▼ trois
シャワーを浴びてくると言って浴室に消えて行った窪塚さんを、俺はソファに寝転がって待っていた。しかし、正直なところ、これからするらしいセックスにはあまり興味が持てない。というよりも――セックスそのものに、興味が持てない。だからなんとなく憂鬱で、早く帰りたいという気分になってしまう。
少し前までは、セックスが好きだった。いや、セックスに依存していた。昔されていた性的虐待のこともあって色々と狂ってしまったらしい俺の頭は、酷い被虐趣味を患っていた。だから、体を悦んで売ってたし、セックスだってたくさんしていた。
……が、今の俺は特にそういうこともなく。
セックスがあまり好きじゃない。できるなら、したくない。セックスがすごく苦手だ。
その、理由は――……
「――おまたせ、セラ」
「あっ……待ってましたよぉ、窪塚さん!」
戻ってきた窪塚さんが、にっと白い歯を見せて笑う。その笑顔で、たくさんの女の人を堕としてきたんだなあと思いつつ、俺は立ち上がった。
「じゃ、窪塚さん」
俺も笑いかければ、窪塚さんが困ったような顔をして笑う。その顔はなんだよ、と突っ込みたくなったが、余計な対話をするつもりもないので俺はそのまま彼に抱き着いた。
「……、セラ」
「はい?」
抱き着いた矢先、窪塚さんが掠れた声で俺を呼んでくる。セックス前の声にしては妙に重々しくないか、と不信に思って顔をあげてみれば……窪塚さんが俺を見下ろして、むっとつまんなそうな顔をしている。
オマエから誘ってきたんだろぶっ飛ばすぞ、と言いかけたのを飲み込んで、小首をかしげて見せた。何か気に障ることしてしまいましたか?、と。
「おまえさ、俺の前でそんな風に猫かぶらなくてもいいよ」
「……!」
――何を言い出すのかと思えば。俺は窪塚さんが言ってきた言葉に、心の底からのため息をつきそうになった。猫かぶる、って。貴方に俺のスタイルについて口出される謂れはないんですけど。
俺は円滑な人間関係且つ「浅く」広い人間関係を築くためにこういう風に話しているのであって、窪塚さんに対して素で話す理由が何一つない。なぜかといえば、窪塚さんも俺にとっては「浅く」付き合いたい人だからだ。
深く付き合っていくこと――それは、俺が一番避けていること。
「猫かぶってるわけじゃないですよ! 俺のひとつの一面だと思ってください」
「……じゃあ、俺にほかの一面を見せてくれよ」
「はい〜?」
――何言ってんだこの野郎、そういいだしそうになった唇を、塞がれた。
「……っ、」
するりと心の隙間に入り込んでくるような、狡い口付けだ。触れ合ったところからじわりじわりと熱が侵食してくると、体の強張りがほどけてゆく。ああ、この人、キスが上手だな……そんなことを思う。
丁寧で優しい、そんなキスをされていると、考えてしまう。彼は俺に何を求めているのだろうと。少なくとも、性欲を満たすためのセックスで、こんなキスはしない。そして、予感を覚えて、俺はこのキスに恐怖を覚える。
「あ、あの、窪塚さん」
「ん?」
これ以上、この人にキスを許してはいけない――それは直感だ。俺は窪塚さんを押しやって、キスから逃げた。
「あのー……そんなに優しくしなくていいですよ、エッチするだけなんだし」
「……別に、俺はヤレればいいとかは考えていないから、適当になんてやらないよ」
「ううん……じゃあ、なんでエッチしたいんですか? 俺と」
「……焦がれているからだよ、おまえに」
「……、」
窪塚さんが俺をまっすぐに見つめる。そんな真摯な告白をされたことがなかったので、俺は言葉に詰まって黙り込んでしまった。そして同時に、まずい、と思った。
――俺は、セックスがすごく苦手だ。その、理由は。“想い”は俺の自由を奪うからだ。それが向ける想いであっても、向けられる想いであっても。
まさか窪塚さんが俺にそういった感情を抱くとは思っていなかったので、途端に俺は彼とのセックスに恐怖を覚えた。
「セラに初めて出逢った時――俺は、単純におまえの顔を気に入った。彼ならば、俺の下につけるだろうって。でも、おまえのことを見ているうちに……おまえのヘラヘラした顔の裏にある本性が、どうしても気になった」
「……」
「今朝、一人で煙草を吸っていた、あの姿がおまえの本当の顔だろう? 俺はあのおまえが好きだよ。あの顔を見た瞬間――胸を射抜かれたようだった。そして……今、その顔を隠したまま俺に抱かれようとしているセラに、すごく、やきもきする。俺は、おまえのことを抱きたいのに、今のおまえはおまえじゃない」
