「久しぶり、沙良くん! わあー……なんか、本当に大人っぽくなったねえ」
「そう? 梨瑚さんは綺麗になったね」
「やだ〜! ふふ、そうこれこれ、話してたやつ」
長い髪を揺らして微笑む彼女――梨瑚は、神藤に一枚のチケットを渡して可憐に微笑んだ。神藤はチケットを受け取ると、手帳にはさんでジャケットの内ポケットにしまう。
梨瑚は、ピアノ教室を開いていた神藤の母親の、生徒だった女性だ。神藤と同い年で、昔は仲が良かった。神藤の母親が亡くなった頃からは疎遠になってしまい、しばらく会っていなかったが――お互いが成人した今、こうして久々に会っている。というのも、梨瑚は現在音大のピアノ科に通っており、そのピアノ科の生徒数人で開くミニコンサートに神藤を招待したいと連絡してきたのである。
「沙良くん……モテるでしょ? すごくかっこよくなったね? いや、お世辞じゃないよ? 本当に」
「あぁ……、いや、そうでもないよ。彼女だっていないし」
「今の間! 絶対モテてるから! え、っていうか彼女いないの?」
「うん。しばらくいない」
「ええ? 私狙っちゃおうかなあ! へへ」
「うん? じゃあ、これからデートでもする?」
「えっ、うそ、まじ? じゃあ、お茶しよう! 丁度お腹すいていたし」
梨瑚は神藤の誘いに目を輝かせて、小躍りをするように喜んだ。そしてスマートフォンでカフェを検索し始めたが、ふ、とその画面に影がかかったため顔をあげる。
「俺の好きなところあるから、そこいかない?」
「おすすめあるの? いくいく!」
顔をあげた先の、神藤の微笑みに梨瑚はわずか顔を赤らめる。ぱ、と距離をとって「連れてって!」と言ってみたが、神藤はまた梨瑚と距離をつめてその手を掴んだ。「ひゃっ」と梨瑚が声をあげると、神藤はふっと笑って言う。
「デートでしょ?」
「……、う、うわ〜、絶対百戦錬磨でしょ?」
「別に」
「うそ!」
手をつながれて、梨瑚は神藤のあとについていった。真っ赤になってしまった顔を隠すように、手で口元を抑えながら。