梨瑚の参加するミニコンサートは、日曜日である今日、開かれる。その日、神藤は仕事が休みだったが、つい仕事がある日と同じ時間に起きてしまった。もちろんコンサートが始業時間と同じくらいの早い時間に開かれるということはないため、神藤は時間を持て余し、のんびりと朝食を作っていた。
「――ん、あれ……おはよう、神藤。俺の分の朝食も作ってくれていたりする?」
「おはようございます、鑓水さん。まあ……俺の分のついでにつくっておきました。珈琲でいいですか?」
「うお〜サンキュー。ありがてえ」
朝食の準備をしていた神藤に背後から抱き着いてきたのは、鑓水だ。
昨夜、神藤は彼と事務所のロッカーで鉢合わせをして、なんとなく彼を自分の家に連れて帰った。何かをしたというわけでもないが、何もしなかったというわけでもなく、とりとめのない夜を彼と共に過ごした――というのは、彼とよくあることだ。
「……鑓水さん、昨日俺についてきたの、冬廣さんが出張でいなくなったからですよね。あたりまえのように一週間分の食費俺に渡してきましたけど」
「お、よくわかったな。波折がいないと俺のごはん作ってくれる人いなくなるんだもん。神藤、これから一週間俺のごはんつくってよ。掃除と洗濯はしてあげるからさ」
「……べつにいいですけど……」
「あと、夜のことも任せな。俺は床上手だぞ」
「死ね」
神藤は溜息をつきながら、二人分の珈琲を淹れる。神藤はそれなりに珈琲にこだわりがあって、いきつけのコーヒーショップで豆を買っている。ミルで挽いて、ドリップして、丁寧につくっていくその工程も好きだ。神藤はその時の気分にあった豆を、鑓水はアメリカンコーヒー限定。アメリカンコーヒーは神藤はほとんど飲むことなく、鑓水が苦いコーヒーが苦手だというので備えておくようになったものだ。彼は珈琲にこだわりがあるというわけでもないのでインスタントでもいいような気がするが、自分だけ豆からつくった珈琲を飲むというのも忍びないので、鑓水にも同じように作ってやる。
準備を終えて、神藤はテーブルに食事を運んだ。珈琲のいい香りが部屋に充満して、「朝」の雰囲気がやってくる。そうすれば身支度を整えた鑓水がにこやかにテーブルの前に座る。彼は、今日も出勤だ。
「あー、めっちゃ美味そう。神藤も料理上手だよなあ」
「冬廣さんほどじゃないですけどね」
「そんなことねえよ。そもそも料理の傾向? 違うし」
「そうですか?」
「ああ、……波折はこう、嫁の料理って感じで、おまえは洒落たカフェのメニューって感じ」
「あー、はいはい。っていうか鑓水さんに作る料理に愛情とか一切こもってないんで、俺に嫁の料理は期待しないでくださいね」
「相変わらずドライだなおまえはよ!」
「いや当然でしょ」
鑓水はへらへらと笑いながら、「いただきます」と手を合わせた。神藤は鑓水と目も合わせずに、黙々と食事をする。
ピザトーストとサラダ、フルーツ。愛情を込めようにもシンプルすぎてどこに込めればいいのかわからない、そんなことを考えながら神藤は料理を口に運ぶ。朝食なんてみんなこんなものだろう……そう思いながら。
「っていうか神藤さ、愛情こもってないとかいいながら、すごい俺のこと考えてこれ作ってくれたでしょ?」
「は?」
「えー……だって、トーストも俺の方が具が多いし、サラダにかかってるドレッシングがそもそも俺とおまえのとで違うドレッシングだし……俺おまえのつくるこのドレッシング超好きなんだよねっていうのは前に言ったか、フルーツも丁寧に皮と種とってくれてるし、この珈琲だってつくるのにめっちゃ手間かかってるし……すげえ愛情こもってるなあ……――って咽んなよ大丈夫か!?」
「――う、……げほ、げほ。いや、鑓水さんがわけわかんないこと言うからでしょ。愛情とかこもってませんから、断じて!」
「っていうか作ってくれた時点で愛を感じるね、俺は! ありがとなあ、神藤」
「う、うるせー! 黙って食べてください!」
にへっと笑う鑓水をひと睨みすると、神藤はかきこむように料理を食べて、つんっと鑓水から目を逸らす。鑓水は変わらずのペースでもぐもぐとサラダを食べながら、「俺が食べ終わるのを待っててくれるのも優しいよね」とつぶやき「黙れ!」と神藤につっぱねられる。
二人の食事が終わって、神藤は食器を流し台に運んだ。鑓水は珈琲を飲んで一息つくと、出勤の支度を始める。
「おまえ、今日幼馴染のコンサート行ってくるんだって?」
「はい」
「おー、気を付けろよ。最近また治安悪くなってきたから。一応俺らとの通信用のインカムも忘れずに持っていけ」
「……了解。鑓水さんも気を付けて」
神藤が食器を洗っている背後で、鑓水が部屋から出て行く。「いってきます」と聞こえたので、彼もようやく出て行くのだろう。神藤は「いってらっしゃい」と彼に聞こえるか聞こえないかの声で返事をした。