「俺は、俺ですよ――」
「俺は――おまえを抱きたいんだ、“翼”」
――翼、その名を呼ばれた瞬間に、俺は頭が真っ白になった。
翼、それは俺の本当の名前だ。一条 翼――俺の本名は、誰かに呼ばせるつもりはない。その名前は、俺自身。虐待された過去、世間から隔離された生き方――それらから解放され、“自由”を生きると決めた俺の名前だ。
「翼、なんて呼ばないでください。困っちゃうから」
「……翼」
「あの、」
窪塚さんが俺を想うのなら、それは俺を縛る枷になる。煩わしいわけじゃない、嬉しくないわけじゃない。むしろ想われることは、愛に餓えて生きてきた俺にとって、幸福を覚えることだった。俺は普通のひとのように、平凡に幸せに生きたい。けれどそれ以上に――自由を生きたい。
俺が一歩後ろに下がると、窪塚さんが俺の肩を掴んで再び唇を奪ってきた。今度は後頭部を掴まれて、逃がさないとそんな強い情念を込めたキスだった。
「んっ――……」
ず、と体を押されて、ベッドに押し倒される。俺は抵抗しようと思ったが、――……
「あっ……、……んっ、……ん、」
体が、言うことをきかない。窪塚さんのキスがあんまりにも上手くて、体が蕩けてしまう。ずぶずぶと生暖かい泥に沈んでいくような……体が頭を支配してゆく、そんな感覚に陥った。
「んっ――……!?」
脚の間に膝をいれられて、ぐっと股間を刺激された。そして、太ももでずりずりと下腹部全体を擦られて、びりびりじわじわと微波動のような快楽が広がってゆく。
重ねた唇は、すっかり窪塚さんに翻弄され。窪塚さんのキスに虜になった俺の体は、俺の意思など関係なく窪塚さんを求めてしまう。舌を絡められれば、無意識に俺も舌を伸ばしてしまって。舌を交わらせ、熱を溶け合わせ、もっともっととねだってしまう。
このままだと……体に、心が引きずられていってしまいそうだ。脳みそがぐずぐずになるくらいに気持ちよくて、俺の本懐を失ってしまう。
「うっ……、ん……」
「翼、こっちを見ろ」
「あっ……」
唇が離れて行って、思わず俺は舌で窪塚さんの唇を追ってしまった。「や、……」と声が出てしまって、しまったと思ったときには窪塚さんはにっと微笑んでいた。
窪塚さんは俺の濡れた唇を親指で拭うと、また顔を近づけてくる。火照る唇が寂しくて俺が涙を流すと、窪塚さんは目を細めた。
「翼、好きだよ。おまえのこと、幸せにしたい」
「……おれ、……いまが、しあわせだから……」
「そんな他人のことを避けるような生き方をして、幸せだなんて……俺にはそう見えなかった。あんなに切なそうな顔でいるおまえが、幸せだなんて――……」
「幸せ、なんです――……! あの人のことを好きになりすぎると俺が俺でいれなくなるから……今のままで、……!」
――あ、
快楽で溶かされた心が、つい本心を口走ってしまう。
窪塚さんは俺の言葉に一瞬瞠目したが、しばらく黙り込み――少し悲しそうに、眉をゆがめた。
「……他人のことを好きになることが、怖いのか? だから、ああして人と深く関わらないように生きているのか?」
余計なことを言ってしまったと、思った。
そうだ、俺は好きな人がいる。けれど、その人を好きになりすぎるのが怖くて、その人と距離をとった。だって俺は、自由に空を羽ばたいてみたかった。しがらみから解放されて、自由に生きてみたかった。それなのに、その人と一緒にいると――その人のもとに、根付いてしまいそうで。羽ばたくことを忘れてしまいそうで。だから、人を好きになることはやめようと、そう思ったのに。
「おまえが好きだっていうソイツは、おまえに人を好きになることの幸せを、ちゃんと教えられなかったんだな」
「そっ……そうじゃない、……たしかにあの人は甘ったるい言葉も何も言ってくれないけど……でも白柳さんは俺のことを大切にしてくれる、」
「でもおまえはソイツから逃げて、そしてそんなに傷付いた顔をしている」
「傷付いてなんか――……」
「俺は、おまえのことを離さないし、逃げたいだなんて思わせない」
――白柳さんは。俺のことを、遠くで見守っているような、そんな人だった。
俺はそんな白柳さんが好きで、好きで、……大好きだった。キスもしたし、セックスもしたし、……甘い言葉は少し足りないような気がするが、それでも優しい関係を結んでいたと思う。でも俺は、白柳さんのことが好きになり過ぎそうになって――彼に、会わなくなった。
