▼ quatre
今日は、3限まで授業でそれからバイトだった。バイト先でも「なんだか梓乃、機嫌いいね」なんて言われて、そんなに俺は顔に幸せオーラがでているのかと苦笑してしまった。その日のバイトは楽しい気持ちのまま終わらせることができて、俺は家に帰ってきてからも上機嫌だ。
バイトがある日は家に帰るのが22時近くになって、父さんと紗千なんかはもう寝ている。俺は母さんにただいまだけを言ってシャワーを浴び、部屋に戻ったらベッドにダイブした。
「……」
そして、いそいそとかばんからあるものを取り出す。バイト帰りにコンビニで受け取ってきた、通販の商品だ。中にはいっているのは、ローションと大人のおもちゃ。智駿さんと初エッチするときに、すんなりと受け入れたい。だから、おもちゃを使って練習しておこう……そんなことを思ったのだ。
おもちゃまで使ってそんなことをするのは、もはや健気を通り越してただの変態なような気がするけれど、そんなこと言っている場合ではない。だって、智駿さんに嫌われたくない。
「うわー……」
おもちゃのパッケージをあけてみる。パッケージには下世話な週刊誌のような字体で「巨根丸」と書いてあって、なんだか笑えてきてしまう。そして中からでてきたおもちゃもまた、すごい。いわゆるディルドというモノだけど、色が妙にリアルでグロテスクだ。筋とかまできっちりかたどられていて、思わず「うわあ……」なんて小さく称賛の声をあげる。
「はあ……」
何やってんだ、俺。そう思いながらも俺は服を脱いだ。そして、ローションを手のひらに垂らして、そのままおもちゃをしごいてみる。
「……」
ぬちゅ、ぬちゅ、と適当に手を動かしているだけでもいやらしい音がする。指でをいれるときよりも、なんだかどきどきしてきた。いやらしい気分になってくる。
まんべんなくおもちゃにローションを塗りつけて、そして指で軽くお尻をほぐして、横になった。どきどきしながらおもちゃの先っぽを穴にあててみる。
「んっ……」
その瞬間、お尻の穴がきゅっと締まった。奥のほうがきゅんとなったような気がする。入り口のあたりが、気持ちいいかもしれない。おもちゃの先っぽでローションを塗りたくるように入り口をくりくりと撫で付けてみる。
「は、ぁ……」
ぬるぬる、ぬるぬるとおもちゃの先端が俺のお尻の穴を撫で回す。刺激で感じているというよりは、そのいやらしさで奥がきゅんきゅんしてきた。あ、これもしかしてなかでイケたりするかな、なんて思ってドキドキしながら、ゆっくりとおもちゃをなかに埋めていく。
「っ……」
みち、と強烈な圧迫感を感じた。若干、痛みがある。でも切れてるとかそんな感じはしなくて、ゆっくりゆっくり押し進めていけば、最後まで挿れることができた。
案外はいるもんだ、と思って安心する。この程度の痛みなら、全然耐えられそうだ。最後まで挿れてしばらくじっとしていれば、痛みも薄れていって一気に疲れが押し寄せてくる。なかに太いものを挿れる緊張感で、いつのまにか身体が強ばっていたみたいだ。
「はあ……」
ため息をついて、身体を横に向ける。一応、「智駿さんに会う前にお尻にはいるようにしておく」という目的は達成だ。これで、智駿さんとのエッチで痛がらずにすみそうだ。なんだか気が楽になって、リラックスした気持ちで俺はゆるゆるとおもちゃを抜き差し初めてみる――が、そのとき。
「……!」
スマホのバイブレーションがなる。……電話だ。すぐ手に届くところにあったため、俺は仕方なく画面を確認して……思わず変な声をあげてしまった。
「ち、智駿さん」
画面に表示されていた名前は、智駿さんだった。たった今、俺、あなたとのエッチに備えてお尻におもちゃ突っ込んでんですけど!と頭のなかがわーっとなりながらも無視なんて当然できるわけもなく、おもちゃを突っ込んだまま俺は電話に出てしまう。
「も、もしもし!」
「もしもし、梓乃くん。ごめんね、夜遅くに」
「い、いえっ……あ、」
智駿さんの声を、聞いた瞬間だ。ぎゅんっ、とお尻のなかが締まった、気がする。びくんっ、と足がこわばって、小さく腰が跳ねてしまった。
――な、なんだこれ。
「これといって用事はないんだけど……ちょっと声が聞きたいなあ、なんて」
「えっ、えっ……えっと、俺も……智駿さんの声……ききたか、った……です……」
「ふふ、嬉しい」
(あっ……)
耳元で、智駿さんの声。吐息までご丁寧にスピーカーは拾って、俺にダイレクトにその音を伝えてくる。ぞくぞくしてしまって、身体の奥のほうがじんわりと熱くなってきた。やばい、そう思うのに俺の手はおもちゃをぐっと奥まで突っ込んで、先端で奥をごりごりするように掻き回す。
「……ッ、ひ、ぅ……」
「? 梓乃くん、どうかした?」
「あっ……なんでもないです……!」
智駿さんが、とりとめのない話を電話越しにしてくれる。俺は智駿さんと話しているというそれだけの事実で胸がいっぱいいっぱいになって、まともに話をできなかった。
そして、話を聞いている間に、無意識に手を動かしてしまう。せっかく智駿さんが電話をしてくれているのに何をしているんだ、と自分が情けなくて仕方なかったけれど、手が止まらない。気持ちよすぎて、ぐちゅぐちゅとおもちゃを抜き差ししてしまう。
「……っ、……、……ッ、」
「そうだ、日曜、会えそう?」
「……、はい、……もちろん……っ、ふ……」
必死に口を塞いで、受け答えをする時以外は声を出さないように必死になった。じくじくと快楽が身体のなかに蓄積していく。こんなに気持ちいいの、初めてだ。女性は男性の7倍感じるとかいうけれど、それはマジっぽい。これはやばい。本気で気持ちいい。頭が真っ白になる。
「よかった。じゃあ、次会えるの楽しみにしてるね」
「……、俺も……」
「おやすみ、梓乃くん。……好きだよ」
(イク……もうだめ、イク、イク……ッ)
「俺も……だいすき、です……おやすみなさい……」
「好き」、そう言われた瞬間に我慢していたものが一気に溢れ出しそうになった。ゾゾゾッ、と何か恐ろしいものが這い上がってくるような感覚を覚えて、俺はぎゅっと身体を縮込める。
でも……ぷつ、と電話が切れた瞬間、その波が静かに引いていってしまった。ものすごい喪失感に襲われておもちゃを動かしてみたけれど、智駿さんの声が途切れた瞬間俺の興奮がすうっとひいていく。いまだきゅんきゅんと奥の方は疼いているけれど、さっきみたいなすさまじい快楽はもうやってこない。
「智駿さん……」
ああ、これ、俺……智駿さんに触ってもらわないと、イケないんだな。この身体、智駿さんじゃないとイかせることができない。
達することのできなかった虚しさと、智駿さんの声を聞けたうれしさ。複雑な気持ちが、俺のなかでぐるぐるとまわっていた。
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