……なんだ、スイーツ男子なんて女々しい名前をしておきながら男らしいじゃないか――なんて、しょうもないことを考えながら俺は、あたりをきょろきょろと見渡して人がいないことを確認してから、その扉をあける。



「いらっしゃいませ」



 カランカラン、と透き通ったベルの音と同時に、俺を歓迎する声が聞こえてきた。こじんまりとした店だがすっきりとセンスのあるレイアウト。洋菓子店にはいることを躊躇してもやもやとしていた心が晴れるような空間に、俺は肩の力が抜けるのを感じる。扉をあけると目の前にあらわれるショーケースの奥に、店員と思われる男性がにこにこと笑っていた。



「あの、」



 じっと見つめられながらケーキを物色するのも気まずいと思って、俺はさっそく彼に声をかけてみる。近くでみてみると彼は大分若く――まだ20代にみえる風貌だ。顔立ちが整っていて、「綺麗」といった言葉が似合う。



「誕生日用のケーキを探していて……チョコレートの大きいケーキが欲しいな、なんて思うんですけど」

「ああ、誰かのお誕生日なんですね、おめでとうございます。ありますよ、チョコレートのホールケーキ。ビターなものと甘いもの、二種類ありますけど、どちらがいいですか?」

「えっと……甘い、ものかな? よくわからないです、ケーキの違い。ぶっちゃけ」

「これと、これがそれなんですけど……ちなみにカットしたものがそちらにあるので断面図なんかもみていただければ」



 彼はずいぶんと穏やかな声色で言葉を発した。耳触りの良い声は、聞いていると心が安らいでくる。美容師とか、こうした洋菓子店とか、そういったおしゃれな店で働いている人の雰囲気はどこか似ている。女性らしい物腰の柔らかさのなかに、男性らしい優しさと安心感。ケーキに全然詳しくない俺でもわかりやすいように説明してくれる彼への印象は、俺のなかで最高点をマークした。



「ビターっていってもこれも食べやすいんですね……チョコレートが好きっていうくらいだし、紗千はこっちのほうが好きかも」

「女性の誕生日なんですね」

「ええ、妹の」

「ああ、妹さん……」



 妹、と聞いて何かを思いついたような顔をした彼は、ふふ、と悪戯っぽく笑った。客と店員の会話のなかではあまりみられないようなその表情に、俺はすこしだけどきりとする。



「妹さん、好きな動物とかいますか?」

「好きな動物? ああ……猫、ですかね、たしか。猫も小物とかいっぱいもっていたかも」

「猫、それなら……! ちょっと待っていてもらえますか?」



 よかった、そんな風に笑って彼は奥にひっこんでしまった。おそらくそこにあるのは、厨房だろう。なにがでてくるのかと地味にわくわくしてしまっている自分に、俺はすっかり彼のペースにのまれているな、と自嘲した。少し前までこの店にためらっていたことが嘘のようだ。

 一分もたたないうちに戻ってきた彼の手には、安っぽい箱。彼は俺の前でそれをあけてみせると、苦笑交じりに言った。



「発注ミスでたのんじゃったんです。これ、ケーキにのせませんか?」



 箱の隅のほうには「メレンゲドール」とかいてあって、中には小さな動物の人形がぎっしりとはいっていた。たぶん、クリスマスケーキにのっているサンタと同じ類の、全然美味しくない砂糖の人形だ。人形のなかには猫もあって、たぶん彼はそれをくれると言っているのだろう。



「え、いいんですか。じゃあぜひ、お願いします」

「よかった、処分に困っていたから」

「お役にたてて嬉しいです」

「ふふ、言うね。バースデープレートも書きますよ、「さち」ちゃんでいいんですよね」

「はい、お願いします」



 またまた奥にさがってしまった彼を、俺はぼんやりとみつめていた。ああ、なんだかいいなあ、なんて。初めてあった人ともこうして話せて、楽しそうに仕事をしている彼を羨ましいと思ってしまう。大人になれば、俺もあんな風になれるのかな。そんな風に考えてしまうくらい、彼は俺の理想とする社会人像だった。

 2、3分ほどして戻ってきた彼の手には、可愛らしく飾られたチョコレートケーキがあった。猫とバースデー プレートの相性も抜群で、女の子が好きそうな色合いになっている。これは紗千がみたら喜ぶだろうな、なんて口元がいつの間にかにやけてしまっていた。

 会計を済ませ、これまた可愛い箱に詰められたケーキを受け取る。ローソクもサービスしてくれて、今日の誕生パーティーは楽しいものになりそうだな、とうきうきした。



「ありがとうございます……! ほんと、ここのケーキ屋にきてよかったです」

「いいえ、こちらこそ。ぜひまたきてくださいね、もう少ししたら新作もでるので」

「新作?」

「デザインにこだわったベリーケーキです。ケーキ、好きですか? 結構自信作なので見にきてほしいな」

「あ……きます、はい、またきます!」



 返事をしてから、あれ? と思う。衝動的に俺はなにを言っているんだと。社交辞令として勝手にでてきたにしては、熱を込めて返事をしてしまった。俺はケーキを特別好きというわけでもなくて、食べられればなんでも美味しいと思うタチだった。だから、正直デザイン重視のケーキといわれてもとくに惹かれるということもなく。……ここの、店の雰囲気が好きになったのだと思う。またここに来て、この人と話してみたい、そう思ったのだ。

 彼に背をむけるまえに、ちらりと彼の胸についているネームプレートをみる。『花丘智駿はなおか ちはや 』。彼の名前は智駿というらしい。

 カランカラン、二度目のベルを鳴らして俺は店をでた。「ありがとうございました」と智駿さんが言ってきたから、振り向いてお辞儀をする。

 なんだか、とてもいい時間を過ごしたような気がする。意味もなく弾む心は、久々の感覚だった。


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