白柳さんは、そんな俺のことを縛り付けようとはしなかった。彼から会おうと言ってきたこともほとんどなかったし、こうして距離をとるようになってからも全然連絡もしてこない。彼は、俺のことをわかっているのだ。俺が空を飛びたいと思ったときには、その下で佇んで下りてくるのを静かに待っている止まり木――彼は、そんな人。
「――翼」
「あっ―ー……」
しかし、窪塚さんはそんな白柳さんのことが理解できないらしい。俺が、「それでも白柳さんに会いたい」と思っていることが許せないようだ。そんな想いを抱かせるくらいなら、はじめから捕まえておけ、と。
窪塚さんは俺のことを体から捕まえようと、俺の体に甘い愛撫を始めた。体を蕩かして、そして心も蕩かして……俺のことを、愛し尽くそうと、そうしている。どろどろに甘くて、丁寧で……そして、上手なその愛撫に、俺はたまらず善がる。捕らえられてはいけないと思っているのに、あまりの快楽に徐々に窪塚さんにすべてを許してしまいそうになる。
「あっ、……あっ、……だめ、……だめです、窪塚さん……」
「だめ、じゃない。善いって言え……翼」
「あっ――……そこ、……そこは、……だめっ……窪塚さん、だめぇ……」
初めて触れられたというのに、窪塚さんは俺の体を全て知り尽くしているかのようだった。俺の些細な動きで俺のいいところを探り当てて、そこを徹底的に責め上げる。その大きな手でじっとりと撫で上げられ、その赤い舌で敏感なところを舐られて、俺は大きな蛇に巻き付かれたような、そんな快楽の渦に取り込まれていた。
「ん、っ……ぁふ、あ、……あんっ、あぁっ……」
ぐ、……ぐ、……と上半身を揉みあげられながら、穴に舌をねじ込まれた。股間に頭を突っ込まれて、脚を閉じることもできず――むしろ、あまりの気持ちよさに勝手に脚は開いていって。俺は窪塚さんの髪をかき混ぜようようにして掴みながら、のけぞり――追い詰めらる。ぬろ、ぬろ……と敏感な溝を舌が這えばゾワゾワと電流のような快楽が俺の下腹部に広がっていき、ずにゅう……と舌がはいってくれば鋭い白波が脳天を貫き果てそうになる。それの、繰り返し。俺は小刻みに体を震わせ、腰を揺らし……「あぁ、あぁあ、あぁー……」なんて情けない声をあげて、泣いて許しを乞う。
おかしくなってしまう、こんなに気持ちいいと……おかしくなってしまう。
「気持ちいいか、翼」
「きもちい、……きもちいい、よぉ……たすけて、くぼづかさん、……あぁ、……あぁ、あ、……あぁー……」
「ああ、そうだ……もっと気持ちよくなれ。俺から離れられなくしてやる」
「あぁあー……っ」
ずぶん、急に指をいれられて、俺の腰はびくんと跳ねた。そして、人差し指と中指の腹で――ぐりゅぐりゅと前立腺を擦り上げられる。
「あぁあぁー……、あぁ、あぁ……いく、……いくぅっ……」
「いけ、翼。ほら……俺の目を見ながら、いけ」
「くぼづかさっ……あ、あ、あ、あ、いっちゃ、……いっちゃう、……いやっ……だめっ……いく、っ……いく、いくっ……だめぇー……!」
唇を手の甲で拭いながら俺を鋭い眼光で見下ろす窪塚さん。ずぶずぶと容赦なくやわらかくなったそこに指を抜き差しされ、ごりごりと前立腺を刺激され――俺は、されるがままにイッた。頭が真っ白になりながら、ぷしゅっと潮吹きをして……窪塚さんに見下ろされながら、イッてしまった。
「あっ、……、は、……」
「こんなにイったこと、ある?」
「……、」
「もっとすごいことしてやる」
「あ、……ぃや、……」
獣のような瞳だ。
灼熱のような、俺への劣情。飢餓にも似たハイエナの如くの食欲。こんなにも、真っ直ぐで熱い眼差しを向けられたことがなくて、狂いそうになる。
「俺と付き合えば、おまえの心も体も満足させてやるよ。受け止められないくらいの熱を注いでやる。逃げたいなんて、思えないくらいに」
「……っ!」
服を脱ぎ捨てた窪塚さんの体に、俺は思わず息を飲む。日に焼けた筋肉質の肉体、腹まで届きそうなくらいの太く長いペニス。びきびきと音がしてきそうなくらいに脈打つソレは、オンナを狂わす凶器だ。
そんなもので突き上げられたら、きっと、その熱を一生忘れられない地獄に堕とされるだろう。俺は恐怖を覚えて、腕で必死に後ずさる。しかし、がし、と腰を掴まれて――その凄まじい質量を持つ肉棒の先端を、蕩けた穴に押し付けられた。
