甘い恋をカラメリゼ | ナノ
 dix-sept


 本日、晴天。眩しい太陽の光が差し込むブランシュネージュに、一人のお客様。



「どうして起きている時に言わなかったの?」



――凛だ。



 凛はショーウィンドウを眺めながら、僕に不思議そうに聞いてくる。僕が、「幸せにする覚悟がある」と梓乃くんが寝ている間に言ったのだと伝えた、その結果だ。「このケーキ、綺麗」なんて言っている凛に僕は言う。



「ちょっと重いかなって」



 あの時の僕の心境を、凛はあまりわからないだろう。だって彼女は、女の子だ。同性の年下の恋人にあの言葉を言うことの意味を、きっと知らない。

 でも凛は。つまらなそうな顔をして、ちらりと僕を見上げる。



「重いって感じるなら、まだまだね。本当に覚悟ができていないんじゃない?」

「……どういうこと」

「その子の人生をすべて自分が奪ったとしても幸せにしてみせるって自信がないんでしょう」



 え、と僕は言いそうになった。そして、何も言い返せなかった。

 凛はにこにこと微笑んで、僕を見つめる。



「智駿くんのしている恋愛って色々難しいと思うけど、智駿くんなら全部乗り越えられそうだね。私、それを待ってるね」

「凛――」

「智駿くんの幸せ、全力で祈ってるから!」



 ぱ、と咲いた、凛の笑顔。僕は思わず見惚れてしまった――彼女は、こんなにも美しい女(ひと)だったのかと。

 そのときだ。カランカランとベルが鳴って、扉が開く。



「――智駿さん! こんにちは!」

「……梓乃くん」



 いつものように愛くるしい笑顔と共に、梓乃くんが来店してきた。

 梓乃くんは凛に軽く挨拶をすると、「妹に買って行きたくて」と言ってケーキを選び始める。僕はそんな梓乃くんを眺めながら、凛の言葉を反芻していた。

 梓乃くんのすべてを奪っても、梓乃くんを幸せにできるか。そうだ、僕にはその自信はなかった。僕は自分のすべてを捨てても梓乃くんを幸せにしたいと思っていたけれど、梓乃くんのこれからを考えると一歩踏み出せないでいたのかもしれない。

 僕と添い遂げるのならば、梓乃くんは子どもを授かれないだろう。親に子どもを見せてあげることもできず、自分の妻を紹介することもできず。マイノリティに悩むことは、必ずある。まだ若い梓乃くんに、その未来へ押し込む勇気が、僕にはなかった。



「智駿さん」

「えっ?」

「何かありましたか?」



 幸せな日々を過ごすうちに、この日々を当たり前だと思っていた。不変のものだと思っていた。

 けれど、僕たちの未来には、まだまだたくさんの試練があって。もしかしたら激動もあるかもしれない。



「……なんでもないよ、梓乃くん」



 でも、そんな未来をきっと、君とならば進んでいけるだろう。

 僕たちはまだ、歩き出したばかりなのだから。


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