「アッ――、ん、――っ……」
ズワッ――熱、波、電流……例え難い、凄まじい快楽が脳天を貫く。わずか、弾力を持つソレの先端は、俺の穴の筋の隅々までめり込むように、ぴたっ……とそこに押し付けられた。欲しい、欲しい……ねだる俺のナカが、きゅんっ、きゅうんっ、とヒクついて、必死にその肉棒を吸い上げようとしている。
「欲しいだろう?」
「あっ、……!」
ずむんっ、と軽くひと突きされた。先端が、ほんの少し粘膜に触れたと思う。その瞬間、ぶるぶるっと俺の下腹部が痙攣し――また、俺はイッてしまった。
ねぶるように、ずにゅ、ずにゅ、とソレを押し付けてくる。その度に俺はイッて、もうどこもかしこがぐずぐずになっていた。窪塚さんはヒクヒクと疼く俺の腹をゆっくりと撫でながら、「かわいいな」と囁いている。
「ほら……翼。ほら、……言えよ……欲しいって、ほら……」
「あっ……あっ……あっ……あっ……」
「ほらっ……!」
「アッ――ひ、ぃ……欲しい、……欲しい、ですっ……窪塚さんっ……」
ああ――……
だめ、だった。凶悪な雄には、敵わなかった。俺は堕ちるように窪塚さんにねだる。その瞬間――
「あっ――は、ぁッーー……!」
ずど、と猛烈な熱の塊が、俺の奥を突きあげた。あまりの衝撃に、俺の視界には星がちかちかと散って、声を出すことすらもかなわない。
「俺のは、すげえぞ」
「あ、あ、」
窪塚さんは恥骨を押し当てるようにして、奥に奥に肉棒を押し込んでくる。ミチミチッ、と俺のナカを押し広げる勢いのソレで、俺の腹はパンパンで、俺は苦しいのか気持ちいいのかもわからず、浅い呼吸をするので精一杯だった。
しかし、窪塚さんはそんな俺を見てぺろりと唇を舐めると、ゆっくりとペニスを引き抜いてゆく。抜かれたということは、また――突かれる、ということ。まだ、ひと突き目の衝撃で体がびくびくと震えているのに、次がきたら、もう――……
「――アァッ……! あっ、あ……!」
ズンッ……! と深く、奥を抉られた。そして、ズンッ、ズンッ、と重い突きを、繰り返される。臍まであるんじゃないかというその長く太い肉棒で何度も何度も突き上げられ、俺は狂いそうになりながら、屈服するようにキャンキャンと声をあげることしかできない。
「どうだ、翼――……すげえ、だろ!」
「すごっ、すごいっ、あっ、あぁっ、すごい、ですぅっ……! あっ、あっ」
「これが、俺のだ、! このすげえの、覚えろ、翼!」
「あぁっ、あっ、すごいっ、すごい、っ……あっ……おく、おくに、っ……あっ、あっ」
もう、全身に力がはいらなくて、されるがままだった。イキっぱなしだったため、自分がどうなっているのかもわからなかった。知らない間に潮吹きをしていたようで、シーツはぐしょぐしょになっていて、俺が突き上げられ体を揺すられるたびに、ぴしゃぴしゃと音がする。
「あぅっ、あっ、あっ、あぁっ」
「はぁ、は、ああ、俺も、イク、ッ……」
「なかっ……なかに、だしてぇ、なか、……なかにっ……」
「もちろん、だ……!」
窪塚さんの、オンナにされたような気分だった。窪塚さんの種が欲しくてたまらなくて、俺は自ら腰をぐいぐいと窪塚さんに押し当てて中出しをおねだりする。窪塚さんはどんどん抽挿の速度をあげていき、パンッパンッ、と音がするほど激しく俺を突きまくり、そして最後にがしっと俺の腰を掴みぐんっと奥に肉棒をねじこむと――ドクドクンッ、と勢いよく、俺の中に射精する。
「あっ、は――……」
ビクッ、と俺の体が大きく跳ねる。窪塚さんは小刻みに震える俺にどさりと覆い被さると、ぎゅっとキツく抱きしめてきた。熱を注がれた切なさで、俺も思わず抱きしめ返せば、窪塚さんがふっと笑う。
「――……、善かった、だろ?」
「はい、……」
「……これから、おまえは夜が来るたびに……このセックスのことを思い出す。一人でなんて、いられない。いさせるもんか。体から、おまえのことを……変えてやる」
ああ、ほんとうに。こんなにすごいセックスをしてしまったら、一人の夜にこの熱に浮かされるだろう。一人で夜を過ごせなくなってしまうだろう。
でも、それは、いやだ。
だって俺は、自由に空を飛ぶ鳥に、憧れたんだ。
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